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地味な陰キャの私。秘密の図書室で、完璧な王子様の”裏の顔”を知ってしまいました  作者: 久遠翠


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第2話「完璧王子は同族だった」

 完璧王子・橘慶一郎くんの豹変ぶりに、私の脳は完全に処理能力を超えていた。さっきまでの爽やかな笑顔はどこへやら。彼は目をキラキラと輝かせ、まるで好きなおもちゃを見つけた子供のようにまくし立てている。

「あ、あの……わ、私、は……」

「ご、ごめん! つい興奮しちゃって……。引いた?」

 ハッとしたように我に返った彼が、気まずそうに頭を掻いた。その仕草は、教室で見る完璧な彼とはかけ離れていて、なんだか人間味があって、ほんの少しだけ親近感が湧いた。

『引くなんて、とんでもない』

 むしろ、驚きと、それから、じわじわと込み上げてくる喜びで胸がいっぱいだった。

「い、いえ……! び、びっくりしただけで……。その、私も、七章の、そこの描写、すごく好き、です……」

 途切れ途切れに、なんとか言葉を紡ぐ。私の返事に、橘くんの表情がぱっと明るくなった。

「だよな! いいよな! あの詩的な表現! 普通のSF作家なら、もっとメカニカルな説明を入れちゃうところを、あえて感覚的な言葉で書くのがアダムスキーなんだよ!」

 彼は再び熱っぽく語り始める。その勢いに押されながらも、私は必死にうなずいた。

 まさか、学校で、しかも同級生とジェイムズ・アダムスキーの話ができる日が来るなんて、夢にも思わなかった。家族にも、数少ないネットの友人にも、誰にも理解してもらえなかった私だけの宝物。その価値を分かってくれる人が、目の前にいる。

「あ、あの……『星屑のアルカディア』の、最後の一行、すごくない、ですか……?」

 勇気を出して、口を開いた。

 私の言葉に、橘くんは「ああ!」と天を仰ぐような仕草をした。

「わかる! めちゃくちゃわかる! 『そして、彼のポケットには、故郷の星の砂が一粒だけ残っていた』……だろ? あれ、泣くよな!? 壮大な宇宙叙事詩の締めくくりが、たった一粒の砂だよ? 孤独と郷愁と、ほんのわずかな希望が全部詰まってる! 天才! アダムスキーは間違いなく天才!」

「は、はい……!」

 橘くんの熱量に引きずられるように、私の声にも少しだけ力がこもる。

「わ、私は、その一文があるから、主人公はただの冒険家じゃなくて、最後まで一人の人間だったんだって、思えて……」

「そう! そうなんだよ! 彼は英雄なんかじゃなくて、故郷に帰りたかっただけの、ただの男なんだよな。だからこそ、あの物語はただのスペースオペラで終わらない深みがある!」

 私たちは夢中だった。机を挟んで向かい合い、互いの解釈をぶつけ合い、同意し、興奮し、笑い合った。分厚い眼鏡の陰キャ女子と、学園の完璧王子。本来なら一生交わることのなかったはずの二つの線が、一冊の古い本を介して、確かに交差した。

 気づけば、窓の外はすっかり深い茜色に染まっていた。

「……やば、もうこんな時間か」

 壁の時計を見た橘くんが、名残惜しそうにつぶやいた。魔法が解ける合図のように、部屋に静寂が戻ってくる。

 急に我に返って、全身の血が顔に集まるのを感じた。

『私、とんでもない量の言葉を喋ってしまった……しかも、橘くんに……』

 普段の私なら絶対にありえないことだ。いつもは人の目を見て話すことすらままならないのに。

「あ、あの……ご、ごめんなさい、馴れ馴れしく……たくさん、喋っちゃって……」

 慌てて俯くと、橘くんの柔らかな苦笑が聞こえた。

「いや、俺の方こそ。いつもは隠してるのに、つい地が出ちゃった。……そのさ、今の、今日のことは、他の人には……」

 言われなくてもわかっている。彼が「完璧王子」というイメージをどれだけ大切にしているか。教室での彼を見れば一目瞭然だ。彼がこんなに饒舌なオタクだなんて、誰も信じないだろう。それは、彼にとって守るべき秘密なのだ。

「は、はい! も、もちろんです! 言いません! ぜ、絶対に!」

 私はぶんぶんと首を横に振った。私の秘密の聖域が守られるなら、彼の秘密を守ることなんて、お安い御用だ。

「……よかった」

 橘くんは心底ほっとしたように息をついた。

「山崎さんも、アダムスキーが好きなこと、あんまり人に言ってない感じ?」

「……はい。言っても、誰も知らないので……」

「だよな。俺もだよ」

 私たちは、静かに互いの孤独を分かち合った。それは、少しだけ寂しくて、でも、温かい沈黙だった。

「じゃあ、俺、今度こそ帰るよ。これ、山崎さんが読んで」

 橘くんは『星屑のアルカディア』をそっと机に置くと、ひらりと手を振って部屋を出ていった。

 一人残された部屋に、再び静寂が訪れる。でも、さっきまでの静寂とは何かが違っていた。胸の奥が、ぽかぽかと温かい。

 私はおそるおそる、机に置かれた本に手を伸ばした。まだ、彼の体温が残っているような気がした。

 ページを開くと、彼が読んでいたという七章のページに、小さな付箋が挟まっていた。几帳面で綺麗な文字で、一言だけ書かれている。

『ここの解釈、最高でした』

 その文字を見た瞬間、耳まで熱くなるのがわかった。

『同族……だったんだ』

 同じ秘密を抱え、同じものを愛する、仲間。

 この日、私の聖域は少しだけ様相を変えた。それはもう、孤独な逃げ場所ではない。月に一度、遠い星の仲間と交信できる、秘密の基地になったのだ。

 来月の二十五日が、今から待ち遠しくてたまらない。そんな気持ちになったのは、生まれて初めてのことだった。

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