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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
43/87

幕間 ベルの独り言〜モーブル出発後〜

ガタガタガタガタ。

お尻に伝わる振動にウンザリしながら、馬車を駆る。

まったく、この馬車って客車の造りは豪奢だけど、御者席の座り心地の悪さったらないわ。

その上、目の前には殺風景な荒れ地が広がるばかり。楽しい気分になれるわけがない。


気分が落ち気味なのは、もちろんそんな理由だけじゃなかった。

せっかく出会えた母さんの昔を知る唯一の人、ロミーナさんとの別れに、私にしては珍しく、ちょっと感傷的になってしまってた。


昨夜の舞台が終わったあと、ロミーナさんはこの旅が終わったら王都で会おうって約束してくれた。

本当は危険な旅路に女の子の私が同行するのは反対だけど、行方不明になった弟を探すためにエイジャ達の旅に加わった事は話してあったから、止める事はできないって。



ロミーナさんと母さんが昔、同じ旅一座にいた親友同士だったって事が分かってから、ロミーナさんは母さんと父さんの若い頃の話をたくさん聞かせてくれた。

「ベルなら絶対に歌の素質があるはず」って言われてその気になった私は、それから三日間、ロミーナさんから直々にレッスンを受ける事になって。

子供の頃、母さんにいくら練習しろと言われても、どうせ母さんみたいにうまく歌えないからって、いつもサボってばっかりだった私。

その事を悔やんでもいたから、ロミーナさんのレッスンを受けている間は、なんだか母さんと一緒にいるような気になる事もあった。


練習の甲斐あって、自分でもちょっと自分の声に聞き惚れちゃうような瞬間もあるくらい、歌は上達したと思う。

「ベルは声までマリエルにそっくりだ」なんてロミーナさんに言われて、ちょっと調子に乗っちゃったのよね。

ロミーナさんは私のために、彼女のお芝居の前座っていう舞台まで用意してくれた。

どうやら、私のエイジャに対する気持ちに気付いてたみたい。

だから私、客席にいるエイジャに向けて、せいいっぱい気持ちをこめて愛の歌を歌ったんだ。

届きますように、伝わりますようにって祈りながら。

歌ってそうやって歌うんだ、って初めて分かった気がする。


なのに……エイジャったらほんと、腹が立つほど鈍感なのよね!


公演が終わった後、楽屋に来てくれたエイジャに、私としてはもう決死の思いで、それとなく、好きだって言ってみたのに。

エイジャったらロミーナさんの舞台を見て大泣きしてたからか、告白自体に気付いてもないみたいなんだもの。

私にしてみれば一世一代のアプローチだったのになぁ……


ちょっと勝負に出る気になったのは、ロミーナさんが後押ししてくれた事もあるけど、やっぱりルチアの告白が原因だ。


今まで俺はストレートだとか、婚約者がいるだとか、さんざん言い訳してきた男が、何を改まって話があるのかと思ったら。

聞いてるこっちが赤面しちゃうような告白してくれるんだもん。

なによ、エイジャの事を想って胸が苦しいのはあんただけじゃないわよ!私だって、同じよ!

私の事が羨ましいなんて言ったルチア。

……こっちの気なんて知りもしないで。


それはあのホテル火災の直後だった。

ラヴィスの元部下って男から、ルチアがまだ戻ってないって聞いた時の、エイジャの反応。

私が呼ぶ声なんてまったく聞こえない様子で、走り出して。

後を付いて行ったけどすぐに見失ってしまって、やっとホテルの玄関前でエイジャの姿を見つけた時、エイジャったらルチアに抱きついて号泣してるんだもん。

なんだか、もう二人の間には、他人を寄せ付けない程、強固な絆があるように見えて。

いつもならすぐに割って入って二人を引き離すのに、私は、どうしてもそこに近づけなかった。

二人と一緒にホテルに帰るのも嫌で、情報収集の為に現場に残ったくらいだ。

あれは、ちょっとへこんだなぁ。


ま、でも、二人の間にどんな強い絆があったって、ルチアがエイジャを恋愛対象として見てたって、エイジャがルチアに感じてるのは「友情」だもの。

今はまだルチアの方が私よりもエイジャに近いかもしれないけど、そこは女の魅力ってやつで距離を詰めたい。

エイジャだってああ見えて男だもん、いくらバカみたいに綺麗でも男のルチアより、まあまあ美人レベルでも女な私の方が、いいに決まってる。

私には特別優しくしてくれるし、脈はあるはずなんだ。

チャンスさえあれば夜這いっていう手もあるんだけど、どうもルチアどころかフェルダさんまで一緒になってエイジャの貞操を守ってる節があるから厄介なのよね。



そんなふうに物思いにふけってる目の前、先をいく馬二頭。

エイジャとルチアがそれぞれの馬上から会話を交わしている。

二人の横顔、見つめ合う視線がなんだかやたら甘いように思えて、こっちは気が気じゃない。

うう、くそう。なんでいつも私は馬車の御者なのよ!

