(11)女になったエイジャ
「おいしーーっ!すごい!これ全部フェルダさんが作ったの!?プロの料理人みたい!」
フェルダの店の奥にある居住スペース。
ベルはフェルダが用意した夕食を口にすると、感激したようにフェルダを見つめた。
「まあね〜、男を掴むにはまず胃袋からって言うじゃない?魔術の修行よりも努力したんだからっ。
おかげでルチアもアタシの料理だけは好きだって言ってくれるのよ〜。何せほら、愛情という名のスパイスが……」
自らの料理を褒められて気を良くしたフェルダが、愛情論を語り始めそうになったのをルチアが制する。
「分かった、その話はまた後で聞く。
ベル、お前にはまだ俺達の旅の目的を話していなかったな」
「どうせ話してくれないでしょ?いいわよ別に、勝手に付いて来てるんだし。私みたいなチンピラ信用できなくても仕方ないわ」
ベルが擦れた言い方をしてみせるが、瞳は少し期待するようにルチアの様子を伺っている。
「まあ、いちいち面倒な奴だが俺達に仇なす存在でない事は分かった」
「ふーん、そんな簡単に信用していいわけ」
憎まれ口を叩きながらも、ベルの口元は嬉しさを隠しきれないように歪んでいる。
「完全に信用したわけじゃないが、嘘をついていたり後ろめたい所があれば、フェルダには分かる。何も言わない所を見ると、何もないんだろう。
お前はただの擦れた生意気な小娘、それだけって事だ」
今度こそベルは立ち上がり、テーブルを叩いて抗議した。
「ちょっとっ!黙って聞いてりゃ何よその言い草!?だいたいあんた私とエイジャと態度が違いすぎるわよ!変態!」
「誰が黙って聞いてたって?変態ってなんだ、お前こそ訂正しろ」
「ルチア、今のはルチアが悪いよ。ベルも言い方良くない、確かにルチアの顔って人間離れしてるけど、変態とはまた違うよ」
「も〜何よあんた達、トリオ漫才〜?」
フェルダは止める様子もなくワインを口にしている。
「……とにかく。これはさっきの店の問題とも関係する事だから、話しておく」
ルチアの言葉に、ベルも口をつぐんで続きを待つ。
「俺達の旅の目的は、シアル公国の大公家に王宮からの書簡を届ける事だ。言っておくが、今後王宮の反対勢力からの妨害行為に遭遇する事もある。
現にすでにユズールに向かう途中で襲撃を受けている。危険な旅になるが、それでも付いてくるのか?」
「……王宮関係者だとは思ってたけど、お届け先がシアル大公とはね。ちょっと驚いた」
ベルは先程までの突っ掛かるような物言いを収めて、神妙に答えた。
「で?それとさっきの店とどう関係があるの?」
「旅のもう一つの目的は、シアル大公の動きを探る事だ。
ここ数年、アストニエル王国内では人攫い集団による拉致が多発してる。
お前が探ってきたように、王宮騎士団でも捜査を進めてるが、一味を摘発しても、拉致された人間がどこに流れたのかが掴めないんだ。
これはまだ未確認だが、どうも、国外……シアルに流れているらしい。そのバックに、大公がいるという情報があるんだ」
「シアル大公がアストニエルから人を攫ってこさせてるって言うの!?」
ベルは目を見開いた。
「もちろん直接大公が指揮を執っているというより、仲介するブローカーがいるんだろうがな」
「カルロスは攫った人間を運ぶ時には絶対に連れて行かなかったわ。取引相手とは一対一で会うようにしていたから。私は、その取引相手に近付きたかったんだけど……」
「おそらくそれが向こうの条件だったんだろう。自分達の存在を明るみにしない為のな。
それにしても何年もの間、存在が巧妙に隠されている。よほど強大なバックがいなければ不可能だ」
「シアルに……そうか、それなら足取りが掴めないのも納得……」
ベルは強く握り締めた右手をあごに添え、ようやく手にできた有力な手掛かりに目を輝かせた。
エイジャも初めて聞く話に目を丸くしている。
少しの間考えた後、思いついたようにベルがルチアに尋ねた。
「で?あんた達はシアル大公の悪行を暴いてどうするの?戦争を起こす根拠にでもするの?」
ルチアは目を眇めてためいきをついた。
「逆だ。俺達の主は反戦派だ。
お前の言う通り、これが真実なら、シアル大公のやっている事はアストニエルに対する侵略行為だ。それだけでもキバライ帝国がアストニエル側につくだろう。
王宮内の開戦派に、その事実を先に掴まれて開戦の根拠にされる前に、内々に解決したい。
シアル公国としても、キバライがアストニエル側に付く事は何としても避けたいはずだ。大公が引かないなら、周囲を動かして大公を降ろさせる」
ベルは、ほっとしたように表情を緩めた。
「良かった。戦争なんてイヤだし」
「じゃ、じゃあ、ベルの事を手伝うのも、任務の内ってこと?」
エイジャが嬉しそうに尋ねる。
「そうだな。あの店、王都に本店があるとか言ったが、ああいう店は出店に王宮の許可が必要だし、審査も厳しい。
ここ数年で許可を出した覚えはないから、王都に本店があるという話自体が怪しい」
「王宮騎士団ってそんな仕事もしてるの?出店の許可なんて」
