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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
31/87

(21)エイジャの告白

「ああ、素敵だった!ロミーナ=アイマーロとお酒を飲んで、サインまでもらっちゃって!長生きはするものねぇ」

走り去る馬車をうっとりと見送るフェルダに、ルチアが呆れたような視線を向ける。

「お前の芝居狂いは、あいかわらずだな」

「ロミーナは特別よ!憧れの人だもの。あの哀愁を帯びた歌声。エイジャじゃないけど、聴いてると自然に涙が出ちゃう。ああいうのが天才っていうのね」

サインを抱きしめて今日の劇中歌を歌い始めたフェルダに、ルチアがため息をついた。

「ルチア、気になる事って何だったの?もしかして今までずっと外にいたの?」

「ああ……お前達に俺の居場所を伝えておこうと思って、一度戻ろうとしてたんだ。ここで会えたのならいい。俺はまた戻る」

「戻るって、どこに?」

「この先のホテルだ。人を見張ってる」

ルチアは三人を近くに集めると、フェルダに視線を移して告げる。

「ラヴィス侯爵がいた」

「ラヴィス……って、クレマン=ラヴィス侯爵が?」

フェルダが思わず声をあげかけ、慌てて手を口に当て声を潜めた。

「ああ。変装してたんで、見間違いだろうと思ったんだが、どうも気になって追いかけてみたんだ。ホテルに入った後しばらくして、奴の従者で知っている男が出てきたから間違いない」

「誰よその、ラヴィス?侯爵って事は、貴族なの?」

ベルが尋ねる。

「ラヴィス侯爵はウィスタリア王女派の貴族で、有力者の一人だ。王宮兵とは別に私兵隊を持っている、将軍かぶれの男だ。

ユズールに向かう道で俺とエイジャを襲ってきた襲撃者達は、奴の手の者じゃないかと俺は考えてる」

「なんでラヴィス侯爵がこんな所にいるのかしら?アタシ達を追ってきたとか?」

「どうだろうな……。奴らはシアルに向けてカルニアス王子の使者が立った事は掴んでいるようだが、それが誰なのかはバレていないはずだ。

ユズールに向かう道で襲ってきた襲撃者達には、顔を見られてはいないしな」

「追ってきた所で、相手が分からないんじゃどうしようもないわよね」

「あるいは、何らかの方法で使者が俺達だという事を掴んで、自ら手をくだしに出向いてきたか……だな」

いつになく神妙な面持ちでつぶやいたルチアを見て、エイジャは緊張に身を堅くした。

「ルチア、俺も見張りに付いて行くよ」

エイジャが言うと、ルチアは少し考えて頷いた。

「そうだな……二人ずつで交代して見張ろう。エイジャ、一緒に来てくれるか」

ルチアの返答に、エイジャは力強く頷いた。



ラヴィス侯爵が泊まっているというホテルは、この街で一番大きく豪勢なホテルだった。

エイジャとルチアは、通りを挟んでホテルの入り口が見える建物の角に身を潜めた。

ルチアはエイジャが買ってきた簡単な食事を口にしながらも、入り口から目を反らさない。


「ラヴィス侯爵……って人は、どんな人?何歳ぐらい?」

「年は50代前半という所か……。割とがっしりした体つきで、長い黒髪の男だ。

普段は髪を後ろで一括りにしているが、今日は変装のつもりなのか、髪を下ろしてつば広のハットを被っていた」

がっしりした体つき、くろかみ、ハット、とエイジャが口の中で復唱する。

「ルチアの今の見た目なら、ラヴィス侯爵もルチアだって気付かないかな?」

「どうだろうな……遠目なら大丈夫だろうが。至近距離で会ったら、気付くかもしれない。

王宮の中ではしょっちゅう顔を合わせていた男だからな……」

「仲悪かった?」

「……仲がいいとか悪いとか、そういう付き合いではないな。

もちろん表向きは和やかに接しているが、裏では敵対する派閥の人間だ。

まあ、王宮内の人間関係なんてどれもそんなもんだが。皆、顔は笑っていても腹の中では何を考えているやら」

「王宮って、なんか人付き合いが難しそうだね」

「お前はすぐ騙されるだろうなぁ……」

しみじみとそう言われ、エイジャが不満そうに口をとがらせた。

「ルチアも人を騙したりするの?」

「騙したいわけじゃないが、本音を口にできる立場ではないからな。お前と話しているようにはいかない」

「同じ、カルニアス王子派の人が相手でも?」

「王子に心から忠誠を誓っている者もいれば、ただ損得勘定で王子派についているだけの奴もいる。本当に信頼できる者なんてごく一部だ。

今回の俺達の任務の事を知っているのも、数える程しかいないな」

エイジャは、ルチアと初めて会った時に横にいた、宰相風の男性を思い出した。

「俺が王宮に呼ばれた時、ルチアを紹介してくれた男の人は?あの人は味方なんだろ?」

いかにも王宮仕えの要人らしく畏まった話し方だったが、穏やかな眼差しと落ち着いた物腰の、信頼できそうな人物だった。

「ああ、あいつは古い付き合いだからな」

ルチアのくだけた言い方に、エイジャはあれっと疑問に思った。

あの男の人の格好やルチアを紹介する時の話し振りからして、彼はルチアよりも立場が上の人物なのだろうと思っていたのだ。

「あの人……は、えっと、ルチアの上司?なんか、偉い人みたいだったけど」

「上司というか……まあ、なかなか頭が上がらない相手ではあるな。小姑みたいな面倒臭い男だが、裏切るような事はまずないだろう」

ふうん、とエイジャは答えて、権謀術数が渦巻く王宮にあって、ルチアが信頼を寄せる人物がちゃんといる事に安堵した。

(それに、ルチアにはちゃんと大事な人もいるんだしね)

