番外編「王子様のモノローグ」
俺の名前は橘慶一郎。湊高校二年D組、出席番号二十五番。
周りのみんなは、俺のことを「完璧王子」なんて呼ぶ。スポーツ万能、成績優秀、誰にでも優しい、爽やかな好青年。
笑わせるな、と思う。
本当の俺は、そんな出来た人間じゃない。
休みの日は一日中部屋に引きこもって、新作のラノベを読みふけったり、レトロゲームのクリアに熱中したりしてる、ただのオタクだ。
いつからだろう。この「完璧王子」という仮面を被るようになったのは。
たぶん、小学生の頃。親や先生の期待に応えるのが嬉しくて、気づいたら、期待通りの「橘慶一郎」を演じるようになっていた。本当の自分を出すのが、怖くなった。こんな自分が知られたら、みんながっかりするんじゃないか。誰も、俺のことなんか見向きもしなくなるんじゃないか。
そんな息苦しい毎日の中で、唯一、俺が鎧を脱げる場所があった。
旧校舎の奥にある、『第三図書準備室』。
図書委員の先輩にこっそり教えてもらった、出席番号二十五番だけの聖域。古くて、誰も読まないような本ばかりが並んだ、静かな、静かな場所。
そこでなら、俺は「完璧王子」じゃなくて、ただの俺でいられた。
あの日も、俺は一人、その部屋で至福の時を過ごしていた。幻の名作、ジェイムズ・アダムスキーの『星屑のアルカディア』を読みながら。
そこに、彼女が現れた。
二年C組の、山崎静。
分厚い黒縁眼鏡に、顔を隠す長い前髪。いつも教室の隅で、本ばかり読んでいる、暗くて目立たない女の子。
正直、最初は「面倒なことになった」と思った。俺の聖域を、邪魔されたくなかった。
だから、すぐに帰ろうとした。
でも、彼女は、俺が読んでいた本のタイトルを見て、声を上げたんだ。
「そ、その本……ジェイムズ・アダムスキーの……」
衝撃だった。
この学校に、アダムスキーを知る人間がいたなんて。しかも、それが、あの山崎静だったなんて。
そこからのことは、あまり覚えていない。気づいたら、俺は夢中で彼女に話しかけ、普段は絶対に人前では見せない早口のオタクトークを繰り広げていた。
彼女は、最初は戸惑っていたけれど、すぐに、俺と同じ熱量で、アダムスキーについて語り返してくれた。
その時の彼女の瞳は、眼鏡の奥で、きらきらと輝いていた。
その瞬間、俺は、恋に落ちたんだと思う。
彼女の、物語を語る時の、本当に楽しそうな顔に。
彼女の、控えめな態度の裏にある、鋭い感性と深い知識に。
彼女が、俺と同じ「好き」を共有できる、たった一人の特別な存在であることに。
それから始まった、月に一度だけの秘密の会合。
彼女と過ごす時間は、何よりも大切で、かけがえのないものになった。
でも、同時に、苦しくもあった。
教室で、遠くから彼女を見つめることしかできない。本当は、もっと話したい。もっと、彼女のことが知りたい。でも、俺の被った「完璧王子」の仮面が、それを許さなかった。
俺の周りに集まる女子たちが、彼女を遠ざける。それが、もどかしくて、腹立たしくて、仕方がなかった。
文化祭の、あの日。
彼女が、クラスの連中から心ない言葉を浴びせられているのを見た時、俺の中で、何かがぷつりと切れた。
もう、どうでもいい。
仮面なんて、くそくらえだ。
こいつらのせいで、彼女が傷つくのも、彼女の才能が埋もれてしまうのも、絶対に許せない。
俺は、気づいたら、彼女を庇って、クラス全員を敵に回すようなことを言っていた。
後悔なんて、微塵もなかった。
むしろ、すっきりした。
そして、彼女は、俺の期待に応えてくれた。いや、期待以上に。
彼女の書いた脚本は、俺が想像していたよりも、ずっと素晴らしかった。そして、文化祭当日に見せた、新しい彼女の姿。
眼鏡を外し、前髪を上げた彼女は、息をのむほど綺麗だった。
『誰にも、渡したくない』
初めて、独占欲なんていう感情が湧き上がってきた。
だから、舞台の上で、告白した。
計算なんて何もなかった。ただ、溢れ出す想いを、言葉にしただけだ。
結果的に、それは最高のハッピーエンドに繋がった。
今、俺の隣には、静がいる。
もう、秘密の友達じゃない。俺の、たった一人の、大切な彼女だ。
彼女は、俺の「完璧」じゃない部分も、全部含めて好きだと言ってくれる。
俺も、彼女の全部が好きだ。
これからも、俺は彼女の物語の一番の読者でいたい。
そして、いつか、彼女の物語の、最高のヒーローに、なってみせる。