エイジャの馬に二人乗りした甘い時間がもう夢の彼方だわ……

苛々しながら二人を眺めていると、急にエイジャがこちらを振り返った。

思わず、手綱を握った手に力がこもる。

エイジャは何も言わず、ニコッと微笑みかけて来た。

きゅん!

って思わず自分で効果音をつけちゃうくらい、胸がときめいちゃう。

我ながら単純だと思うけど、それだけで気分が上昇しちゃうのよねぇ。

私も笑顔を作って、手を振り返した。

エイジャは口パクに身振り手振りで、何かを聞いてくる。

ええと、「疲れてない?」か。

親指と人差し指で丸を作って見せると、エイジャは笑って頷くと前を向いた。

ああ、エイジャ〜!その優しさをひとりじめしたいのよ!!

前を向いてしまった背中に、そう念を送ってみる。

振り向いて、振り向いて〜!

私の念は飛んでった方向がちょっとずれたみたいで、振り向いたのはエイジャじゃなくてルチアの方だった。

きっとあからさまに不機嫌な表情をしてたんだと思うけど、ルチアは私の顔を見て怪訝な表情を作ると、前方を指差した。

目を凝らすと、地平線上にうっすらと連なる低い石塀が見えた。

その中央に立つ背の高い建物が、国境を守る砦ね。

いよいよ国境越えかぁ。

経験ホーフな私だけど、実は国境を越えるのは初めてだったりする。

「出るのは簡単だが、戻ってくるのが難儀だ」ってよく聞いたっけ。

昔はもっと出入国管理も大雑把で、旅芸人とか商人を装ってればだいたい通れたんだけど、ここ数年は国同士の雰囲気がちょっと殺伐としてきたのに合わせて、入国管理が厳しくなってるって話だった。


