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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
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(39)女性は、難しい

 ロメオが一瞬見せた苦い表情は、ルチアにそれ以上の詮索を躊躇させた。


「でも、素晴らしい事ですわ。そんな輩から、私財を投じて女性を守っていらっしゃるんですもの。この館の女性達が皆とても楽しそうなのは、拝見してすぐに分かりましたわ」


 フェルダが話の矛先を変えると、ロメオは少し照れたように頭を掻く。


「それならいいんですがね……しかし、キーラには嫌われていますが」

「あの……キーラがこの家が嫌いって、どういう事ですか?

 俺には、この街に来てからは、あなたに良くしてもらってるって」

 ずっと黙って話を聞いていたエイジャが口を開くと、ロメオは顔をあげて驚いたように目を瞬かせた。

「キーラがそう言ったんですか?」

「?……はい」

 ロメオの反応を不思議に思いながら、エイジャは頷いた。


「そうですか、キーラが、そんな事を……」

 ロメオは窓の外の景色に視線を移し、何か考えているように黙り込む。

 その様子をただ見守っていたエイジャ達に、ロメオはおもむろに口を開いて話の続きを語り出した。


「……ほんの二年程前まで、この家はまったく今とは違う状態でしてね。

 大昔にこの街を出て行った富豪が残していったまま、もう何十年も手つかずだったようで荒れ放題だったんです。

 ある商売の報酬としてこの屋敷を譲り受けたものの、男一人で暮らすには一部屋が片付いていれば十分だと、特に修繕をせずにそのまま住んでいたんですよ」


 そう言って昔を思い出すように目を細める。


「キーラと出会ったのは、二年近く前です。私の店でウェイトレスとして働いていてね。

 女性が突然いなくなる事件が頻発していたので、彼女に部屋ならいくらでもあるから、好きな部屋を使えばいいと言いました。まるで幽霊屋敷みたいな館でしたから、最初は驚いてましたよ」

 腕を組んだ格好で壁に体をもたれさせ、ロメオは懐かしそうに笑う。


「そのうち、キーラと同じような行く当てのない女性達に部屋を貸すようになりました。人が増え、幽霊屋敷が、少しずつ、人の住める場所になっていった。

 キーラも、喜んでくれると思ったのですが、いつの頃からか……彼女は私の事も、この屋敷も、大嫌いになってしまったようです。

 朝は早くに仕事に出て行って、夜遅くまで帰らない。帰ってこない日もあります」


「思春期の娘に避けられてるオヤジの泣き言ね、まるで」

 ベルがぼそっとつぶやいた悪態に、ロメオは怒る様子もなく苦笑する。

「まったくです。……彼女の考えている事が、ちっとも分からない。女性は、難しい」

 およそロメオに似つかわしくない台詞のようだったが、寂しそうに歪んだ口元は、その言葉が決してキーラを揶揄する気持ちから出たのではない事を示していた。




「どう思う?フェルダ」

 沈み始めた夕日に照らされてオレンジ色に染まる庭園を、来た時と逆向きに歩きながらルチアが尋ねる。

「どう思うって、どれの事?人攫い?この屋敷?それともあの男?」

「全部だ」

 ルチアの答えにフェルダは苦笑いをこぼすと、少し顔を上げて生け垣の向こうに目をやる。

 館にいたメイド達と同じお仕着せを着た女性が三人、なごやかに話しながら歩いているのが見える。こちらに気付いて頭を下げた彼女達に軽く会釈し、フェルダはぐるりと頭を回して、屋敷を眺める。



