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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
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(46)クラウディオ

「ちょ、ちょっと待ってください。たしかにキーラは、昨夜俺の宿を訪ねてきました。ロメオさんと喧嘩したって言って……」

 エイジャは慌てて弁明する。

「でも、俺はキーラと話をして、夜のうちにこちらに帰したんです。ここまで送り届けて、キーラが門扉の鍵を開けて中に入るのを確認しました」


「……なんだって?」

 ロメオが忌々し気に眇めていた目を見開く。

「しかし……キーラは昨夜は帰ってきてない。この家の扉を開けて入ってくれば、絶対に気が付くはずだ」

「……俺も、キーラが今日は朝から食堂の仕事だと言っていたのに、無断で休んだというから、気になって……それで、様子を見に来たんです」


「あの、旦那様!」

 二人のやり取りを遠巻きに見ていたメイド達の中から、一人が前に進み出た。

「すいません、あの……私、今朝早くに市場に出た時に、これを拾ったんです。

 見覚えのあるものでしたから、これは奥様のものではないかと思って」

 そう言って差し出して見せたのは紛れもなく、かつてエイジャがキーラにプレゼントしたあのペンダントだった。


「!……これは……!」

 ロメオも見覚えがあるのか、ペンダントを奪うように受け取ると、愕然として息をのんだ。

「それは、俺がキーラに昔あげたものです。間違いありません」

 エイジャの言葉に、ロメオはちらっとエイジャを一瞥すると、すぐにペンダントに視線を戻した。


「……知っています。キーラはこれをいつも肌身離さず身につけていた。昔愛した男性にもらったものだと、出会った頃に聞かされましたよ」

 エイジャはロメオからペンダントを受け取ろうと手を伸ばしたが、ロメオはそれを渡そうとしなかった。二人の間に緊張が走る。


「ちょっと見せて」

 フェルダがひょいとロメオの手からペンダントを取り上げると、素早くそれを確かめた。

「鎖がちぎれてるわね。何かの拍子に切れたんじゃない。意思を持って、咄嗟に首から引きちぎったんだわ」

ペンダントの鎖は女性用に華奢な作りで、キーラでも思い切り力を込めて引っ張れば引きちぎる事はできそうだった。

「肌身離さず身につけていたペンダントを自ら引きちぎって、市場に残したのなら……これはキーラちゃんからのSOSだと考えるべきでしょうね」


 フェルダの言葉を聞いて、ロメオの顔色は真っ青になった。

「フェルダさん、それって……」

 エイジャが焦りの表情を浮かべる。

「人攫いに攫われたのかもしれないわ」

「……!」


 フェルダの言葉が終わらないうちに、ロメオは踵を返して階段を駆け上がり始めた。

「すいませんがお引き取りを!私はキーラを追いますので」

「待ってください、ロメオさん!俺も探します!」

 エイジャが背中に声を掛けるが、ロメオは足を止めない。

「そうよ、あなた一人で人攫い集団を相手にするのは無理があるわ。

 いくら凄腕の魔道具職人とはいってもね、クラウディオさん」


ロメオが階段を駆け上がる足音が止んだ。


「……クラウディオさん……?」

エイジャの声がしんと静まり返った家に響く。


「あなたが警戒してきた人攫い集団が、アタシ達の追っている相手と同じならば、相手は相当の手練よ。あなたもよく分かっているんでしょう?

