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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
5/87

(5)魔獣の森

食堂の壁側のテーブルに席を取り、朝食をとりながら、今日の予定を確認していく。

食事を済ませたらすぐに出発するのだろうと考えていたエイジャだったが、ルチアは「いや、急がなくていい。昼頃に出発しよう」と言う。

「えっ、でも次の町まで行くには、魔獣の森を通らなきゃいけないだろ?あそこは、明るいうちに抜けないと……」

それは多少旅慣れた人間なら、誰でも知っている事実。

ユズールからさらに東へ進むと、南北に伸びる高く険しい山脈がある。

東に向かうにはその谷間に広がる森を抜けなければいけない。

だがこの森には、血を求める獰猛な魔獣が住み着いており、魔獣達の活動時間である夕刻から夜の間にこの森に足を踏み入れれば、生きて出る事はできないと言われている。

だからこそ、日が落ち始める前に森を突破するために、ユズールから東に向かう旅人は、朝食を済ませるとすぐに出発するのだ。

「ちょっと訳ありでな。日が傾いてから森に入らなきゃダメなんだ」

「……・その訳は今は聞かせてくれないんだ?」

「怖いか?」

ニヤッと笑う顔を、エイジャはふてくされた表情で睨みつける。

「怖くなんか。でも自分の守りで精一杯だからね。ルチアは自分の身は自分で守ってよね」

「冷たいな。俺にも守りの術かけてくれよ、ちゃんと、エイジャの分も切って切って切りまくってやるから」

あいかわらず口調は軽いが、遊びで来ているわけではない。

ただ考えなしに夜の魔獣の森に突っ込もうとしているわけではないのだという事は分かっている。

「手が空いたらルチアにもかけてあげるけど」

「よし。じゃ、さっさと装備を固めるか」


旅人の宿場町として発展しているユズールには、王都ほどではないもののそれなりに装備品が揃う店が並んでいた。

昨日の襲撃者達に身なりを情報として持ち帰られているので、全身新しい服に買い替える事にし、旅装束を扱う店に入る。

エイジャのいつもの貧乏旅では入る事のない高級店だ。

王宮から経費として出すから遠慮せずに選べとルチアは言うが、普段は専ら古着を着ているエイジャは、素材も仕立ても良い商品にうかつに手を出せず、値札を見ては悲鳴をあげる。

そのうち、ルチアとエイジャに「一目惚れ」したと言う店の女主人が出てきて散々あれこれと試着させた挙げ句、「一般の客には出さない『とっておき』」だという服を奥から引っ張りだしてきた。

ルチアには、濃紺色のロングジャケットのスーツ。黒縁の眼鏡と相俟って、文官にでも見えそうな知的な雰囲気を漂わせている。

だが実は剣士用に作られたもので、動きやすく、軽量だが少々の刃物を通さないよう加工されている。

エイジャには黒のレザーパンツに、黒のレースアップブーツ。オリーブグリーンのコートは高襟で、エイジャの細い首をすっかり隠している。

「男らしくしたい」と繰り返し注文を付けた結果だった。

「ま、こういうのもストイックな感じで逆にいいわよね♪」と上機嫌の店主は、次に来た時にはもっと完璧な品を用意すると言って二人の全身のサイズを測り、「絶対絶対、帰り道にも寄って頂戴よ!」と約束させられて店を出た。



太陽が真上に上った頃、旅の準備を整えたエイジャとルチアは魔獣の森を目指してユズールを発った。

しばらくは襲撃はないだろうというルチアの読みもあり、周辺に気を配りながらも、王都からユズールへ向かった時よりも随分なごやかに、話をしながら馬を進める。

ルチアはエイジャの冒険者稼業に興味があるらしく、エイジャも守秘義務に関わる部分をぼかしながら話した。

貴族の裏側を垣間みるような体験もしてきているし、命がいくつあっても足りないような危険な依頼もこなしてきた。

魔宝石の発掘の依頼で登った山。例によって、街の女達への土産に綺麗な花を摘んで帰ったら、それが実はものすごく貴重な品種で、依頼品の魔宝石よりも高値で取引された事。

またある時は、探索の依頼で訪れた洞窟に住み着いていた魔獣に懐かれてしまい、依頼期限ギリギリまで世話をしてやった事もあった。

スパイの依頼を受け、女装して女中として潜り込んだ貴族の家で、主に妙に気に入られてしまい、ペラペラと聞く必要のない秘密まで明かされてしまった事。

相棒として組んだもう一人の冒険者が、夜どうしても一人で寝れないというので同部屋で寝たら、夜中に寝ぼけて襲いかかってきたので、魔術を叩き込んで窓から放り出してやった話。(この話の時にルチアが何とも言いようのない表情をしていたのがエイジャには不思議だったが)

