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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
21/87

(13)潜入捜査-6

頭の後ろに大きな手を添えて、強く抱きしめてくれる腕。

人々の泣き叫ぶ声が聞こえないよう、しっかりと耳を覆って。

父さん、腕を解かないで。

このままずっと。

俺、怖いものなんか見たくないよ。みんなの声、聞きたくないよ。

俺はどうしたらいいの?みんなの願いは何?

なぜ、俺を生かしたの?

父さん……









「………ジャ…エイジャ……!!」

遠くに声が聞こえる。

優しい人の声だ。

しっかりと抱きしめてくれている。

父さんなの……?

「エイジャ……目を開けてくれ……!」

ちが……う。



「ルチア……?」



腕の中で小さくつぶやかれた声を耳にして、ルチアは慌ててエイジャの顔を見た。

「エイジャ……!」

「どうしたの……ルチア……」

「……良かった…っ……!!」

ルチアはエイジャの目が開いているのを確認すると再び腕の中にエイジャをかき抱き、絞り出すように声を漏らした。

「えっ……な、なに?」

エイジャは状況が分からずに為されるままになっていたが、

「あの、あの、ルチア、どうしたの!?何かあったの!?」

意識がはっきりしてくると、なぜ自分がルチアに抱きしめられているのか。

その事態に気付いた途端、さあっと顔に血がのぼり、慌ててルチアから身体を引き離した。

エイジャの行為に気付いて顔を上げたルチアと、真正面から視線がぶつかる。

「キャアッ!」

エイジャは咄嗟にルチアの肩を突き飛ばして、膝から転げ落ちた。

(び…び…びっくりした)

心臓がどくどくとすごい音を立てている。

「…痛っ」

そこでやっと、エイジャは右太腿に巻かれた包帯に気がついた。

心臓が脈打つのに合わせて、包帯の下がずきずきと痛む。

「……は〜い、はい、ごちそうさまでしたぁ〜」

フェルダの声に、エイジャはそちらに顔を向けた。

「フェルダさん!え?あれ?ここ、どこですか……?」

エイジャはきょろきょろと辺りを見回した。馬車の客車の中のようだったが、自分が店から乗ってきたものとは少し様子が違う。

(えーと、あれ?俺、お店で女の子として働いてて……馬車に乗り込んで……ノーラさんの恋人が馬車を止めて……?)

「ああ、だめだめ。まだ動かないで、エイジャ。あなた、頭を打って気を失ってたのよ」

「えっ……ああっ、人買いの男達は!?ザックは、ノーラさん達は!?」

やっと自分が気を失う直前の出来事を思い出し、エイジャは立ち上がろうとして額に痛みを覚え、手をあててしゃがみこんだ。

「みんな無事だ……だから、まだ動くな。お前、息もしているかはっきりしなくて、本当に……もう目を開けないかと思ったんだからな」

ルチアの地を這うような低い声に、ぎくりとそちらを向く。

(こ、こわい……)

「あの……ルチア……お、怒ってる……?」

黙ったまま頷いたルチアの鋭い視線に、エイジャは身体を縮ませた。

ルチアの怒った顔は初めて見る。完璧に整った顔が凄むと、こんなに恐ろしいものだろうか。眼鏡のおかげで少し眼光が和らいで見えるものの、怖くて顔を見られない。

(そうだよね……俺、やられて気を失うなんて……バカ)

「ごめん、ルチア……油断したつもりはなかったんだけど……すっかり相手は二人だと思っちゃって、もう一人いるのに気付かなくて……

ルチアがやっつけてくれたんだよね……役に立たなくて……っていうか足引っ張っちゃって……ごめん……」

しどろもどろで謝罪の言葉を口にするエイジャに、ルチアの苛立ちは頂点に達した。

「そういう事じゃない!自分の身の危険もかえりみないで勝手な事をするな!