「女好きが高じて、街中の女性を館に集めてハーレムでも作ろうとしてるのかと思ったら、どうもそんな感じでもないのよねぇ。

 かといって慈善事業に私財を投じたって、この街じゃ得する事があるわけでもなし。動機がよく分からないわ」

「人攫いの話は本当だと思うか?」

「それに関しては、嘘は言っていないと思うわ」

「それに関しては……か」

 ルチアは思案するように腕組みした右手を顎に添える。ふと、自分を見上げる視線に気付いて顔をそちらに向けた。

「どうした、エイジャ」

「ん、ううん……」

 エイジャは慌てたように首を振った。

「ううんじゃないだろう。何か気になる事があるんじゃないのか」

「そういうわけじゃ……」

 遠慮がちに口を閉じてしまったエイジャの腕を、ルチアが引く。

「ちょっと来い」

「え、なに」

「いいから」

 うむを言わせず、ルチアは石畳を外れた植え込みの影まで手を引いて行くと、少し腰をかがめ、エイジャの顔を覗き込んだ。


「さっき、宿に訪ねてきたキーラと話をしたんだろう。何かあったのか」

「何か、っていうか……。王都を離れる事にした理由を、ちょっと聞いた」

 そう言うと、エイジャの頬がみるみるうちに赤く染まった。

 一瞬、脳裏に抱き締め合うエイジャとキーラの姿がフラッシュバックし、意識が遠のきそうになるのを堪えて、ルチアは話を続けた。

「理由は借金だろう?金貸しに追われてたんじゃないのか」

「それはそうなんだけど……俺も一緒に借金を返す事もできたんだって言ったんだけど。あの……何か、俺のこと、本当に好きになっちゃったから……それで、離れたんだって、言ってた……」


 ひどく恥ずかしそうに俯いてしまったエイジャの表情も、赤い耳も、ぎこちなく指を握り締める仕草も、今すぐ抱き締めたくなるほど愛しいのに。

 エイジャにこんな顔をさせるのが自分ではないと思うとやりきれない。

 ルチアは表情を隠すように手を額に当て、顔を横に向けた。行き場のない想いを無理矢理押し殺す。

(しっかりしろ。エイジャにとっての幸せを願うと誓ったはずだ)


「で……あの女は王都に戻ってお前とやり直すために、今ロメオの店で働いて金を貯めてるってわけか」

 やっとそう返したルチアに、エイジャはきょとんとした目をして顔を上げた。

 思いがけないエイジャの反応を見て、ルチアも瞳を瞬かせる。

「……違うのか?」

「そ、か……。そういうふうにも取れるよね」

 エイジャの言い方は、まるでそれに今初めて気付いたとでもいうようで。

 ルチアはよく分からなくなって、話を整理しようと口を開きかけたが、

「あの、ルチア。この街、もう明日発つの?」

「ん?ああ……さっきフェルダはそう言ってたな」

 エイジャの質問にさえぎられ、慌てて返答する。


「俺、もう少しキーラと話したいんだけど……」

 ルチアはこめかみを引きつらせそうになりながら、感情を表に出さないよう細心の注意を払う。

「……そうだな。さっきは俺が宿に戻ったせいで、お前達の話を邪魔してしまったようだしな」

「え!?」

 エイジャは焦ったような表情を見せる。

「また痴話ケンカにならないようにな。ほら、行ってこい。あまり遅くなるなよ」


 屋敷のほうへエイジャの背中を押すと、心細そうにこちらを振り返りながら歩き出す。

 エイジャを安心させるように笑顔を作り、ルチアは痛む胸をおさえてひらひらと手を振った。



 屋敷に引き返したエイジャは、扉に付けられたドアノックを二度鳴らした。

 すぐにメイドが出てきて、エイジャを室内へと入れてくれる。

「すいません。ちょっと、キーラに言い忘れた事があって……いま、話せますか?」

「そうですか、キーラ様にお取り次ぎしますね。少々お待ちください」

 メイドはそう言うと、目の前の大階段を登っていく。


 一人玄関ホールに残されたエイジャは、ふと今のメイドの言葉を反芻してみた。

 キーラ様。

 そう言えば、さっきロメオさんに会った時も、メイドさんはキーラの事、キーラ様って言ってた。

 皆同じ立場なのに、なんでキーラだけ様付けなんだろう?


 そう考え始めた時、階上でドアの閉まる音がけたたましく鳴り響いて、エイジャは階段を振り仰いだ。

「関係ないでしょうっ、ロメオには!もうほっといてよっ!!」

 キーラの声だ。

 エイジャは階段を上がろうと、磨き込まれたマホガニーの手すりに手を掛けた。


「キーラ、まだ話は終わってな……」

「ロメオと話す事なんてないっ!」

 ドスドスという荒い足音と共に、キーラが廊下の奥から姿を現した。

 階段を駆け下りてきた所で、エイジャにぶつかりかけて急停止する。


「……エイジャ!?」

「キーラ!?どうしたの」

 キーラの表情を目にしたエイジャは、掛ける言葉を失った。

「なんでもないっ、エイジャ、行こ!」

 キーラがエイジャの腕を取る。


 自分を引っ張って走るキーラの後ろ姿に、2年前の日常を思い出しながら。

 屋敷を出る直前、エイジャが振り返って目にしたのは、階段の上からこちらを見ているロメオの姿だった。

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