基本的に一人で、様々な依頼をこなしてきたエイジャの仕事が、王宮仕えのルチアにとっては新鮮に映るようだった。

「俺の仕事はいつも味方が大勢動くからな。自分一人だけで全ての責任を背負って動くのは心細くないのか?」

魔術能力は十分、身のこなしも良く、経験も豊富。勝手な心配は余計なお世話なのだろうとは分かっていても、その身を案じずにはいられない。

こんな女のように細い、頼りない身体で、たった一人で危険な依頼をこなすエイジャの姿を想うと、落ち着かない気分になるのはどうしてだろうか。

「そんな事ないよ。……逆に、一人の方が気楽でいい。たくさん人が関わると、皆の想いを背負わなくちゃいけないだろ?その方が……つらいよ」

ぽつりとこぼした呟きに耳にして、ルチアはエイジャの横顔を見る。

静かに、密かに、何かに耐えるような表情。

ふと、ルチアは心臓の上あたりを強く抑えられたような息苦しさを感じて、視線を前方に逸らせた。




太陽が地平線に近づく頃、魔獣の森の入り口に到着する。

ここから先はこの時間、足を踏み入れたが最後、血に餓えた魔獣との戦闘が待ち構えている。

ルチアは荷物から、豪勢な装飾が施されたランタンを取り出して火を灯した。

「行くぞ。いいか、絶対に俺から離れるな。何があっても俺の後ろに付いてこいよ」

ごくり、と緊張に喉が鳴る。

「大丈夫だ、怖がるな。策はちゃんとあるから」と表情を崩したルチアを見て、エイジャは少し緊張を緩めた。



「……な、に、が、大丈夫だってぇーーーーーっっ!!!」

全速力で馬が駆ける足音に混じって、エイジャの絶叫が森に響き渡る。

とにかく、ルチアの後ろ姿を見失わないよう、次々に襲いかかってくる魔獣達を守りの術を繰り返しかけ直して防ぎつつ、合間で攻撃魔術を放つ。

前を走るルチアも、休みなく剣で魔獣を薙ぎ払っているが、全く切りがない襲撃に、少し疲れが出てきているようだ。

走り続けてもう一刻近くたつだろうか。

森の終わりはまだまだ果てがないし、夜闇が深まるにつれて魔獣達の動きはさらに激しく、数も増えているような気がする。

夜にこの森に足を踏み入れる命知らずなど、滅多にいない。こんなおいしい獲物を逃すわけもなく、森中の魔獣が集まってきているのではないかという考えさえ浮かぶ。

(策はちゃんとあるだって!?ただの強行突破じゃないか、こんなのっ!)

心の中で先程のルチアの笑顔に悪態をつきつつ、視界にうつる背中を睨みつける。

ぼんやりとしたランタンの光は妙に青白く、頼りない。

だが突然、その光が明るさを増した。

ルチアが手綱を引き、大きく右へ馬を迂回させる。

突然の進路変更に慌ててエイジャも後に続く。

進路は深い薮に包まれているが……

「……なん、だ、これ……!」

ランタンの光で照らされた薮が、まるで蒸発するかのように姿を消していくのだ。

エイジャは信じられない気持ちで、ルチアの後に必死で付いて行った。


やがて薮を抜け、ぽっかりと空いた空間が現れた。

魔獣の襲撃もいつのまにかなくなっていた。先程までの喧噪が嘘のような静かな闇の中に建っている、一軒の邸宅。

王都にある貴族の館ほどではないが、貴族の別邸というような雰囲気だ。

館の裏には馬小屋があり、そこに馬を繋ぐ。

エイジャは驚きのあまり言葉も出ず、きょろきょろと辺りを見回していた。

その姿を振り返って、ルチアがにやりと笑う。

「ちゃんと策はあるって言ったろ?」

「……いや、策ってこれ!?先に言ってくれれば良かったじゃん、一晩中あの全力疾走が続くのかと思ったよ!」

「ああ、悪かったな。ちょっと驚かせてやろうと思ったんだが」

「驚かせすぎだよ!そういう気配りいらないから!」

サプライズにしては命懸けすぎる。エイジャはクタクタになった身体を引きずるように、ルチアの後に続いた。

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