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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
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(9)揺れる心

昨夜の一件でロスした分を取り戻すべく、三人はひたすら馬を前に進めた。

明日には次の街、ザクセアに到着したい。

代りばえのしない荒れ地が続くが、日が落ちる前に野宿に適した木陰を見つける事ができた。

馬を繋いで焚き火を起こし、携帯食料を分け合いながらお互いの労をねぎらう内、話はベルの昔話になった。


「ベルの弟かぁ……双子って事はそっくりなの?」

「あんまり、顔は似てないかも。性格は……正反対だって言われてたわね」

「つまり、どこも似てないんじゃないか」

「私の家族は、旅芸人だったの」

ルチアの突っ込みには答えず、ベルが続ける。

「旅芸人!?すごいね」

エイジャが素直に驚き、ベルは少しはにかんだ。

「別にすごくないけど。父さんがリュートを弾いて、母さんが歌って。家族だけの小さな一座よ。

 弟は楽器が上手なの。笛もうまかったし、ピアノのある劇場だったらピアノも弾いたし。

 私だけ、楽器が下手で。歌も母さんみたいにうまくなかったから、タンバリンを叩いて踊ってたの」

ベルが手に持っていたカップをタンバリンがわりに、タンタン、と打ち鳴らして見せた。

エイジャが楽しそうに笑う。

「素敵だね」

ふふっ、とベルも微笑みを返す。

「私はこんな性格で、楽器の練習もまともにやらなかったから、父さんや母さんにもよく怒られたし、弟ともしょっちゅう喧嘩してたけどね。

 でも……楽しかったな。今思えば」

ふっと表情が曇る。その変化に、エイジャが気遣わしげな視線を向ける。


「旅の途中で、こんなふうに野宿してた時だった。

 どこからか知らない男達が現れて……」

そこでベルは言葉を切り、俯いた。

「ベル……いいんだよ、無理に話さなくても」

エイジャがベルの肩に手を添える。

ベルはしばらく何かをやり過ごすように沈黙していたが、一つ息を吐いて、話を続けた。

「……父さんと母さんは殺されたわ。

 私と弟は連れて行かれた。

 私はそいつらのアジトでしばらく暮らしてたけど、弟はすぐにどこかに売られた。

 そして、私はそいつらの元から逃げ出して、……色々あって、今はエイジャと一緒」

感情が溢れ出す前に、一気に、簡潔に、話しきった。

エイジャはベルを抱き寄せた。エイジャの肩口に顔をうずめ、ベルはしばらく動かなかった。

「……ごめん。なんか……、どうかしてるわ。気が緩んだかな。川で顔洗ってくる」

ランプを手に立ち上がり、ベルは座を離れた。

エイジャも心配そうに腰を浮かせたが、ルチアの「そっとしておこう」という言葉に、頷いてその場に座り直した。


「大丈夫か?お前までひどい顔してるぞ」

ルチアがエイジャに声を掛ける。

エイジャは力なく微笑みを返して、また俯く。


両親を目の前で失い、たった一人で行方不明になった弟を追ってきたベル。

自分と似た境遇を辿ってきた少女。

(でも、俺は失ったものからずっと逃げてきた……

 ベルは、弟を取り戻す為に、憎むべき相手に自分から近づいて……必死に生きてきたんだ……)

ぐるぐると、まとまらない思考が頭を巡る。


(「一番大事な事を間違えなければ、選択を誤る事はないはずよ」)

フェルダに言われた言葉を思い出す。


一番大事な事は……?


