(13)潜入捜査-2
「あなた、入っていきなり大変だったわね。一旦、休憩行って来ていいわよ」
リナルドに一緒についていた女の子が、エイジャに声を掛けた。確か、ノーラと呼ばれていた子だ。
女性らしく男好きのするスタイルで、勝ち気そうな目をした美人だった。
てきぱきと他の女の子達に指示を飛ばしてテーブルを片付けている。女の子達のリーダー格のようだった。
「あ、ありがとうございます」
「控え室はあっち……あ、ザック。この子、控え室に連れて行ってあげてよ」
ノーラはちょうど後ろを通りかかったザックを呼び止めた。
「あ、はい。じゃああの、こっちです」
エイジャはザックに連れられ、控え室へ入った。
「ザックさん、と仰るんですか?」
「えっ!?あ、うん!そう、です」
ぎくしゃくしながらザックが答える。
「あの、もし違ったらすいません。さっき、私を助けてくれたのは、ザックさんじゃないですか?」
「ええええっ!?」
尋ねたエイジャの方がびっくりする程大きなリアクションが返ってきた。
「なっ、なんで!?」
「あの、女性の方がお店を出て行かれる時に、ザックさんに挨拶をされていったように見えたので」
ザックはばつが悪そうに声を潜めて答えた。
「……誰にも言わないでくれよ。こんな事バレたら、ディノさんに殺されちまう」
「やっぱりそうだったんですね。助かりました。ありがとうございます」
ザックは人懐こい笑みを浮かべて頭を掻いた。
「いや、そんな礼言われるような事してないんだ。店の外で呼び込みしてたら、あの女の人が旦那探して店の前を歩いてたからさ。
あの人、前にも旦那探して店に怒鳴り込んできた事があるから、顔知ってたんだよ。
だから、俺『どうも奥様こんばんは、お世話になってます』って声掛けただけなんだ。
奥さんはそれで察してくれたってわけ」
ザックは俺もあの人キライなんだよ、と小声で付け加えて笑った。
「でも、本当に助かりました。
私、……エミリーです。よろしく」
エイジャの出した右手を、ザックは照れたように握り返した。
「あんた、なんでこんなうちにみたいな店に来たの?・・って、金がいるって言ってたっけ?でもなぁ……」
ザックが不満そうに言い淀む。
「あの、さっきもちょっとそんな事仰ってましたよね。どうしてでしょう?
このお店、お給金もいいし、頑張って働けば王都の本店に行く事もできるって聞いたんですけど……」
エイジャの問いかけに、ザックが複雑な表情を見せる。
「ああ……、そうなんだ。ひと月に一回……二回くらいかな。
見栄えのいい、客受けの良い子だけだけど、希望すれば王都に転勤させてもらえるんだ。
やっぱ王都の方が貴族相手で今よりもずっと給金もいいし、うまくすれば高貴な方に見初められて貴族の奥方になった子もいるとかいう噂で、行きたがる子も多いよ。
こないだ馬車が出てから半月程たつから、そろそろ、次の転勤があるんじゃないかな」
(そういう触れ込みなのか……)
エイジャは苦い思いでザックの説明を聞いた。
「でもさ、俺はもう三月以上この店で働いてるけど……王都に行った子の話をその後、聞いた事がないんだ。
本当は王都の本店って言っても、今よりずっと厳しいんじゃないかって、そう思うんだよな。
金持ちなんて鼻持ちならないやつばっかりだろ。お貴族様なんてきっと嫌な奴ばかりだよ。さっきの、リナルド様みたいな……」
「それで、この店で働くのをあまりおすすめされないんですね」
「うん……エミリーみたいな子はさ……ほら、なんだか人形みたいで、いかにも貴族受けしそうだから……すぐ、王都に来ないかって言われんじゃないかと思ってさ……」
鼻の頭を掻きながら、少し照れたようにザックはこぼした。
貴族受けしそうだというザックの意見はよく分からないが、初対面の自分の身を案じてくれたザックにエイジャは好感を持った。
