4. たからもの ー千紗と朔夜ー(後編)
「……帰ろ?」
やさしい朔夜の声に、あたしは、うん、と頷いた。
「なんで朔夜、門のところにいたの?」
ゆっくり歩きながら聞いてみたら、朔夜はちょっとそっぽを向いて。
「巴が休みって知ってたから、千紗が神殿から出るの見て、ひとりで帰れるんかなって思って、ちょっとはなれて後ろを歩いてたんだ。千紗ん家の前まで、俺も帰り道は同じだから。そしたら、途中でふらふら門の方に行くから、どうしたんだろと思って、ついてったら門から出ようとしてたから、あぶねえと思って声かけた」
「白い猫がいて、綺麗で追いかけてたんだ」
「そうなのか? 俺見えなかったな~子猫か?」
朔夜に見えなかったってなんでだろ。と思って、あたしは首をかしげる。
「おとなの猫に見えたけどな~細かったから、あたしにかくれて見えなかったのかな?」
そう言ったら、朔夜はへへっと笑った。
「そうかもな。まあ、今の時間ならそんなに遅くないから、家のひとたちも心配しねえだろうし、よかった」
そうだね、と言いながらあたしたちは、このまちの御殿、翡翠宮の前を通りかかった。
そうしたら、ちょうどそこから、薬師さまで、ときどき薬草のことをあたしたちに教えてくれる龍樹さんと、遠くから見たことがある神官の奏さまが赤ちゃんを抱っこして、ふたりで出てくるところだった。
さいしょに、龍樹さんがあたしたちに気づいて、にこにこ笑った。
「お~朔夜、千紗。いま、学び舎の帰りか?」
「よお龍樹! 奏さま! 玲は今日も元気ですか?」
「こんにちは、朔夜くん。よく眠ってるの。お散歩しようかって龍樹と話して、出てきたところ」
あたしは奏さまがあんまりきれいで、みとれてた。
龍樹さんと奏さまの間に、玲さまという赤ちゃんが生まれたというお話は、まちのうわさになってた。そっとあたしが見つめると、奏さまが抱っこしている赤ちゃんは、まっしろな肌でふんわりはえた髪の毛は真っ黒で、おりこうにすやすや眠ってた。
「こいつ、着物屋の子で、千紗っていうんです」
朔夜が奏さまにあたしを紹介してくれて、あたしはあわててごあいさつをする。
「こ、こんにちは……」
「こんにちは、千紗ちゃん」
奏さまの笑った顔にあたしはどきどきして、ぺこりと頭を下げた。なにか、さっきの猫の吸い込まれそうな暗い目とはちがう、夜空に星がきらきらひかるみたいなかんじがして、口がきけなくなってた。
「学び舎の帰りにしちゃあ、ちょっといつもより遅くねえか?」
龍樹さんの声に、朔夜が答える。
「なんか、千紗が門の方に行こうとしてるから後ろからついてったら、門から出ようとして、だめなんだぜって止めたんだ。俺には見えなかったけど、白い猫がいて、ソイツについていってたんだって」
白い猫と聞いて、どうしてか奏さまの顔から笑顔がなくなった。
奏さまは、あたしと朔夜に、そうっと言った。
「ちょっとだけ、お話していかない?」
翡翠宮の玄関には木の長椅子が置かれていて、あたしたちは奏さまからおいでおいでと手招きされて、そこにちょこんと座った。奏さまも、赤ちゃんを抱っこしたままあたしたちのとなりに座る。龍樹さんは、あたしたちを守ってくれるみたいに立っていた。
奏さまがそっと聞いた。
「その白い猫、ちょっと青く光っていた?」
「なんでわかるの? すごくすごく、きれいだったの!」
びっくりして思わず大きな声で言うあたしに、奏さまはうんうんと頷く。そして、真面目な顔で続けた。
「次にその猫を見ても、ぜったいについていかないって、私と約束してくれる?」
とても、まじめに、静かにそう言われて、あたしはこくんと頷いていた。何か、いやって言えない感じがした。奏さまは続けた。
「この街に出る、ほんの少し青く光った白い猫は、魔女の化身と言われていて。危ない北の森に誘うって言われているの」
あたしと朔夜は怖くなって、しんと黙る。
奏さまは、龍樹さんを見上げてやさしく言った。
「白い猫には注意しなさいって、学び舎の先生たちから子ども達に言ってもらった方がいいかもしれないわね」
龍樹さんは、そうだな、と頷いて……そのとき、赤ちゃんの玲さまが、目が覚めたのか「うあー」と小さな声を上げて目をあけた。
◇
眠ってるときは龍樹さんに似てるなって思ってたけど、玲さまのきらきらしたその目は、星がきらめくみたいで、奏さまにそっくりだった。あたしは玲さまがあんまりかわいくて、黙って見つめてた。
そのとき、朔夜が言ったの。
「玲はみんなのたからものだな」って。
あたしも、奏さまにだっこされてた赤ちゃんは、たからものみたいだとおもってた。そうしたら、龍樹さんがやさしく笑って言ったんだ。
「それはそうだが、朔夜も、千紗も、そうなんだぜ?」
あたしと朔夜は、よくわからなくって龍樹さんを見た。
奏さまがやわらかく笑った。
「そうよ。朔夜くんがいなくても、千紗ちゃんがいなくても、私も龍樹もかなしい。
もう一回言うけれど、覚えていて。知らない人について行くのはぜったいにだめ。そしてこの街では、白い猫を見かけてもついて行かないように、気をつけて」
さっき、朔夜が声をかけてくれなかったら。
あたしは、まちの門から外に出ていたかもしれなかった。
あたしと朔夜は、うんうんとうなずいた。そして、朔夜がにこっと笑った。
「白い猫の話、聞いたことはあったけど、おとぎばなしだと思ってたんだ。今日、そのことがわかってよかったよ!」
ほんとそうだなって思った。
「朔夜、ありがと」
あたしが小さな声で言ったら、急に朔夜が真っ赤になった。
「べっ、べつに、いいんだよ! 男は女を守るもんだって父ちゃんに言われてっから!」
それを聞いて、龍樹さんと奏さまがくすくす笑う。そうしたら、つられたのか、赤ちゃんの玲さまがにぱっと笑った。
「おお~奏! 玲、笑ったぜ!」
「ほんとだ……かわいい……」
「ねー! かわいいね!」
あたしが言ったら、朔夜もうんうんって頷いた。
白い猫の話は、こわかった。
でも、そのとき、みんなの笑った声が、冬のはじまりの夕方の空にとけていくみたいだった。
あたしは、なんか朔夜のおうちの〝ほっとみるく〟みたいにあったかいこの時間を、白い猫にはついていっちゃだめってお話といっしょに、ずっとおぼえていたいなって、思ったんだ。