自分に課せられた使命を果たす事。

戦争を起こさせない事。

皆の無念を晴らす事。


目の前で消えていったたくさんの命を思い出す。

燃え盛る炎。泣き叫ぶ声。


憎き相手の怒声が耳に蘇る。

肌が総毛立つ。



「エイジャ!」

突然、俯いていた顔を上向けられ、エイジャは目を瞬かせた。

「な・・に、ルチア、どうしたの?」

エイジャの頬に両手を添え、ルチアが顔を覗き込んでいた。

「どうしたの、じゃない……何度も呼んでたのに、気づかなかったのか?」

「あ……ごめん。ちょっと考え事してて……」

ふう、とため息をつき、ルチアはエイジャの頬から手を離してエイジャの左に座った。

「ベルの素性に同情するのは当然だが、お前まで一緒に落ち込んでどうする」

「……俺、落ち込んでないよ」

ルチアは何も言わず、指先でエイジャのまぶたをぬぐった。

触れられて初めて、自分の瞳が濡れていた事に気づく。

「……ただ同情しただけじゃないんだろうな。

 お前にも何か事情があるんだろう……」

フェルダから何か聞いたのだろうか。

エイジャは、秘密を抱えている事を責められるのかと、緊張に身を固くした。

静寂の中、パチパチと火がはぜる音だけが夜の闇に吸い込まれていく。


しばらくの沈黙の後、ルチアが再度口を開く。

「今は言わなくてもいい。

 ……いつか、話してくれれば。力になる」

「ルチア……・」


エイジャは顔を上げ、ルチアを見た。

その目は、何か事情を隠しながらもそれを明かさないエイジャを責めるようなものではなく。

ただエイジャの傷をいたわるように、優しかった。


「ありがと……」

ルチアの気持ちに答えるようにエイジャは精一杯微笑んでみせたが、その動きに合わせて目尻にたたえていた涙が、一滴こぼれ落ちた。

一瞬息苦しさを覚えたルチアが、ぐっ、と両手を握り締めた時、後ろから甲高い声が響いた。


「こらーーーーーーーーーーっ!!!!

私がちょっと離れた隙に、何やってんのよっ!!!」

さっきこの場を離れた時のしおらしさはどこかに消え、すっかり元の勢いを取り戻したベルが走り込んできて、エイジャとルチアの間に割って入る。

「ルチア……あなたとはいつか決着つけなきゃいけないみたいね」

「何の話だ。俺は別に、エイジャが落ち込んでいたから励まそうと」

「そうだよベル。ルチアは何も悪い事してないし、ベルの悪口なんて言ってないよ」

「私の悪口ですって!?どうせあんなペテン師の身の上話信用できないとか、あばずれに騙されるなとか、女は皆悪魔だとか、ある事ない事吹き込んでたんでしょうっ、変態!!」

エイジャに抱きついてルチアに牙を向くベル。

「お前……なんかその言い様、俺もお前も両方傷つけてるぞ」

「よ、良かった、ベル、元気になったんだね」

湿っぽい空気は一瞬で吹き飛び、ルチアを罵るベルの罵声が響く中、夜は更けて行った。




太陽が真上を通り過ぎた頃、ようやく見えてきた街の姿にベルが声をはずませる。

「ザクセアの街よ!やっと着いた!」

嬉しそうに、少し馬の足を速めたベルの後ろ姿を目で追いながら、エイジャがルチアに尋ねる。

「フェルダさんとは待ち合わせ場所とか時間を決めてあるの?予定より一日遅れちゃったけど……」

「ああ、居場所は分かってる。

 それよりお前、もう大丈夫なのか?」

昨夜、戻ってきたベルに会話を中断されてからは、ベルがべったりとエイジャにくっ付いていて、二人で話す隙がなかった。

「うん、大丈夫」

「無理するな。大丈夫じゃない時はそう言え。嘘をつくな」

「……んー、また、大丈夫じゃなくなる時もあるかもしれないけど、今は大丈夫。これが正直なところ」

「そうか」

「ルチア、あの……ごめんね。

俺、任務の事だけ考えてなくちゃいけないのに、自分の事で頭がいっぱいになっちゃって、わけわかんなくなって……

その、いつもはこんなんじゃないんだ。ちゃんと、一人で依頼をこなしてるんだよ」

ルチアは黙って言葉の続きを待つ。

(ルチアといるとなんか、調子が狂う……力になるとか、無理するなとか、そういうふうに言ってくれるのは嬉しいけど、自分が弱くなる気がする……)

「あんまり……」

「ん?」

「甘やかさないでね」

「へ?」

(ルチアが優しいから、俺、すっかり頼り切ってた。しっかりしなくちゃ)

「なんだかよく分からんが、元気になったのならいい。

 お前が笑ってれば俺も安心できる」

ぽろっと口をついて出た言葉に、ルチアは自分で少し驚いた。

そうだ、エイジャが不安がっていたり、悲しそうにしている顔を見ると、自分がひどく落ち着かないのだ。

周りの人間の感情にこんなふうに振り回される事などなかったはずだが……

腑に落ちない気持ちで横を見るが、エイジャは笑顔を取り戻している。

とりあえず、こいつが笑っていればいいか。

ルチアはそんなふうに、無理矢理結論づけた。

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