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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
32/87

(22)追跡

「俺、ロミーナさんを追う!ルチアはラヴィス侯爵をお願い!」

「あ、おい、エイジャ!」

走り出したエイジャの腕を、ルチアが引き止めた。

「この時間だ、おそらくロミーナは自分のホテルに帰るだろう。ロミーナが入って行ってから灯りのついた部屋を見ておくんだ。灯りが消えても出てくる様子がなければ休んだという事だから、もう戻って来ていい。

もし、ホテルに帰る事なく何か厄介な事になりそうだったら、行き先だけ見てすぐに帰ってくるんだ。一人で無茶をするんじゃないぞ。分かったな?」

ザクセアの街で単独行動に走った事をたしなめるように、ルチアが怖い顔をして言う。

「わ、分かった。勝手な事しない」

ぶんぶんと首を縦に振って、エイジャは走って行った。


客車に繊細な彫刻が施された馬車の後ろ姿を追い、エイジャは距離を保ちながら後をつける。

街中の石畳を走る馬車はそれほどスピードを出す事もなく、身軽なエイジャなら走って追いかける事は難しくない。

(なんで、ロミーナさんが!?ルチアやカルニアス王子と敵対してる、ラヴィス侯爵と……)

エイジャは混乱しながらも、馬車を見失わないよう、身を隠しながら懸命に後を付いて走った。



馬車は劇場の近くにあるホテルの前に止まった。

ラヴィス侯爵が泊まっていたホテルほど大きな建物ではないが、豪奢な造りから一目で一流ホテルだと分かる。

真夜中という時間もあり、通りから見える客室の窓は全て灯りを落としている。

馬車を降りたロミーナは慣れた足取りで階段を上り、ホテルに入って行った。

ルチアの言う通り、ここがロミーナの泊まっているホテルで、先程のホテルにはラヴィス侯爵を訪ねて行ったのだと見て間違いないだろう。

しばらくして、通りに面した窓の一つが明るくなった。

(あそこが、ロミーナさんの部屋か……)

程なくして、その窓が外向きに開かれ、エイジャは慌てて陰に身を潜めた。

そうっと顔を覗かせて様子を伺うと、窓には肘を置いて外を眺めるロミーナの姿があった。


先程のロミーナとラヴィス侯爵の様子から見て、二人は恋人同士なのだろう。

王都でボディガードについていた頃、ロミーナに恋人がいるという気配はまったくなかったが……

まるでお芝居のように、熱烈に口付けを交わしていた光景を思い出し、エイジャは赤面した。

(び、びっくりした……あんなの、初めて見た)

姉のように慕っていたロミーナの、見てはいけない場面を見てしまったような気がして、エイジャは動揺していた。


(ラヴィス侯爵は……ただ、恋人のロミーナさんに会いに、モーブルまで来た……って事かな?)

ラヴィス侯爵は、いつも王宮で顔を合わせているルチアでも見間違えるほどの変装をしていた。

ただ恋人に会いに来るだけのためにそこまで手のこんだ変装をするというのも変だが、貴族達はプライベートを周囲に知られないよう、街に出る時はある程度姿を変える事が多い。

大女優のロミーナとの恋が周囲に知れたら、大変な噂になる。それは、貴族であるラヴィス侯爵にとってはあまり良くない事なのかもしれない。


エイジャはロミーナを見上げる。

表情までは分からないまでも、その様子は今夜見た劇中の、恋人を想って涙を流す娘の姿に重なった。

それは、今ロミーナが同じように悲しい気持ちでいるからなのだろうか。

だとしたら、なぜ悲しいんだろう。

(好きな人が王都からこんなに離れた国境近くの街まで会いに来てくれたのなら、それってきっと、すごく幸せなはずなんじゃないのかな)

しばらく夜空を仰いだ後、ロミーナは窓を閉めた。

灯りが落ち、ホテルの周辺は再び闇に包まれる。

動きがないのを確認し、エイジャはその場を静かに離れた。



戻ってきたエイジャから報告を受け、ルチアは考えを巡らせる。

通常、ロミーナのような大女優の公演スケジュールは何ヶ月も前から埋まっているはず。今、この街にロミーナがいる事は、自分達が同じタイミングでここに来た事とは無関係だ。

そうなると、ラヴィス侯爵は?

ルチアの知る彼は、家名への誇りと自らの私兵の統率に燃える、堅苦しい男。公爵家から妻を迎えて王宮内での地位を高め、王女の信頼も厚いと聞く。間違っても女優との恋路にうつつを抜かすような人物ではない。

それとも、姿を隠し、秘密の恋の為に王都から遠く離れた国境近くまでやって来たのが、本来の彼の姿だとでもいうのだろうか。



空が白み始め、フェルダとベルが見張りの交代にやってきた。

ルチアから話を聞いたフェルダは、信じられないように目を見開いた。

数時間前に夢のような時間を過ごした憧れのスターと、敵対する立場にいる男との意外な関係に、納得がいかないようだった。

「……昼までにこの街を出発するつもりだったけど、少しラヴィス侯爵の動きを見てからにした方が良さそうね」

フェルダがため息混じりに告げたのを受けて、ルチアが頷く。

「そうだな。ラヴィス侯爵の目的が分からないまま先を進めるのは危険だ」

ベルがふわぁ、と小さなあくびをしたのを見て、エイジャが声を掛ける。

「ベル、まだ眠そうだね」

「ん〜、ま、仕方ないわよ。エイジャなんて徹夜だったんだから……」

「ちょっと休んできたら、また交代するからね」

エイジャが言うと、ベルは大丈夫よ、と言って笑った。


ホテルに戻ったルチアとエイジャは、それぞれの部屋の扉の前で別れた。

「疲れたろう。起こしに行くまで、ゆっくり休んでいるといい」

ルチアが言うと、エイジャは苦笑した。

「ルチアの方こそ。俺達がお芝居を見てお酒を飲んでる間もずっと見張ってたんだろ?俺よりずっと疲れてるはずだよ。ちゃんと、休んでよね」

「エイジャ」

ドアノブに手を掛けたエイジャは、ルチアの呼びかけに手を止めた。

「なに?」

ルチアは何を言いたかったのか自分でも分からくなって、押し黙った。

「どうしたの?変なの」

くすりと笑って、エイジャがドアノブを回す。

「お前、一人で泣いたりするなよ。辛い時は言えと前も言ったはずだ。俺はお前の父親のような立派な人間じゃないが、側にいる事はできるから」

ルチアの言葉に、エイジャの動きが止まった。

「あ……りがと……」

ドアノブに手を掛けたまま、ぎこちなく返す。

「……あんまり、迷惑掛けないようにするよ。

でも、どうしてもダメな時は、ちょっと迷惑かけるかもしれないけど」

「誰が迷惑だと言った。そんな事……」

「俺、ルチアや父さんみたいになりたいなら、甘えてちゃいけないんだ。父さんとも、ずっと一緒にはいられなかった。ルチアとだって、この旅が終わったら、もう住む世界も、目的も、違うんだから。だから……」

一気に話すと、その先を考えていなかったかのように、エイジャは息を継いだ。

「……だから。旅が終わるまでは。ちょっと、甘える時もあるかも、しれないけど……俺、がんばる。もっと、強くなるよ」

切れ切れにそう話し終えると、エイジャは顔を背けたまま、ドアノブを回した。

「おやすみ……ルチア」

パタンと扉が閉まる。ルチアは閉じられた扉を見つめたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。

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