エピローグ「そして、いつもの25日」
湊高校を卒業して、五年。
私と慶一郎くんは、都内の小さなアパートで、一緒に暮らしている。
大学を卒業した私は、小さな出版社の編集部で働くようになった。まだまだ新人だけど、いつか自分の手で、面白い物語を世に送り出すのが夢だ。
慶一郎くんは、大学院に進学し、ゲームクリエイターになるための勉強を続けている。
あの日、文化祭の舞台で始まった私たちの物語は、ゆっくりと、でも確かに、ページが進んでいる。
「しーずかー、見てくれよ、これ!」
リビングでノートパソコンに向かっていた私を、ソファでごろごろしていた慶一郎くんが、子供みたいに手招きする。
彼が手にしているのは、最新型の携帯ゲーム機だ。
「このドット絵、やばくない? 往年の名作へのリスペクトが感じられる!」
「ほんとだ。可愛いね」
「だろ? この制作者、絶対わかってるよな。今度、一緒にやろうぜ」
「うん、週末にね」
こんな、とりとめのない会話が、私たちの日常だ。
高校生の頃と、何も変わらない。私たちは相変わらず、物語とゲームが大好きで、お互いの「好き」を語り合う時間が、何よりも幸せだった。
今日は、二十五日。
私たちにとって、少しだけ特別な日。
「ねえ、慶一郎くん。今日、二十五日だね」
「ん? ああ、そうだな」
彼はゲーム画面から顔を上げて、にっと笑った。
「じゃあ、行きますか。俺たちの聖地へ」
私たちは、手を繋いで、近所の古書店へ向かった。
高校の旧校舎にあった『第三図書準備室』ほどではないけれど、その古書店は、私たちのお気に入りの場所だった。埃っぽくて、少しカビ臭い、懐かしい匂いがする店。
私たちは、それぞれ目当ての本棚に向かうと、夢中で本を探し始めた。
しばらくして、慶一郎くんが、興奮した様子で私のところにやってきた。
「静! あったぞ!」
彼が手にしていたのは、一冊の、くたびれた深緑色のハードカバーの本。
『星屑のアルカディア』
ジェイムズ・アダムスキーの、幻の名作。
「うそ……! よく見つけたね!」
「だろ? いやー、まさかこんなところでお目にかかれるとは。今日はツイてるな」
私たちは、その一冊の本を、二人で覗き込む。
あの日の放課後が、鮮やかによみがえる。
臆病で、うつむいてばかりだった私。
完璧な仮面を被って、息苦しそうにしていた彼。
あの部屋で出会わなければ、私たちの人生は、全く違うものになっていただろう。
「……運命、だったのかな」
ぽつりと、私がつぶやく。
「え?」
「ううん、なんでもない」
私は、首を振って微笑んだ。
本をレジに持っていくと、私たちは、また手を繋いで、夕暮れの道を歩いて帰った。
「なあ、静」
「なに?」
「愛してる」
不意に、彼が言った。
私は、びっくりして彼の顔を見る。彼は、少し照れくさそうに、でも、まっすぐな目で私を見ていた。
「……私もだよ。愛してる、慶一郎くん」
返事をするだけで、胸がいっぱいになる。
私たちの物語に、派手な事件はもう起きないかもしれない。
でも、こんな風に、穏やかで、温かい毎日が続いていくのなら。
隣に、大好きな人がいてくれるのなら。
それ以上のハッピーエンドは、きっと、どこにもない。
アパートの窓から、一番星が見えていた。
まるで、私たちの未来を、静かに祝福してくれているようだった。




