(13)潜入捜査-4
裏口から店の外へ出ると、二頭引きの箱型馬車が待機していた。
黒塗りの立派な客車を備えた大型のワゴンタイプ。まるで貴族が乗るような馬車に女の子達は歓声をあげたが、エイジャには簡単に馬車から飛び降りて逃げる事ができないように、この形の馬車を使っているとしか思えなかった。
「さあ、乗れ」
ディノが指図すると、ザックが駆け寄ってきてノーラ達三人とエイジャが客車に乗り込むのを手伝い、最後に自分も乗り込んだ。
「ザックさん、ありがとうございました。どうぞお元気で」
エイジャが心からの感謝と別れの挨拶を告げると、ザックは気まずそうに目線をそらした。
「いや、今日は俺もついていくんだ。さっきディノさんに頼んできた」
「あらザック、あんたまで王都で働きたいの?」
女の子達に問われて、ザックは頭を掻く。
「いや、俺みたいな下働きの男は王都店では手が足りてるってさ。でも、今回は女の子が四人いていつもよりも多いし、色々と人手もいるだろうから、旅の手伝いにだけ付いてこいって。帰りは、俺が御者をするんだ」
そしてエイジャに向き直る。
「エミリー、そういうわけだから、王都までの間だけだけど、よろしくな」
もしかすると、ザックは自分の事を案じて手伝いを買って出たのだろうか。
さっきは随分と心配させてしまったし……
エイジャはそう思って、ザックを騙している事に罪悪感を覚えた。
だが、ザックが付いてきてくれる事は正直ありがたい。一戦交える事になった時、女の子達を連れて逃げてくれる人間がいると助かる。
ルチア達は、エイジャが馬車に乗り込むのをどこからか見ているはずだ。急な事で慌てさせてしまっただろうが、ちゃんと追いかけてきてくれるだろう。
馬車はゆっくりと動き出した。
馬車の中で、女の子達はこれから始まる新天地での生活の話に花を咲かせていた。
ノーラだけは少し表情に陰りがあり、気がかりを残しているような様子だったが、きっと恋人の事を考えているのだろう。
エイジャはザックの話に相づちを打ちながら、窓にかけられたカーテンの隙間から外を伺う。
真っ暗で外の様子は分からず、どちらの方角に向かっているかを知る事はできない。
「エミリーはどうして王都で働きたいんだい?」
意識を外に向けていたエイジャは、ザックに話しかけられてそちらに向き直った。
「あの……私、家族がいないので、一人で生きていかなくちゃいけないんです。
王都のお店は、とてもお給金が良いって聞いたので……」
ディノに答えたのと同じように話すと、ザックは神妙な面持ちで頷いた。
「そっか……エミリーは一人なのか。寂しいな」
家族がおらず、一人で生きていかなくてはならない。それは本当だった。
「でも、エミリーみたいにきれいな子なら、恋人ぐらいいたでしょう〜?養ってもらえばいいのよぉ」
「そうそう。ま、私は王都の店で貴族に見初めてもらうのが目標だけどね」
女の子達にそう言われ、エイジャは笑って否定する。
「いえ、恋人だなんて。そんなの、いません」
「そうなんだ!?」
ザックが激しく反応したのを見て、女の子達がおかしそうに笑い合う。
「ザーック、分かりやす過ぎるわよ!」
「えっ、何がっ!?おかしな事言うなよ!」
「顔赤くしちゃって。あんたももっと甲斐性を持てば良いのよ。そうすれば誰かさんを養ってあげられるじゃない?」
ザックは悔しそうに顔をそむけた。
「なんだよ、俺だって今はこんな下働きだけど、いつかは自分の店を持つって夢があるんだからな」
「ザックの店かぁ、結構いいかも。意外に面倒見いいもんね、ザックって」
「でもちょっとお人好しすぎるんじゃない?やっぱり店のオーナーっていえば、ディノさんみたいにちょっとワルっぽい所がないとね」
ザックと女の子達の会話を聞いていると、従業員に対してぞんざいな態度を取るディノを、皆恐れつつ一目置いているようだった。
その男が、店の女の子達を転勤と偽って人買いに売っているとしたら。
彼女達はどんなに傷つくだろうか。
それを考えると、エイジャはやり切れない思いだった。
馬車が走り始めて一刻ほどたった頃だった。
「なんだっ!お前!」
ディノの声がしたかと思うと、馬のいななきと車輪のきしむ音が鳴り響き、馬車が大きく揺れて急停止した。
「キャアッ!!」
「なんなの!?」
女の子達が身を寄せ合って叫ぶ。
「どうしたんだろう、俺見てくる!」
客車のドアを開け、ザックがランタンを手にして飛び出した。エイジャもその後を追いかける。
まさかルチア達が馬車を止めたのだろうか?そんなはずはない。ブローカーと接した所を押さえなければ意味がない。
だが外に出てみると馬車の前に立ちはだかっていたのは騎乗した一人の男性だった。
(あれ、誰だったっけ……?見た事ある……)
エイジャが記憶を辿っていると、後ろから声が飛んだ。
「ブルーノ!?なんでこんな所に!?」
叫んだのは後を追って来たノーラだった。
「なんだ?ノーラ、おまえの知り合いか!?」
御者席から憎々し気にディノが怒鳴る。
「ノーラ……!おいで、早く!」
ブルーノと呼ばれた男は、ノーラに向かって腕を伸ばした。
(あっ……フェルダさんの店ですれ違った人!)
