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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
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(6)魔術師フェルダの館

「この家は王宮所有の別邸でな。こういった任務の時に使われるのみで、王宮の人間でも知っている者はほとんどいない。

 普段はここへの道は薮に隠されていて、このランタンの光でないと道を見つける事はできん。だから明るいうちには来れないんだ」

「そのランタンって魔道具だよね?」

好奇心に満ちた瞳で、エイジャがルチアの手元を覗き込む。魔道具に無条件で心惹かれてしまうのは、魔術師の性だ。

「ああ、戦前から王宮に伝わっている物だ。かなりの年代物だな」

扉には鍵がかかっていたが、ランタンの光をかざすとカチャリ、と小さな金属音が響いた。


ルチアが扉を開き、中に足を踏み入れる。

やはり王宮所有というだけあって、邸内は立派な装飾品で飾られ、隅々まで掃除が行き届いている。

こんな寂しい場所に仕える使用人は大変だなぁ、とエイジャは考えて、そういえば、誰も迎えに出てこない事を不思議に思った。

「……あの、執事さんとか女中さんとかは?」

「ああ、ここにはそういう人間は雇ってない。まともな人間が住める周辺環境じゃないからな」

(それは、そうなんだけど。でも管理はしっかりされてるみたいだし?)


「やだ!どこのハンサムな文官が迷い込んだのかと思ったら、ルチアなの!?

 な〜に、雰囲気変わっちゃって!」

きょろきょろと辺りを見回していたエイジャの頭上から声がした。

見上げると、紫色のドレスを身に纏った貴族風の女性が、螺旋階段の手すりに肘を付いてこちらを見下ろしている。

「フェルダ。待たせたか?」

女性は階段を優雅な足取りで降りてきて、二人の前に立った。

綺麗にカールした腰まである髪はローズレッド。濡れたように輝く唇と長い睫毛が目を惹く。妖艶な雰囲気の美女だ。

「瞳の色まで変わってるじゃない!やるわね〜!」

「ああ、こいつの魔術だ。大した腕だろ」

ルチアが隣のエイジャを指し示す。

「へ〜っ、おもしろい術使うのね!な〜に、この子。かわいいじゃないの〜」

真っ赤なネイルが塗られ、爪先まで美しく整えられた指をエイジャの顎に添えて、どこかうっとりとした表情でエイジャの顔を眺める。

「エイジャだ。冒険者組合に依頼したんだ。おい、触るな」

ルチアがエイジャの顎に添えられた指を外した。

「あ、あの、エイジャです……。初めまして……」

どぎまぎしながらエイジャが自己紹介すると、女性はふふっと笑った。

「フェルダよ。王宮仕えの魔術師。よろしくね、かわいこちゃん」

そう言ってエイジャの手を取った。

「よ、よろしくお願いします」

「あのむさっくるしい冒険者組合にこんなお嬢さんがいるなんてびっくり〜。きれいな顔ね〜。アタシ、きれいなもの大好きなの」

「フェルダ。エイジャは男だ。これでも」

「え〜〜っ?そうなんだぁ〜〜?ざ〜んねんだったわねぇ、ルチア!」

「うるさい。とにかくお前、こいつには手を出すなよ」

「え〜っ、いいじゃな〜い!エイジャ、年上のお姉さんは嫌い〜?」

ウインクされてエイジャは戸惑う。

「あ、あの……」

「何がお姉さんだ。お前もういい年のオッサンだろう」

「ちょっと!!聞き捨てならないわね!!そういう事言うわけ!?」

瞬間、態度を豹変させ恐ろしい形相でルチアを睨みつけるフェルダ。

「お、おっさん……?」

話についていけないエイジャに、ルチアが言う。

「ああ、こいつも男だ。これでも」

……世の中には、色々な人がいるものだ。エイジャは自分を棚に上げてそう思った。



この館が建てられたのは、千年以上前。戦前、古代魔法を使って巧妙に存在を隠され、今はこのフェルダが管理しているらしい。

だがフェルダもいつもここにいるわけではないらしく、今回もルチアの依頼の為にしばらく館を離れていたようだった。


三人で食事を取るには広すぎる食堂で、フェルダの手料理だという夕食を囲みながら話を聞く。

「フェルダにはシアル国内で諜報に当たってもらっていたんだ。……で、どうだった?シアル国内は」

「思った以上に緊張してるわ。戦争が近いっていう雰囲気がぷんぷんしてる……。旅人も、入国を制限されてるから、簡単には入れないわよ」

「戦争が近いって……噂は本当だったんですか?シアル大公は……アストニエルに攻め入るつもりなんですか?」

黙って話を聞いていたエイジャが、思い切ったように口を開いた。

「自分から不可侵条約を破棄するわけにはいかないからね。条約を破棄すればキバライ帝国も敵に回す事になる。シアルにとってリスクが大きすぎるわ」


アイサル大陸を三分する、アストニエル王国、シアル公国、キバライ帝国。

千年前の戦争の後に結ばれた不可侵条約は、相互に戦争を仕掛けない事、もしもいずれかの国が条約を破棄して他国に攻め入った場合、破棄した国に対して他の二国は結託してこれを退ける事を宣言している。

