(10)ザクセアの占い師
ザクセアは、王都に次ぐ規模を誇る大都市だ。
様々な商人がこの街で事業を起こし、各地から人や物が集まる。
王都から離れている為に王宮の目が届きにくく、犯罪すれすれの商いも活発で、それがまたこの街独特の熱気を生み出している。
ルチアは王宮騎士団として任務の途中で何度も立ち寄っているし、エイジャも王国東部で依頼をこなす時にはこの街に宿を取る事も多い。ベルは過去にしばらくこの街に住んだ事もあるらしい。
歩いているだけで四方八方から客引きの声が掛かる。変わらない街の様子に苦笑いをこぼしながら路地を進む。
「フェルダさんの家はどこ?」
「家というか、店だな。ほら、そこだ」
ルチアが指し示した先には、商店に挟まれてこじんまりとした民家が一軒立っていた。
店だとルチアは言うが、看板もなく、窓がないので中の様子を伺い知る事もできない。
知っていなければここが店だとは誰にも分からないだろう。
エイジャが面食らっていると扉が開き、若い男性が一人足早に店を出てきた。
入れ替わりに中に入ると、中は狭い待合室のような部屋。奥にドアが一つ。
ルチアがドアをノックする。
「フェルダ、俺だ。遅れてすまない」
ギィとドアが開き、フェルダが顔を出した。
「先に謝られちゃ怒れないじゃないの。ルチアのキス一つぐらいお詫びにもらってやろうと思ってたのに」
「勘弁してくれ。事情は後で話す」
「あら、あなた……」
フェルダがベルに気づいた。ベルは初対面の美女に少し緊張した様子で、いつになくしおらしい。
「遅れた理由は彼女?
……若いのに苦労してるのね」
ベルが目を見開く。
「なんで分かったのかって顔ね。まあまあ、それぐらい分からなくちゃ商売がなりたたないって。
ようこそ、占い師フェルダの館へ。さあ、中へどうぞ?」
フェルダは戯けたように礼を取り、三人を部屋に招き入れた。
「あなた……占い師なの?その、どんな事でも分かるの?」
ベルは掛けるように促された椅子に座るやいなや、フェルダに問いかけた。
「どんな事でもってわけじゃないけどね〜。
……まあ、あなたの場合、探しものにはいまだ会えず、って所かしら?」
ベルはますます目を見開いて硬直した。
「そ、そうなの!!お願い、教えて!私、攫われた双子の弟を探してるの!
どこにいるのか、分からない!?」
息せき切って、ベルはフェルダに迫った。
「ごめんなさいね、そこまでは分からないわ。
私に見えるのは、目の前にいる人間の心の揺らぎと、魂が負ってきた傷の存在……まあ、そのぐらいね。
占い師なんて、それさえ分かればできるのよ。後は、お客さんが自分で喋ってくれるから」
ベルが、あっと手を口に当てる。
「何よ、それじゃインチキじゃない」
憎々し気にベルがつぶやくと、フェルダはくすりと笑みをこぼした。
「さて、どうかしら。これをインチキと呼ぶか、奇跡と呼ぶか……それはお客さんが決める事よ。
あなたの弟さんの居場所を、水晶玉で見つける事はできないけど……」
そう言って傍らからヒラリと一枚のメモを取り出す。
「でも、ヒントはあげる。最近この街にできた、とある店の住所よ。
次々に勤めていた子達がいなくなってる。王都にある本店に転勤したんだって話だけど、店の裏手から出た馬車が王都のある西じゃなく、東に向かって出発するのが何度か目撃されてるわ」
フェルダはうやうやしく、ベルにメモを手渡した。
「あなたの探し人に近付く情報が手に入るかもしれません……くれぐれも気を付けて。ラッキーパーソンは文官風の色男と、女の子みたいな男の子」
エイジャは目をぱちくりと瞬かせ、ルチアはため息をついた。
メモを手に店を飛び出したベルをエイジャが追い、残された部屋でルチアがフェルダに問う。
「どういう事だ、あの情報は?」
「あなた達と入れ替わりに出て行った坊やがいたでしょう?彼の恋人が、その店で働いているらしいの。
稼ぎがいいから店をやめるわけにはいかないって恋人は言うけど、妙な噂も耳にするんで、彼氏としては心配で仕方がないのね。
