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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
42/87

(28)その先へ進む為に

「フェルダさん、荷物また増えてないっ!?」

「ん〜、ま、ちょっと増えたかしら?ここでしか買えないデザイナーのドレスがあったものだから、ちょっと買い込んじゃった」

「ちょっとってトランクいくつ分買ったのよ〜!」

モーブルを出発する朝、フェルダの荷物運びを手伝うベルの悲鳴を耳にしながら、エイジャは詠唱を終えて手の平を降ろした。

「はい、できたよ」

その言葉を合図に、目の前に座っていたルチアが立ち上がる。ルチアの髪を結い、色を変える魔術を施すのは、エイジャの毎朝の習慣になっていた。


「すまない、大事な魔道具を壊してしまって。

できるだけ早く修繕のできる職人を見つけよう。フェルダに当てがあるようだ」

そう言ってルチアは眼鏡に微かに入った亀裂に指をやる。

よくよく見なければ分からない程の傷だが、それだけでも魔力を留めておくのに支障が出るらしい。右目だけは深紅色のままだ。

「いいよ、そんな眼鏡のヒビだけで済んでほんとに良かったよ。

まったく、人には自分の身を第一に考えろって怒るくせに、自分は火の中に飛び込んでくなんてさ……」

エイジャは拗ねるように口を尖らせる。

(ほんと、死んじゃったらどうしようかって……俺、ひどく取り乱しちゃって、ルチアに抱きついて子供みたいにワンワン泣いたりして、恥ずかしいや)

気恥ずかしさに俯いたエイジャの頭に、ルチアの手の平が伸びた。

ぽんぽんと頭を撫でながら、ルチアの柔らかな声が頭上から降ってくる。

「悪かったな。大丈夫だ、俺は自分の身を最優先にするよう幼い頃から叩き込まれてる。だから、フェルダはいつも大して俺の身を心配していないだろう?」

「そういえば……」

この街に来てすぐ、ラヴィスを見かけたルチアが後を追っていって帰ってこなかった時も、ホテル火災の時、ロミーナとエイジャを下に降ろし、ルチア一人だけが建物の中に戻って行った時も。

フェルダは特に心配そうな素振りを見せる事がなかった。

(そっか……フェルダさんは、ルチアはちゃんと戻ってくるって、信じてるんだ)

ルチアとフェルダが知り合ったのがいつなのかは分からないが、二人の様子から長い付き合いなのだろうという事は見て取れる。

その中で生まれた強い信頼感がお互いの間にあるのだろう。

(いいな、そういうのって。俺も……いちいち心配したり不安になったりせずに、ちゃんとルチアの事信じよう)

「エイジャ?」

黙り込んだエイジャに、ルチアが声を掛ける。

「ルチア、俺、フェルダさんとルチアみたいな信頼関係を作れるように、がんばるね」

「……フェルダと俺?何だそれは??」

さっぱり分からない顔をしているルチアだったが、エイジャは一人納得して頷いていた。


出発の準備を終え、自分の荷物を持ってエイジャが部屋を出ようとした時だった。

「エイジャ」

引き止めるように掛けられた声に、エイジャはルチアを振り返った。

「なに?」

きょとんとしているエイジャを前にして、ルチアは一瞬臆したが、ごくりと唾を飲むと、口を開いた。

「前に……お前、この旅が終わったら、俺とは住む世界も目的も違うと言ったな」

「……うん」

「お前、王都に帰ったら、王宮に仕えないか」

「えっ!?」

「カルニアス王子のお抱えの冒険者として生きる道もあるって事だ。

ただ、これまでのような自由はないかもしれない。王宮にお前を縛り付けておく事が良い事なのか、分からない。

だがもし……・・お前が望むなら。いくらでも立場は用意してやる事はできる」

「……王宮は騙し合いばかりだから、俺なんてすぐに騙されるって、ルチア言ってたじゃないか」

「そうだな」

ルチアは頷く。

「だから、騙されないよう俺が側で見ておいてやる」

「……っ」

エイジャは言葉をつまらせた。

かあっと頭に血が上り、うまく言葉を続けられない。


どうしよう。

嬉しい。

でも。


「でも……その、カルニアス王子がそんな事、許してくれないかもしれないよ?いくら、側近のルチアが、推薦してくれても……実際にお目にかかった事もないのに……」

エイジャがためらいがちにそうこぼすと、ルチアはふいと視線を斜め下にそらした。

「ああ、いや、それは……会った事がないわけでもないしな……」

「えっ!?」

「いや……お前の話は王子に通っている。王子もお前のような者が仕えてくれれば心強いと思って……下さるはずだ」

ルチアの言い方に、エイジャはひらめいた。


(もしかして俺、王子に会った事がある?