つまり、もしもシアルがアストニエルに攻め込んだ場合は、キバライはアストニエルに加担するし、逆にアストニエルがシアルに攻め込めば、キバライはシアルに加担する。

三国間が千年もの間、緊張状態に陥っても戦争に至らずにきた理由は、「先に条約を破棄すると二国を敵に回す」という絶対的なリスクがブレーキになってきた事に他ならない。


「何とかして先にアストニエルに条約を破棄させたいって所だろうな、シアル大公としては」

「でも、アストニエル王にはそんなお考えはないんだよね?アストニエルは、戦争を放棄したはずだろ?」

エイジャが訴える。ルチアが、苦笑して答えた。

「ああ、そうだ。そのはずなんだがな……」

含みを持たせたような言い方に、エイジャは嫌な予感を覚える。

「そのはずって……どういう事?ルチアの持ってる書簡に、関係してるんだよね?」

ルチアとフェルダは顔を見合わせる。

今回の旅の目的。

確信に迫れば迫るほど、エイジャは危険に近づく事になる。

だが、すでに王宮の反対勢力による襲撃を受けている。この先も、いつかはルチアとエイジャが使者である事を突き止めて、追いついてくるだろう。

「どこまで話すかは、ルチアが決めればいいわよ」

フェルダの言葉に、ルチアは意を決した。

もうすでにエイジャはこの旅の運命共同体なのだ。できる範囲で真実を知らせる事が、エイジャに対しての誠意ではないかと考えた。


「アストニエルにも、戦争をしたがってる奴らがいるって事だ。そいつらが、シアルで嘘の噂を振りまいてるらしい。アストニエルはシアルに攻め込むつもりだってな」

エイジャが信じられない物を見るかのような目つきで、ルチアに顔を向けた。ルチアは言葉を続ける。

「俺の主は……アストニエルの第一王位継承者、カルニアス王子だ。王子はもちろん、戦争には反対していらっしゃるよ。

 現王である父君はお体の具合が悪くてもう退位が近いから、王子の意思が実質、国の意思となる。

 今回届ける書簡には、アストニエル側には開戦の意思はない、っていう事が書かれてるんだ」

「じゃあ誰が……戦争をしたがってるの?なんで?たくさん人が死ぬのに……良い事なんて、何一つないのに」

「そうだな、エイジャの言う通りだ」

ルチアが微笑む。だがその笑顔はいつもの屈託ないものではなく、どこか寂しげだ。

「カルニアス王子には、お姉様がいらっしゃる。それは知ってるよな?」

「うん、ウィスタリア王女だよね?女性だから、お姉様だけど王位継承は第二位だって……・」

そこでエイジャは言葉を失う。

「……ウィスタリア王女が……戦争を望んでるって言うの?」

「正確には王女がではなくて、王女に王位を継承させたがってる奴らが……って事だな。王女は、利用されているに過ぎない。

 王女の取り巻き達は、ここ数十年中に爵位を得た貴族が中心だ。彼等は新興だから領地が少ないし、アストニエルの領地にも限界がある。

 そこでシアル公国の領地を得たいと考えたってわけだ」

「まあ、領地の問題はもう何百年も前からある事よ。でも、千年前の戦争を教訓にしていたから、また戦争をしようなんて考えは起きなかった。

それが具体的に領地問題を解決する手段として上がりだしたのは、やっぱりシアル大公の姿勢がきっかけよね。大公は戦争する気満々だもの」

フェルダの言葉を受け、ルチアが話を続ける。

「ここ10年ほどのシアル大公のやり方は、何なら二国を敵に回す事になっても構わないと言わんばかりだが……。

 そうは言っても、実際にアストニエルとキバライを同時に相手にするのは避けたいはずだ。

 俺達は、大公が何らかの手を使って、アストニエルの方から先に条約を破棄したように工作してくるんじゃないかというのを警戒してる。

 そんな事態になる前に、はっきりとアストニエルの意思を示す。できれば、キバライを加えて、条約を再確認する意味で三国会議を開きたい……王子は、そう考えてらっしゃる」

ルチアの言葉に、エイジャは息を飲んだ。

すでにそこまでの緊張状態に陥っていたなんて。


この依頼の完遂が、アストニエル王国一国どころか、大陸の未来を左右するのだ。

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