分かりやすく思い詰めた顔して来たから、何かひどく不安を抱えているんですね、って聞いただけで、ペラペラ喋ってくれたのよ。
その店はやめさせた方が良いって言ってあげたら、納得して帰っていったわ」
「占いでも何でもないじゃないか。ベルの言う通りだな」
「あら、別にタロットだの水晶玉だの使うのが占い師ってわけじゃないでしょう?その人の悩みを聞き、一番必要なアドバイスをあげる。十分じゃない」
フェルダは悪びれず、妖艶に微笑む。
「あなたにも忠告をあげるわ。
大事なものが二つできてしまった時は、どちらも救う手立てを考えましょう。常識にとらわれず、自分の心に正直になりましょう。ラッキーカラーは銀色」
「お前のその助言はたまにひどく当たるから嫌だ」
「ふふっ、そうでしょう?さ、あの子達を追ってきなさいな。夕食の準備をしておいてあげるわ」
ベルはすぐに目的の店を見つけた。
「クラブアルトローゼ……ここだわ」
半年程前にこの街を訪れた時にはなかった、まだ新しい店だ。
街で一番の繁華街にあって、堂々たる店構え。「準備中」の札がかかっていても、周りの店が霞んで見える程に目立っている。
様子を伺って店の裏手に回ったベルに、後を追ってきたエイジャが追いついた。
「待って、ベル」
「エイジャ。付いてきてくれたの?」
声をはずませるベルに、エイジャが苦笑を漏らす。
「急に飛び出して行くから焦ったよ」
「ごめん、いてもたってもいられなくて」
そう謝りながら、ベルは店の外壁に貼られていた貼紙に気がついた。
「フロアレディー募集……年齢16〜25歳まで、お客さんと楽しくお酒を飲んで会話するだけの、簡単なお仕事です……お触り厳禁の明るいお店で安心です……
私、行ってくる!」
貼紙を勢い良く破り取って走り出そうとしたベルを、エイジャが引き止めた。
「ちょっと待って!ベル、もう少し良く考えてから……」
「大丈夫よ!私、こういう仕事もしてた事あるし!内部を探るなら、そこで働くのが一番……」
その時、前方の従業員勝手口の扉がギィ、と開いた。
慌ててエイジャがベルの腕を引っ張り、姿を隠す。
そうっと角から顔を覗かせて様子を伺うと、休憩に出てきたのだろう、人相の良くない若い男が煙草に火を付けた所だった。
「あいつ……」
「ベル、知ってるの?」
声を潜ませて尋ねると、ベルは頷いた。
「カルロスの知り合いよ。名前はディノだったかしら、昔は一緒に仕事もしてたみたい。何度か、この街に来た時にカルロスに連れられて会った事があるわ」
「それって……」
「やっぱりこの店、曰く付きってわけね」
男は苛々とせわしなく歩き回り、煙草を半分ほど吸った所で地面に落として踏みつぶした。
また店内に戻っていったのを見届けて、ベルとエイジャはフウ、と殺していた息を吐いた。
「ディノがいるとなると、私が潜り込むのは難しいわね……。顔が割れてるし……」
そう言って親指の爪を噛み、思案するベルにエイジャが声を掛ける。
「顔が割れてなくても危ないよ。またどこかに売られたりしたらどうするの?ベルは女の子なんだよ」
諭すように言ったエイジャの言葉に、ベルは少し表情を幼くして視線を泳がせた。
「そりゃ、女の子だけど……でも私、ちゃんと護身術だって身につけてるし……大丈夫よ」
「だめ。とにかく、一度ルチアとフェルダさんの所に戻ろう。きっと心配してるよ」
真面目な顔で言われて、ベルは押し黙る。
その時、ルチアが通りの向こうからやってくるのを見つけ、エイジャが手を振る。周りを気にしながら近付いてきたルチアが、ベルを軽く睨んだ。
「お前、俺達に同行するなら、どこかに行く時は断ってから行け。エイジャが心配するだろう」
「エイジャが」とわざわざ付けたルチアの言葉にムッとしながらも、身勝手な行動を取った事を悪いと思ったのか、ベルは小さな声で謝罪の言葉を口にした。
「ごめん……だって、これは私の問題だし。あんた達の旅には関係ない事だから……」
「それがそういう訳でもないんだ。とりあえずフェルダの家へ戻るぞ。話はそれからだ」
活動報告を書きました。