それって……)

エイジャの頭に突如、王宮でルチアを紹介してくれた宰相風の男性の顔が浮かんだ。

(うわあっ……、そっか、あの人、カルニアス王子だったんだ!!)

どうりで、ルチアが前に「頭が上がらない相手」と言っていたわけだ。

あの落ち着いた物腰、堂々とした語り口。

領土拡大などという野蛮な夢物語に踊らされる事なく、貴族達と対立しようとも戦争を回避する為に尽力されている、尊敬すべき方。

……あの人がカルニアス王子!


「そうだったんだ……あれが……!」

目を輝かせて呟いたエイジャに、ルチアは怪訝な目を向けた。

「どうした?」

「う、ううん!何でもない!」

危ない危ない。

あの人がカルニアス王子だって事は秘密なんだ。

俺が気付いちゃったって事は、内緒にしておかないと。

エイジャは高鳴る胸を抑え、カルニアス王子の顔を思い出してみる。

まさにエイジャの考えていたカルニアス王子像ともいうべき、理知的な雰囲気をもった貴人だった。

年の頃はエイジャより一回りほど上だっただろうか。威厳のある鋭い眼差しは、同時に慈悲に溢れていた。一介のフリーの冒険者であるエイジャに対してもその権威を振りかざすような事もなく、温かく接して下さった。

今までなんとなくぼんやりと思い描いていた依頼主像がしっかりと実像を持った事で、エイジャのカルニアス王子への敬意の念はまさに燃え上がっていた。

あの王子に、ルチアと共に仕える。

なんか……すごくいいかもしれない。


そこではたと我に返った。

それでいいの?

尊敬すべき主と、信頼する心強い友を得て、王宮で生きていく自分。

想像してみると、その光景には違和感を感じた。


当たり前だ。


俺にはそんな生き方は許されない。

いくらカルニアス王子が素晴らしい方でも……俺の人生をカルニアス王子に預けちゃいけない。

俺には、やらないといけない事があるんだから。


でも、その「やらないといけない事」が果たして本当に正しい事なのか、エイジャには今、分からなくなってしまっていた。

自分がいつか「やろうとしていた事」は、カルニアス王子のご意思に背く事ではないのだろうか。


失ったものはもう取り戻す事はできない。

できる事はただ、身に宿した皆の無念を晴らすのみ。

その想いがここまで、折れそうになる心を支え、足を前へ進める力となってきた事は間違いない。

自分が生かされた理由はそこにあると信じ、いつか皆の想いに酬いるのだと誓って、自らを鍛錬してきたつもりだった。

宿願を果たす事がこの世界にどう影響を及ぼすのかなんて、現実的に考える事もできないほど、まだまだそれは遠い先の話で。


ベルのように、はっきりとした目的意識を持って、一直線に突き進む事もできず。

ルチアのように、私情に捕われず大局を見る冷静さもない。

……どっち付かずの自分。


エイジャは焦燥を押し殺すように唇を噛んだ。

ルチアなら、答えを見つけてくれるだろうか。

それは間違ってるぞエイジャ、とか、お前のやろうとしてる事は正しい、とか。


でも、こればかりはルチアに相談するわけにはいかない。

優しいルチアは、きっと以前そう言ってくれたように、力になろうとしてくれるだろう。

俺の因縁は、ルチアが描く未来とは噛み合わない。

これは俺が一人で背負うべき宿命なんだ。



ふいに腕が軽くなったのに気付いてエイジャが顔を上げると、持っていた荷物の片方をルチアが取り上げていた。

「半分持つ」

「大丈夫だよ。俺、持てるよ」

「いいから、まかせておけ」

エイジャの荷物を軽々と持ち上げ、ルチアは廊下を歩いていく。

「……すぐに返事をしろとは言わない。考えておいてくれ」

慌てて後を追ってきたエイジャに、振り返らないまま告げた。



ルチア。

俺、カルニアス王子の元で、ルチアとずっと一緒にいられたら、すごく嬉しいよ。

そう……言えたらいいのにな。

エイジャはルチアの背中を見つめたまま、黙って歩き続けた。

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