ベルが問うと、エイジャが横から「ルチアは王子の側近なんだよ」と補足した。
「王都へ向かうはずの馬車が、東へ向かったのを目撃されている。働いている娘達が、騙されてシアルに売られている可能性がある。
あの店を探れば、ブローカーに繋がるかもしれない。
それにベルの話だと、カルロスの馴染みの男がいたんだろう?何か裏があると考えるのが自然だ」
「ベル、君一人でがんばらなくていいんだよ。俺達も皆協力する。
良かった、ベルを助けたいけど、カルニアス王子のご意思に背く事になるのかなって、心配してたんだ」
そうエイジャが言うと、ベルはぺたんと椅子に腰を降ろし、背もたれに体を預けた。
髪の先を指でいじりながら、「んーと」とか「あー」とか呟いた後、すっと姿勢を正した。
「ありがと……。なんか、信じられない。誰かが協力してくれるなんて、今までなかったから……」
ぺこりと頭を下げ、素直に礼を述べる。
「問題はどうやって店に潜り込むかだな」
ベルが先程ちぎってきた貼紙をテーブルに広げる。
「スタッフの女の子として入るのが一番確実なんだけどなぁ……ディノさえいなきゃ……クソッ」
舌打ちするベルから、貼紙を取り上げたフェルダが提案する。
「何も問題ないわよ。アタシが行けばいいじゃない?」
「16から25歳……」
「……・」
「フェルダ、悪いが無理があるぞ」
「失礼ね!化粧と髪型と服装でいくらでも若作りできるわよ!」
「いや……25というのはさすがに……だいたいお前オッサンだし……」
「また言ったわね!!」
キーッと金切り声をあげて怒りをあらわにするフェルダの拳を間一髪で避ける。
「いやまあ、暗い所で見れば分かりにくいとは思うが……しかしお前が行く位ならむしろ、」
「そうね、それなら……」
エイジャは、自分に視線が集まっている事に気がつき、数秒考え、その意味に気がついて青くなった。
「えっ……何!?」
「フェルダさーん!こ、この下着はどうすればいいんですかぁ!?」
「後ろにホックが付いてるでしょ、それを止めるの!後ろ手でやりにくかったら、前で止めてぐるっと後ろに回せばいいわ。
それから特製極厚パッドを装着する!OK?」
「や、やってみます〜」
結局、エイジャをフェルダの手で完璧に女装させて店に潜り込ませる以外に、良い方法はないという結論に達したのだった。
「大丈夫よエイジャ!アタシが腕によりをかけてあなたを店ナンバーワンの美少女に仕立ててあげるからっ!」
さすがは女装の達人、フェルダ。必要なものは全て揃っている。
エイジャは女性用下着やコルセット、ドレスなどを山のように手渡されて、別室に放り込まれた。
以前にスパイ任務で女装をした事はあるが、その時は女中として屋敷に潜り込んだため、ただ用意された女中の制服を着て、若干髪型を変えた程度で、ここまで手の込んだ女装はしなかった。女性用の下着など、身につけた事もない。
もっとも、フェルダに渡されたその下着は、男の体を女性らしく矯正するもので、胸の部分には一緒に手渡されたぶ厚いパッドを入れるポケットが付いていた。
サラシを解けば自分の胸がある以上、このパッドは必要ないのだが……それは言えない。
エイジャは極厚パッドを自分の鞄にしまい、次はドレスに取りかかった。
「あの、フェルダさん、できたんですが……」
細く開けた扉の隙間から、外で待っていたフェルダ達に声を掛ける。
「わぁっ、出てきて早く見せて!」
ベルが扉を強引に開けた。
フェルダが用意したのは深い青色のロングドレスだった。
首もとまで覆われていて胸元は隠されているが、シルエットは体の線がくっきりと出るデザインだ。
何より背中が大きく開いて白い肌を露にしており、それが最もエイジャを落ち着かなくさせていた。
「すーっっっごい!!!エイジャ!すっごい可愛い!!」
ベルはエイジャの周りを回りながら、きゃあきゃあと黄色い歓声をあげる。
「うーん、さすがねぇ。ちょっと悔しくなっちゃうわ〜」
フェルダはエイジャの着付けを軽く直しながら、まじまじとエイジャの姿を眺めた。
「じゃあ、後はメイクね。今のままでもすごくいいけど、ああいうお店の暗い照明の中だと顔が引き立たないから」
「えっ、まだやるんですか!?」
「すぐに客前に出られるくらいに仕上げておかないと、お店で直されるわよ。さ、こっちにいらっしゃい」
すごすごとフェルダの後について部屋に入っていくエイジャを見送り、ベルがため息をつく。
「似合うだろうとは思ってたけど、驚愕の美少女ぶりねー。女として危機感覚えちゃう」
そこでベルは、先程から全く声を発していないルチアの存在に気がついた。
「ルチア?どうしたのよ」
「……いや、どうもしない」
「めちゃくちゃどうかしてるじゃない!ちょっと、どこ行くの?」
「ちょっと外に出てくる」
心無しかふらふらとした足取りで部屋を出ていったルチアの後ろ姿を見送りながら、ベルが独り言ちる。
「ライバルに火を付けちゃったかな〜、暴走しないように見張ってなきゃ」