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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
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(12)ルチアの苦悩

(なんなんだ、あれは)

壊れた装置のように心の中でその台詞を繰り返しながら、ルチアは目的もないまま大通りを足早に歩いていた。

(なんなんだあれは、本当に)

他の台詞が出て来ない。頭の回転が停止してしまったかのようだった。


ああいう見た目だから、女装すればかなり見られるようになるだろうとは思っていた。

なにしろ、初めて会った時にはえらく美しい女性冒険者だと思った程だ。

フェルダの助けを借りて着飾れば、男だとばれる心配なく、女になりきる事ができるだろう。

そう考えていた。


予想通り、部屋を出てきたエイジャの姿は、どう見ても女の子だった。

いや、正直に言えば、想像以上の美しさだった。

ドレスの深い青を引き立たせる白い肌。細い腰。恥じらうように瞳をふせた表情は艶っぽく、初々しい色香を漂わせていた。

あれなら女性従業員として店に潜り込むのに、何の問題もないだろう。

問題があるのは、その姿を目にして、言葉が出て来ないほどの衝撃を受けて固まってしまった自分自身。

あの時、自分はエイジャを女装した男ではなく、女として見ていた。

ルチアはその事実に、完全に動揺していた。

(ベルにおかしな事を言われたからか……どうしたって言うんだ、あれは男だぞ……)

どんなに心を惹かれても、どうしようもない。

(……って、心を惹かれているというのか!?ないない!!)

幼少時より常に冷静さを失わないよう育てられてきたルチアにとって、頭が働かなくなる程に心を乱されるという事自体が皆無だ。

早鐘を打つ心臓の音が自らの耳にうるさく響く事も、初めての経験だった。

とりあえずこの状態に何らかの説明を付けなければ、気が狂ってしまいそうだと、ルチアは思った。



ただの旅の同伴者だったエイジャの存在が、少し特別なものになったのはいつだっただろうか。



あれは、魔獣の森のフェルダの館に泊まった夜。

何か寝付きが悪く、部屋の窓から月を眺めていると、月明かりの頼りない光の中を、悄然とした足取りで歩くエイジャの姿が見えた。

ルチアが見ている事にも気づかず、同じように月を見上げているエイジャの姿を眺めていて、妙に胸のあたりがざわつく思いがした。

それはきっと、エイジャの元気のなさそうな様子が心配だからだと解釈して、自らも館を出てエイジャの元に向かった。

遠目から眺める月明かりの下のエイジャは、何かこの世の者ではないような、儚さをたたえていて。

声を掛けて振り向いた時に頬が光ったように見えたのは、今思えばきっとあの時にも泣いていたのではないかと思う。


その時は夕食の席で話した内容にショックを受けたのかと考えていた。

カルニアス王子を誇りに思い、自分は絶対に王子の味方だと力説するエイジャの言葉が嬉しかった。

部屋に戻るエイジャと別れ、少し酒でも飲めば寝られるだろうと食堂でワインを探した後、自室に戻ろうとしたルチアは、エイジャの泊まっている客室から出てきたフェルダの姿を見かけた。

その行動が、フェルダがエイジャをどう捉えているかを示していた。

フェルダは、人が心の中に隠し持つ傷を感じ取る。エイジャに対して、わざわざ夜中に部屋を訪れるような、何かを感じ取ったという事だ。

相変わらずの個人プレーでルチアに対して何の説明もないのが気に食わないが、行動を見て推し量れというのがフェルダのスタンスだ。

きっと、あの時エイジャの部屋から出てきたフェルダの姿を、ルチアが見ていた事にも気づいているのだろう。

一体、フェルダはエイジャの何を感じ取ったというのか。あの、穏やかで明るいエイジャが、どんな心の傷を負っているというのか。

気にならないはずがなかった。


思い返してみれば、エイジャはフリーの冒険者として経験してきた様々な依頼の話を聞かせてくれたが、冒険者として身を立てるようになるまでの生い立ちについてはそれとなく避けているようだった。

会話の中でふと見せた苦し気な表情を思い出す。


昨夜のエイジャの様子から分かったのは、エイジャが抱えている問題が、単なる過去の心の傷という程度のものでないという事だった。

エイジャはそれを明かさない。

それがもどかしい。いつか、話してほしい。

俺が力になる。エイジャに告げた言葉に、嘘はなかった。

なぜこんなに心配になるのか、自分でも分からない。


弟のようなものだろうか?

試しに、そう考えてみる。

あまり今の感情にしっくり来るようにも思わなかったが、何となく自分を納得させられる言葉であるような気もした。

自分には、弟や妹がいなかったし、エイジャのような接し方をしてくる人間もいなかった。

気取りや飾りのない、それでいて心配が耐えない。そんなエイジャに庇護欲をかきたてられて、弟のように思ったのではないだろうか?



(弟のように思っていた存在が、まったく女にしか見えない格好で現れたから、驚いてしまった。そう考えれば、おかしくない話だ)

うむ、と自分で自分を納得させてみると、少し心臓の音が落ち着いたような気がした。

(そうだ。やはりベルがおかしな事を言ったからだな。

いくらエイジャが女のような容姿をしているからといって、そのような対象として見る訳がない。俺には、そんな趣味はない)

だいぶ頭が回りだした事にルチアは少し安堵した。

冷静さを取り戻して周りを見回すと、随分とフェルダの店を離れていた。

辺りはすっかり夕暮れが押し迫っている。すぐに戻って、作戦を立てなければ。

よく覚えていないが、ベルにちゃんとした言い訳もしないままに出てきてしまったような気がする。

店に戻って、またあの姿のエイジャと向き合う事を思うと、どうしても落ち着かない気持ちになる事は否めないが……

(大丈夫、あれは「弟のような存在」だ。それが「女装している」んだ。それを忘れるな)

そう強く自分に言い聞かせ、ルチアはきびすを返した。

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