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地味な陰キャの私。秘密の図書室で、完璧な王子様の”裏の顔”を知ってしまいました  作者: 久遠翠


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第6話「文化祭前夜のプレリュード」

 秋風が少しずつ冷たさを増してきた十月、湊高校は一年で最も活気づく季節を迎えていた。文化祭だ。

 教室のあちこちで「出し物、何にする?」「劇がいい!」「お化け屋敷は?」なんていう浮かれた声が飛び交う。私にとって、文化祭はただただ苦痛なだけのイベントだった。目立つのは嫌、大勢で何かをするのは苦手。できれば、文化祭当日まで眠っていて、気づいたらすべてが終わっていればいいのに、と本気で思う。

 もちろん、そんなことが許されるはずもなく、二年C組のホームルームは、文化祭の出し物を決めるための話し合いで白熱していた。

「やっぱり、演劇がいいと思う! 主役は、女子はもちろん美咲で、男子は……」

 クラスの中心グループの女子がそう言うと、みんなの視線がクラスで一番イケメンの男子生徒に集まる。当の本人は満更でもない顔だ。

 私は、教室の隅で小さくなって、嵐が過ぎ去るのを待っていた。どうせ、私が何か意見を言ったところで、誰も聞いてくれない。役職だって、どうせポスター作りとか、照明とか、目立たない裏方の仕事が回ってくるだけだ。

 結局、多数決で出し物は演劇に決まった。演目は、ありきたりな恋愛もの。王子様とお姫様が、困難を乗り越えて結ばれる、という誰もが知っているストーリーだ。

「じゃあ、脚本とか監督とか、やりたい人いるー?」

 学級委員長が問いかけるが、誰も手を挙げない。面倒な仕事は、みんなやりたがらない。

 沈黙が続く中、クラスの中心人物である美咲さんが、ふと、意地の悪い笑みを浮かべて私を見た。

「ねえ、山崎さんって、いつも本ばっかり読んでるんだから、脚本とか書けるんじゃない?」

 突然名指しされて、心臓が跳ね上がった。クラス中の視線が、一斉に私に突き刺さる。やめて。見ないで。

「え、あ、わ、私は……その、無理、です……」

 か細い声で答えるのが精一杯だった。

「えー、なんでよ。やってみなよ。ねえ、みんなもそう思うでしょ?」

 美咲さんの言葉に、周りの数人が面白がって同調する。「いいじゃん、やらせてみようぜ」「陰キャの書く脚本って、逆に面白そうじゃね?」

 完全に、からかわれている。悔しくて、恥ずしくて、涙が出そうだった。でも、ここで泣いたら、もっと笑われるだけだ。

 私はただ俯いて、唇をきつく噛み締めた。

 その時だった。

「――それ、面白そうだな」

 凛とした、よく通る声が、教室に響いた。

 声の主は、意外な人物だった。文化祭実行委員の連絡で、たまたまC組の教室に来ていた、橘慶一郎くんだった。

 彼は教室の後ろのドアに寄りかかって腕を組み、にやりと笑っていた。

「え、橘くん?」

 美咲さんたちが、驚きの声を上げる。

 橘くんはゆっくりと教室の中に入ってくると、私の席の近くまでやってきた。そして、私に向かって、悪戯っぽく片目をつぶった。

「山崎さんの書く物語、俺は読んでみたいな。きっと、すごく面白いものができると思う」

 その声は、いつもの爽やかな王子様のものだった。でも、その瞳の奥には、第三図書準備室で私に向けるのと同じ、信頼の色が宿っていた。

 クラス中が、ざわめいている。「なんで橘くんが山崎さんのことを?」「二人に接点あったっけ?」

 橘くんは、そんな周りの空気を全く意に介さず、続けた。

「それに、ありきたりな恋愛ものじゃ、他のクラスと被って埋もれるだけだ。どうせなら、誰も見たことないような、オリジナルの脚本で勝負するべきじゃないか?」

 彼の言葉には、不思議な説得力があった。クラスの空気が、少しずつ変わっていくのがわかる。学園の王子様である彼が言うのだから、間違いないだろう、というような雰囲気が、教室を支配していく。

「た、確かに……橘くんが言うなら……」

「山崎さんの脚本、ちょっと見てみたいかも……」

 さっきまで私をからかっていたはずのクラスメイトたちが、手のひらを返したように言い始めた。

 私は、ただ呆然と橘くんを見上げていた。

『どうして……』

 彼がこんなことをすれば、あらぬ噂を立てられるかもしれないのに。彼にとって、何の得にもならないはずなのに。

「というわけで、脚本は山崎さんで決定。監督は、俺がD組から助っ人として立候補しようかな。面白そうだし」

 橘くんは、あっという間にその場を掌握してしまった。

 こうして、私は半ば強制的に、文化祭のクラス劇の脚本を担当することになった。そして、なぜか、隣のクラスの橘くんが、監督として私たちのクラスに関わることになった。

 ホームルームが終わった後、私は彼を追いかけて、廊下で声をかけた。

「あ、あの……橘くん!」

「ん? どうした、山崎さん」

 彼は、周りに人がいないことを確認すると、いつもの気の抜けた表情に戻った。

「な、なんで、あんなことを……。私、脚本なんて、書いたことないのに……」

「書けるよ、山崎さんなら」

 彼は、自信満々に言った。

「いつも、物語の話をする時、山崎さん、すごく生き生きしてる。それに、キャラクターの心情を読み解くのが、誰よりもうまい。だから、絶対に書ける」

 それは、まるで魔法の言葉のようだった。彼がそう言うなら、本当にできるのかもしれない、とさえ思えてくる。

「でも……」

「大丈夫。俺も手伝うから。二人で、最高の物語を作ろうぜ」

 そう言って笑った彼の顔は、夕日に照らされて、少しだけ赤く見えた。

 文化祭まで、あと一ヶ月。

 それは、私の灰色の日々が、鮮やかな色に変わっていく、長いプレリュードの始まりだった。

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