ふいに婚約者の存在を思い出して、顔が曇る。

(ああ、だめだなぁ。まだそんな事を気にしてるのか、俺)


ザクセアの街での最後の夜、ルチアに婚約者がいる事を知って思い悩んでいたエイジャを、ルチアは(酔って良く覚えていないようだが)ぎゅっと抱きしめてくれた。

心配や不安で冷たくしぼんでいた心が、じわじわと温かいもので満たされていくような感覚。

それはまるで子供の頃に感じた、父さんの側にいる時の絶対的な安心感に似ていて。

なんだか自分でもよく分からないけど、ごちゃごちゃ悩まないで、ルチアと共に任務に専念しよう。ルチアの側にいられれば、それでいい。そう思う事ができて、すっかり吹っ切れたのだと思っていた。

普段はベルやフェルダが一緒にいるから気にしないでいられたのだが、こうしてルチアと二人だけになると、嫌でも婚約者の存在を思い出してしまい、自分でも説明のつかないもやもやとした気分に襲われてしまう。

(だいたい、ルチアに父さんの影を重ねて見るなんて、ルチアに対しても失礼だよね)

ルチアに、父さんみたいだと話した時のルチアの表情を思い出す。

引きつったような、何とも言えない顔をしていた。決して、嬉しそうではなかった。

エイジャにとっては尊敬する父親の存在は何者にも代え難いもので、最高級の褒め言葉であったのだけど。

勝手に人の親にされてはルチアも迷惑だろう。


「ルチア、あの……ごめんね。前に、ルチアの事を、父さんみたいだなんて言って」

突然しゅんと押し黙ったと思ったら、ルチアにとって忘れられない発言を蒸し返してきたエイジャに、ルチアはぎょっとして顔を向けた。

「いや、別に……なぜ謝る?」

「ん……なんか、勝手に父さんと一緒にしちゃって、それって失礼だなと思ったから」

「失礼って事はないが……俺はそんなに老けてるか?お前とそう年は違わないんだがな……」

「あの、年の問題じゃなくて。

父さんは、俺の中では絶対的な存在なんだ」

そう言うと、エイジャは恥ずかしそうに目を伏せた。

「厳しい時もあったけど、いつでも俺の事を一番に考えてくれて、守ってくれて。

強くて、優しくて。……理想の男っていうのかな」

白い頬をうっすらと染め、所在無さげに指を遊ばせながら、ぽつり、ぽつりと話す。

ルチアは息を飲んだ。

「……それは……つまり……」

何とかそう絞り出したルチアを、エイジャは瞳を輝かせて見上げた。

「うん、俺、いつか父さんみたいな男になりたいって、ずっと思ってたんだ」


「……・・そうか」

これ以上落ちないだろうという程に肩を落とし、ルチアは答えた。

反対にエイジャは、考えがまとまった事に、落ちていた気分がいくらか浮上していた。

(そっか、そうだ。俺、父さんやルチアみたいになりたかったんだ)

「俺、今はルチアや父さんみたいに強くないけど、頑張るよ」

両手を握り締めてそう話すエイジャを、ルチアは複雑な思いで見つめる。

ルチアの期待していたような展開とは程遠いが、とりあえず、エイジャにとって絶対的な存在であるという父親と同列に扱われているという事は、歓迎すべきなのだろう。

それにしてもエイジャがここまで心酔する父親というのは、どんな男なのか。

「それほどの男だというのなら、一度会ってみたいな」

ルチアが言うと、エイジャはふっと表情を暗くした。

「あの……もう、いないんだ」

ああ、それで。

ルチアは合点がいったように、心の中でつぶやいた。

それ以上語らず、黙り込んでしまったエイジャ。

これまで時折見せる事のあった、深い悲しみに耐えるような表情のわけは、これか。

「ごめん……気、使わせちゃったね。でも、もうずっと前の事だから」

声だけを幾分明るくして、エイジャが俯いた。

エイジャの表情は、顔の両脇に流れ落ちた髪に隠れて見えない。

ルチアは思わず腕を伸ばす。漆黒の髪を掬い上げると、エイジャは瞳を隠すように顔を背けた。

父親の代わりでも、何でもいい。

エイジャが求めるものを、自分が少しでも与える事ができるなら。

ルチアがエイジャの細い顎に指の背を添えると、その仕草にぴくりと反応したエイジャがルチアを見上げた。

その湿りを帯びた瞳を目にして、ルチアは頭の芯がくらりと痺れるのを感じる。

「……ルチア……」

エイジャの声が、まるで遠くに聞こえるようで。

「……ルチア……がっしり、くろかみ!」

焦点が定まっていないかのようだった目に突然力が戻ったかと思うと、エイジャがルチアの腕を強く掴んだ。

はっと夢から覚めたかのようにルチアも目を瞬かせ、後ろを振り返る。

肩にかかる黒髪を後ろに流し、つば広のハットを目深に被った身なりの良い男がホテルから出て来た。

馬車が回されてくると、男は後ろに立っていた女性の腕を引き、馬車に乗せる。

二言三言話した後、親密な恋人同士のように口付けを交わすと、女性を乗せた馬車は走りだした。

「ラヴィス侯爵だな」

身を隠すように壁に張り付いたまま、ルチアが呟く。

「……女の人が、いた……。あの人って……」

エイジャはその後に続く言葉を飲み込む。

「ああ」

ルチアが答えた。

女性は紛れもなく、数時間前に別れたロミーナ=アイマーロだった。

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