とうとうシアルに行くんだ。

きっと、そこにノエルがいる。

今までどんなに探っても、情報の欠片も掴めなかった弟の行方。

まさか国境を越えてたなんて、考えもしなかった。

もしかしたら一連の拉致事件には、シアル大公まで絡んでるかもしれないなんてルチアの話もあって、私が考えていたよりもずっと事態は難解なのかもしれないけど。

でも、ちゃんと今歩いている道がノエルに続いてるっていう確信はある。これは、ここ何年もなかった希望だ。




国境の砦の前で、私達はいったん馬を止めた。

フェルダさんが馬車から出てきて、ルチアと何か話し合っている。

馬から降りたエイジャが、私の方に近付いてきた。

「いよいよ、出国だね。ベル」

エイジャは少しだけ緊張しているように見えた。

無理もないよね、私達、初めてアストニエルを出るんだもん。

私もちょっと肩に力が入ってる感じ。

「ベルの弟さんの行方、掴めるといいね」

エイジャが少し遠く、シアルの方向に顔を向けてそう呟く。

「うん……そうね」

「きっと、会えるよ。ベルはこんなに頑張ってるんだから。目標に向かって、まっすぐに」

エイジャの言葉が嬉しくて、私は顔がにやけてしまうのを抑えられない。

「俺、ベルのそういう所がすごいと思うんだ……」

「エイジャ」

なんだろう、こんなふうに褒めてもらえてすごくすごく嬉しいのに。

エイジャの顔がどこか寂しそうに見えて。

「ねえエイジャ、私、悪い事もたくさんしてきたわ」

エイジャは黙ったまま、私の目を見つめる。その瞳は優しかった。

「エイジャみたいに、きれいじゃないの。汚れてるの。

生きていくため、弟を探し出すため……仕方ないと思ってた。

だって、私だってひどい目にあってきたんだもの。どうせもう、汚れきってるんだから、今更悪い事したって、汚れが少し増えるだけだって」

なんで私、こんな事話してるのかな。

「そんな……俺だって……そんなきれいな人間じゃないよ」

エイジャはなんだか私の言葉が辛そうだった。

「それにベルは汚れてなんかいないよ」

まっすぐに、私の目を見つめるエイジャ。

「強くて、きれいだよ。自分の事、そんなふうに言っちゃだめだ」


数秒間、頭の中が真っ白になっていたのに気付いて、慌てて脳を再起動させた。

たぶん今私すごい顔してると思う。

きれいだって

私の事、強くてきれいだって

エイジャが言った。

「……エイジャ!」

放心したように黙ったと思ったら、急に至近距離で大きな声で呼びかけられて、エイジャはちょっと面食らったみたいに目をパチパチさせる。

「私!い、いつか、全部エイジャに話す。私がしてきた事、悪い事もぜんび、ぜんぶ」

噛んだ!最後噛んだ!

「だ、だからその時は、エイジャも話して?子供の時の事とか、昔の事とか、いろんな事を。それで、そしたら、そのときは、」

お嫁さんにして。

「お」の口のまま、固まってる私に、エイジャはふっと表情を緩めて微笑んだ。

「分かった」

「え、あの」

「俺も……いつか、ちゃんと話す」

一番大事な結論をまだ言ってないんだけど……話はまとまっちゃった。

まあいいや。

エイジャが何かワケアリだって事は分かってる。

ま、これはこの旅のメンバー全員に言える事だけど、みんな昔の話ってしない。

お互いに信用してないっていうのとはまた違うんだよね。

ルチアだってエイジャの事を全部分かってるわけじゃないはずだ。

私はエイジャのトクベツになりたい。

悩みも辛い過去も全部共有したい。

いつか、そうなる事ができたら……そう思ってた。

今はまだお互いそこまで踏み込めないけど、そのつもりがあるって聞けただけで十分。

ああ、なんだかもうウェディングドレスを着てエイジャの隣に立つ私の姿がちらっと見えた気がする!

その時は、ルチアとフェルダさんも結婚式に招待してあげてもいいわ。

ラブラブな二人の姿をルチアに見せつけてやるんだから。

ルチアは誰だか知らない婚約者と一緒に列席するのかしら。

ああ、俺は本当に好きな人を手放してしまったって、きっと悔やむんだろうな。

生まれて初めて、胸が苦しくなるほど好きになった相手なのにさ。

バカじゃないの。

……・・ってなんで私ルチアの心配してんの。

あの憎ったらしいルチアがどうなろうが、知ったこっちゃないじゃない。

エイジャの相手は私、そうに決まってる。私がそう決めたんだから!

「ベル」

エイジャに呼ばれて、はっと我に返った。

「どうしたの?なんだか一人でブツブツ言って、笑ったり怖い顔したりしてるし……やっぱり、ちょっと疲れた?」

「ううん!ごめん、ちょっと考え事。何でもないから気にしないで」

そう、と軽く笑うと、エイジャはこちらに歩いてきたルチアに顔を向けた。

ルチアとエイジャの視線が合う。

ふっとエイジャの目が柔らかく緩んだのを見て、ずきんと胸が痛んだ。

「行くか。砦で出国手続をしよう」

そう言うとルチアは、何かに気付いたように目の表情を変え、エイジャの頭に手を伸ばした。

ルチアの仕草を不思議そうな目で見るエイジャ。

「髪に葉がついてる」

止める間もないほど自然に、ルチアがエイジャの長い髪を梳いた。

その光景が、なぜか……とても眩いものに見えて。

ぼおっと眺めていた私は、はっと気が付いて慌てて二人の間に割って入る。

「ほんとだー!エイジャ、どこで葉っぱ付けてきたの?もう付いてないかな!?私、見てあげる!」

早口でまくしたてて、キッとルチアを振り返る。

「さすがルチアよねー。よく気が付いたわねー。やっぱり『友達』だからかしら!?」

トゲトゲしく言い放った渾身の嫌みは、きっちりルチアに通じたようで、ルチアは気まずそうに目を反らした。

あんた今エイジャに対して、すっげーかわいー、髪に触りてー、とか思ってたんでしょ!?なによ今のエロい雰囲気!!

一瞬でもルチアの事を気の毒に思った私が甘かった。

ちょっとでも気を許したらこの変態金髪男、何しでかすか分かんないわ。

エイジャの貞操は私が守る!

っていうか私が頂く!

私は心の中で決意を新たにして、ルチアを牽制するようににっこりと微笑んで見せる。

少し離れたところから、フェルダさんがおもしろそうに眺めていた。

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