 キーラちゃんを本当に取り戻したいなら、諦めてアタシ達の力を借りて頂戴」

フェルダがロメオの背中に向かって静かに告げる。


「……さすがに、あんな物を持ってくる人に、まやかしは通じませんでしたか」

 ロメオの自嘲するような声が、静まり返った玄関ホールに響いた。

「うまく隠してはあるけれど、この家全体のあちこちに仕掛けられた魔術の痕跡、嫌でも分かっちゃうのよ」

「普通の魔術師なら、この家の仕掛けなど分かりはしないのに」

「あいにくと、隠そうとするものには聡いの。さあ、迷っている猶予はないでしょう?一刻を争うわ」


「ど、どういうこと?ロメオさんが、探してた魔道具職人のクラウディオなの?」

 先程からの急展開に付いていけずに口をあんぐりと開いたままだったベルが、ようやく言葉を口にした。


 ロメオは階段の中程で、ゆっくりと振り向いた。その顔には血の気がなく、表情には焦りの色がにじみ出ている。

「……あなたの言う通りです」

 そう言うと階段を降りてきてエイジャ達の前に立ち、深々と頭を下げた。

「お願いします。お力を貸して下さい。キーラを、取り戻させてください」



 エイジャ達が連れてこられたのは、階段を上った二階の奥に位置するロメオの自室だった。

 一階にあった客間と同じ主の部屋だとは思えないほど、必要最低限のものだけが置かれた簡素な部屋だ。

 ロメオは壁際に置かれた本棚に近付くと、一冊の本を手に取り、右手をかざして何かを呟いた。


「えっ……なに、これ!」

 ベルが目の前の光景に驚いて声を上げる。本棚が音もなく消えてなくなり、代わりに壁に扉が現れたのだ。

「さあ、どうぞ」

 ロメオは扉を開け、足早に中へ入って行く。エイジャ達も慌ててその後に続いた。


 隠し部屋は、昨日訪れた路地裏の怪しい魔道具職人の部屋にそっくりだった。

 壁を埋め尽くすように背の高い棚が並び、書物や何かの道具が隙間なく陳列されている。昨日会った老人の部屋と違うのは、比較的整然とそれらが並べられている点だった。


 ロメオは部屋の中央に置かれた大きな机の前に立った。エイジャ達の後ろから入ってきたメイド達が、てきぱきと机の上を片付け、ロメオに指示されたものを棚から取り出して並べる。

 メイド達の動きは勝手知ったるもので、普段からこの部屋に出入りして魔道具職人としてのロメオの手伝いをしているようだった。膨大な量の書物や道具がきちんと整理されているのは、彼女達の働きなのかもしれない。


「旦那様、準備ができました」

 メイドの一人がロメオに声を掛ける。

 ロメオは机に置かれた透明なガラスの筒を手に取った。よく見ると、中には糸のように細い金属の棒が差し込まれていて、その棒に貫かれる形で方位磁針の針のようなものが浮いている。


「ラスロ・トレス」

 ロメオが短く詠唱すると、ガラス筒の中の針は命を与えられたようにくるくると回った後、ある一点でぴたりと動きを止めた。


「……方角は北北西。ラグースを出てますが、シアルには入っていないようですね。おそらくここから100マリール程だと思います。ここから……このあたり」

 そう言ってロメオは机に広げた地図を指で指し示した。


 手元を覗き込んだフェルダが頷く。

「あのあたりには岩場や洞窟も多いし、そのどこかをアジトにしているのかもしれないわね。今も移動してる?」

「分かりません……でも攫われたのが夜明けよりも前だとすると、そのまま移動を続けていれば、もっと遠く離れているはず。あなたの言う通り、この辺りに留まっている可能性は高い」


 フェルダはエイジャの方を振り向いた。

「エイジャ、あなたはすぐにルチアを呼びに行って。アタシ達はこの地点に先に向かってるわ」

「あ……はい!」

「ロメオさん、遠話の魔道具は持ってる?」

 フェルダに尋ねられ、ロメオは慌てて頷いた。

「ええ、あります」

「良かった。じゃあエイジャはこれを持って行って。ルチアと合流したら呼んでちょうだい。居場所を知らせるわ」

 フェルダはいつも手首にはめているブレスレットを外し、エイジャに手渡そうとした。

 普段フェルダが王都との連絡に使っているもので、遠く離れた場所にいる人間と会話ができる魔道具だ。

「あ、それなら私の物を持っていって下さい」

 ロメオが口をはさみ、メイドに指示して持って来させたのは、フェルダのものによく似たブレスレットだった。

「少し細工して機能を強化してあります。その分、魔力が高くなければうまく使いこなせませんが、私よりもあなたの方が魔力が高いですから」

 エイジャは頷いて、ブレスレットを受け取った。

「……ありがとうございます、じゃ、後で!」

「あ、お待ちください!」

 部屋を飛び出そうとしたエイジャを、メイドの一人が呼び止めた。

「宿へ行かれるのなら、屋敷の裏手から出られた方が近道です。ご案内します」


 メイドに案内されて階段を駆け下り、屋敷の奥へと進む。調理室の中を抜けると、小さな扉が現れた。

 先を走っていたメイドが扉を開く。


「ありがとうございました!じゃあ」

「あ!あの……!」

 メイドの脇をすり抜けたエイジャは、後ろから掛けられた声に振り向いた。

「お願いします、どうか奥様を連れ戻してくださいませ……!奥様がいらっしゃらなければ、旦那様は……」

 今にも泣き出しそうになっているメイドを安心させるように力強く頷くと、エイジャは宿へ向かって走り出した。

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