こんな怪我をして……命がなくなったらどうするつもりだ!!」

ふがいなさを怒られているのではないのに気付いて、エイジャは分からないというふうに困った表情を見せる。

「あのね〜、エイジャ。ルチアは、エイジャが勝手に馬車に乗って行っちゃって、しかも一人で行動開始しちゃったから怒ってるのよ」

フェルダが助け舟を出してくれた。

「あの……でも、ノーラさん達が危ないと思って……」

エイジャがそう答えると、はあっとルチアが大きなため息を付く。

「ノーラっていうのはあの店の女達の事か?その子達の身の安全ももちろん大事だが、まずは自分の身を案じろ。

きちんと作戦も立てないで馬車に乗り込んだりして、もし俺が追いつけなかったらどうするつもりだったんだ?」

「……ごめんなさい。……ルチアなら絶対付いてきてくれると思ったから」

ぐっ、と言葉に詰まったルチアを横目に、フェルダが苦笑いする。

「それ言われちゃ怒れないわね〜、ルチア」

ルチアは頭を掻きむしって立ち上がった。

「フェルダ、俺が切った奴らの傷も看てくれ。死なれちゃ話を聞き出せないからな」

そう言い残し、客車を出て行ってしまった。

その後ろ姿を眺めながら、フェルダが困ったような笑顔を見せる。

「でもね、エイジャ。ルチアの言う通りよ。あなたはもう単独行動の冒険者じゃない。アタシ達はチームなの。

確かに、今日が馬車が出る日だったっていう事は想定していなかったけど、だからって一人で乗り込むなんて危険よ。

女の子達の身を心配する気持ちも分かるけど、それよりももっとアタシ達がエイジャの身を心配するって事も覚えておいてちょうだい。

ベルなんて、早く馬車を止めてエイジャを助けろってそりゃもううるさかったんだから!

とにかく取引の場に着くまでは手を出さずにいるの、大変だったのよ」

「……ごめんなさい……」

エイジャは、フェルダに頭を下げた。

善かれと思った行動が、仲間に心配を掛けた事。

すまなく思いながらも、自分の身をここまで気遣われた事に、新鮮な感動を覚えていた。

「とにかく、足と額の怪我はあるけど、無事で良かったわ。

ルチアにも、後でちゃんと謝ってあげてね。本当に心配してたのよ。

額の傷からの出血がひどくて、見つけた時は血まみれだったんだから」

「はい」

エイジャは肩を落としたまま頷いた。

「じゃ、アタシはあいつらの傷を看てくるわね」

一緒に立ち上がったエイジャを、フェルダが止めようとしたが

「大丈夫です。ちょっと、足の怪我の具合も見てみたいので、歩いてみます」

そう断って、エイジャはフェルダと連れ立って馬車を降りた。



「エイジャ!」

馬車を出るとすぐにベルが駆け寄って来た。

「大丈夫!?気を失ってたんでしょう!?」

「ああ、もう大丈夫……ごめんね、ベルも心配してくれたんだってね」

「そうよっ!もう!勝手に馬車に乗ってっちゃって、エイジャがどこかのいやらしいオッサンに売られちゃうんじゃないかってほんと心配だったんだから!!」

ベルは腕を組んでエイジャを睨んで見せた。

「ごめんごめん。ルチアとフェルダさんにも怒られたよ」

「ルチア、完全にパニックになってたもんね。さっき馬車から出てきて、向こう行っちゃったわよ。私が声掛けても無視。なんなの、あれ!」

ベルが顎で示した先には、少し離れた木の影で、向こうを向いて座っているルチアの姿があった。


「ルチア」

後ろから声を掛けてみたが、返事はない。

エイジャはしゃがみこみ、もう一度声を掛ける。

「あの……ルチア、ごめんね?」

エイジャはそっぽを向いたままのルチアの正面に回り込み、顔を覗き込んだ。

「俺、ルチアやフェルダさんやベルが俺の身を心配するかもなんて、全然考えてなかった。

フェルダさんが言ってた。チームだって……。心配かけて、ごめん」

ルチアはため息をついて、エイジャと視線を合わせた。

眼鏡の奥で、長い睫毛が辛そうに伏せられる。

「……悪いと思ってるなら、もう二度とこんな真似はやめてくれ。

こんなに……頬を腫らして」

ルチアの冷たい手の平がエイジャの頬を包んだ。

(ああ、そういえば殴られたっけ。まだちょっと傷が熱いや)

じんじんと熱を持っている頬をいたわるように、長い指がエイジャの輪郭を撫でる。

「痛むか」

「んん、大丈夫」

「大丈夫じゃない時はそう言えと言ったはずだ」

「……ちょっと痛いデス」

へへっ、とエイジャは笑ったが、ルチアは笑い返してくれなかった。

ただ、黙ったまま、着ていたロングジャケットを脱いでエイジャに被せた。

「わっ、えっ、何?寒くないよ」

「いいから着てろ。そんな格好でうろつくんじゃない」

そう言われて自分の姿を改めてみると、肩と背を出した青いドレスを短く破って腰で結び、足は太腿までのズボンに包帯巻き。

(……追いはぎにでもあったみたいだな)

エイジャはそう思い、それをルチアが咎めたものと考えた。

「ごめんね、ひどい格好で。動きにくかったからドレス破っちゃったんだ。フェルダさんに謝らなきゃ。

 あ、そうだ!ザックやノーラさん達の様子を見て来なくちゃ」

「エイジャ」

立ち上がろうとしたエイジャは、ルチアに腕を掴まれて振り返った。

「何?」

「お前……」

「……どうしたの?あ、やっぱり返す?」

ジャケットを脱ごうとしたエイジャを、慌ててルチアが止めた。

「いや、違う。

 ……何でもない。店の女達は、お前が乗せられてきた馬車の客車の中にいる」

「分かった、行ってくるね。あ、ザック!」

エイジャは店の下男を見つけ、手を振ってそちらへ走って行った。

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