何より、最大のピンチを助けてくれた恩人だ。
「ありがとうございます、ザックさん。王都に興味があったけど、もう少し他の女の子の話も聞いて、よく考えてみますね」
「うん、そうしなよ。それから、リナルド様みたいな客は他にもいるからさ、他の子達のあしらい方を見て、うまい断り方も学んだ方がいい」
「そうします」
その時控え室の扉が開き、休憩の女の子が入ってきた。
「エミリー、交代よ。さっきと同じ席に付いてきてちょうだい。今度の客は、リナルド様みたいなエロ親父じゃないから、大丈夫よ」
ウインクした女の子に、笑顔を返す。
「ありがとうございます。行ってきます」
言われた通り、次の客はリナルドのような下品さはなく、エイジャともう一人の女の子を相手に少々の仕事の愚痴をこぼす程度だった。
エイジャは王都で馴染みの女性達の話し方などを思い出して、懸命に女性らしく振る舞った。
その次に付いた客は、酔っぱらった勢いで家庭のいざこざを面白おかしく話して聞かせる男だった。
「エミリーは本当に、きれいだなぁ。あんたみたいな人が奥さんだったらなぁ……、俺、こんな店こねぇで、まっすぐ家に帰るのになぁ」
「やぁだ、それじゃうちが商売あがったりじゃない」
もう一人の女の子が突っ込むと、楽しそうに笑う。
「エミリー、男には気をつけろよぉー、変な男に騙されちゃいけねぇぞ、いい男掴まえて嫁に行くんだぞ……あーあ、俺、独身だったらなぁ」
すっかり酔いの回っている男の話に適当に相づちを打ちながら、エイジャは不思議な気持ちになっていた。
女性として扱われる事も、嫁の行き先を気遣われる事も、まるで他人事のようだ。
さっき、ザックが初対面の自分を心配してくれた事も慣れない経験だった。
そうだ、それは自分が今、女性としてここにいるからなんだ。
男は女の子を守らなければいけない。エイジャはそう考えて、これまで女性に接してきた。
今、自分がその守られる立場に立っている事に気づき、言いようのない違和感を感じる。
(すっかり男になりきってるんだな、俺)
女装した事で逆に、男として生きて来た短くない年月を実感する。
(……でも、ルチアは守ってくれる、な……)
押し寄せる不安から。逃れる事のできない過去から。
ルチアは守ろうとしてくれた。力になると言ってくれた。
それは……エイジャが女だからではない。
(ルチアは……俺が本当は女だって知ったら、一体どう思うんだろう……?)
ふと、思った。
より一層、守ろうとしてくれるのだろうか。
(でも、きっとそうされたら、俺は本当に弱くなっちゃうだろうな)
ルチアがくれる優しさは、涙が出るほど温かくて、心地いい。
だからこそ、その優しさに甘えるわけにはいかない。
(あ、でもルチア、ベルには厳しいなぁ……最初に騙されたからかな?
ベル、いい子なのに。そういえばルチア、戻ってこなかったけどどこに行っちゃったんだろう?)
「エミリー、エミリー!」
「あっ、はい!すいません!)
すっかり物思いに耽っていたエイジャを、女の子がつついた。
「もう閉店の時間。お客様がお帰りよ。お見送りに行きましょ」
客に腕を組まれて歩き、店外へ誘導する。
なかなかエイジャと離れたがらない客を他の女の子達が引きはがし、強引に帰らせてくれた。
「ありがとうございました〜、またお越し下さい!」
客の姿が通りの向こうに見えなくなるまで見送り、店内へ戻ろうと振り向く。
反対側の通りの建物の横に、見慣れた背の高い男の姿が見えた。
(ルチア!ちゃんと来てくれてたんだ)
エイジャは他の人間に気づかれない角度で、ルチアに作戦は順調、という意味で軽く手を振る。
目が合ったように思ったが、ルチアはふいと目線を下に向けた。
きっと了解、という意味だろう。
さあ、これからが本当の仕事だ。女の子達から色々と話を聞き出さなくては。
エイジャは気合いを入れ直し、店内に戻った。