やはり男はノーラの恋人だった。
「何言ってるのよ!?ブルーノ、無理矢理馬車を止めたりして!危ないじゃないの!」
「君こそ目を覚ませ!自分がどちらの方角に連れて行かれているのか、分かってるのか!?」
「えっ……」
辺りは真っ暗で、ランタンの灯りに照らされた範囲しか見えない。きょろきょろと見回したあと、ノーラはいぶかしげにブルーノに視線を戻した。
「どちらの方角って……王都は西よ。それが何なの!?」
「じゃあ、なぜこの馬車は東に向かってるんだよ!?」
ブルーノの言葉に、ノーラは目を見開いた。
「……どういう事!?」
ザックがランタンを掲げて辺りを照らした。
「……本当だ……なんで東の峡谷にいるんだ?……どうして!?」
「チッ……もう少しだったのに!」
ディノが吐き捨てるようにつぶやいたのを耳にしたのと、御者席から伸ばされた腕がノーラを掴まえたのは同時だった。
「キャアッ!!!」
「ノーラ!」
「ノーラさん!」
ディノは御者席にノーラを乱暴に引っ張り上げ、首筋にナイフを当てた。
「動くなよ……この女の首をかっきるぞ」
「ディ……ノさん……」
ノーラが震える声を絞り出した。キャアア、とエイジャの後ろから、客車から降りてきた女の子達の叫び声が聞こえる。
「……ディノさん、どういう事ですか!?」
ザックが叫んだ。ディノはにやりと笑う。
「ザック、お前はどうする?どちらに付く?この場で俺に手を貸せば、あの店の副支配人にしてやるぞ。
歯向かえば、この女らと一緒に人買いに売るまでだ。どちらか選ばせてやるよ」
「な……なんだって!?」
ザックはあまりの展開に考えが付いていかないように、立ちすくんでいる。
エイジャはザックの横に並び、くいとザックの袖口を引いた。
「言う通りに」
ザックにだけ聞こえる声量でそう伝える。
ぴくりとザックの肩が揺れた。
「……分かりました……おれは、何をすれば……?」
「それでいい。お前なんて一人じゃ何もできないんだ。俺の言う通りにしてりゃいいんだからな……
おい、そっちの男。大事な女の喉から血が噴き出すのを見たくなかったら、馬から降りな」
ブルーノが真っ青になりながら馬を降りると、ディノはザックに言いつけ、ブルーノの体を近くの木に縛り付けさせた。
「女共は客車に戻れ。下手な動きをするなよ。俺はカッとなると手元が狂うんだ。お前らの仲良しのノーラを殺しちまったら、今度はお前らの誰かがノーラの代わりになるだけだからな」
ガタガタと震えている女の子達を促し、エイジャは客車に戻る。不安そうにこちらを見たザックに、目だけで頷いて見せた。
「ザック!御者席に来い。お前が手綱を引け。まっすぐ進むんだ」
馬車が動き始めるとすぐ、エイジャはドレスの裾を踵で踏んで抑え、スカート部分を勢いよく破った。短くなった裾を腰の横で結ぶ。
恐怖のあまり泣きじゃくっていた女の子達が、驚いてエイジャを見た。
長く男装で生きてきたエイジャはドレスの下が下着だけというのがどうにも落ち着かず、太腿丈のズボンを中に履いていた。ハイヒールを脱ぎ捨て、持って来た鞄からいつものブーツを取り出す。
エイジャの行動にあっけにとられて泣き止んだ女の子達に、エイジャは安心させるように微笑みかけた。
「騙しててごめんね。俺、男なんだ」
「男・・!?」
思わず声をあげかけたセルマの唇を、エイジャはそっと人差し指で制した。
「大丈夫。あなた達の身は必ず守るから」
ニコリと笑顔を見せたエイジャに、セルマとエステラは思わず状況を忘れて赤面したが、ぶんぶんと首を縦に振って答えた。