【第5話】“もう一人の俺”と、悪魔の真実
黒い炎と鎖がぶつかり合う音が、モノクロの空間に響き渡る。
リリィは一歩も退かず、グラウと互角に渡り合っている……はずだった。
だけど俺の足は、地面に縫いつけられたように動けない。
視線の先に立っている“影”が、俺を見つめているからだ。
---
「……お前、誰だ」
「俺? 俺は……お前だよ」
“そいつ”は笑った。
俺と同じ顔、同じ声、同じ体。
けど、目だけが違う。
底の見えない闇みたいな黒。
---
「なあ、知ってるか? あの悪魔……お前を守ってるんじゃない。
お前を食ってるんだ」
「……は?」
「欲望ってのはエサだ。あの女はそれを食べて強くなる。
今は可愛く守ってくれてるふりをしてるけど、最後には――」
耳の奥で、何かがざわざわと蠢く感覚。
息が詰まる。
心臓が痛い。
まるで、俺の奥底に隠してたものを引きずり出されるみたいだ。
---
「お前、本当は望んでるだろ?」
「何を……?」
「誰かに支配されることだよ。
責任も選択も全部投げ出して、
“強い誰か”に縛られて、生きていたいって」
その言葉に、心のどこかがビクリと反応する。
---
「違う……俺は……!」
否定しようとした瞬間、戦場のリリィが俺を見た。
その目は鋭く、それでいて……どこか甘い。
影がにやりと笑う。
「ほら、見ろよ。あの目……お前の奥底をわかってる目だ。
あれが、悪魔のやり方だ」
---
その時だった。
背後からグラウの鎖が迫る――!
「ユウトっ!」
リリィの声。
でも、俺は一瞬……影の方へ手を伸ばしそうになった。
---
「……選べ。俺を取るか、あの悪魔を取るか」
影の声が頭の中で響く。
心臓が早鐘を打つ。
頭が真っ白になる。
選ばなきゃ――
---
その瞬間、リリィの尻尾が俺の腰を絡め取った。
そして、ぐいっと引き寄せられる。
「……ごめんね。迷ってる暇はないの」
唇が触れた。
熱と衝撃が頭の中を突き抜ける。
---
景色が一変する。
モノクロの空間がひび割れ、影の姿が薄れていく。
「な……これは……!」
「契約者に口づけは、支配の証。
これであんたは、完全に私のものよ」
リリィが悪魔らしく笑った瞬間、影は霧のように消えた。
---
だが、消える直前――影は確かに囁いた。
> 「また会うさ。次は……お前が本気で望んだ時にな」
---
時間が動き出す。
グラウと黒髪の男は距離を取り、じっとこちらを見ていた。
「……やっぱり、面白い契約者だ」
男はそう言い残し、空間ごと消えていった。
---
残された俺とリリィ。
胸の奥で、何かが確かに変わってしまった感覚だけが残る。
「ねえユウト……あんた、私を信じる?」
その問いに、俺は――まだ答えられなかった。
---
次回予告(第6話)
【第6話】契約の“第一段階突破”と、迫る監視者
> 影との遭遇を経て、契約は第一段階へ移行。
ユウトは強化された感覚と引き換えに、“欲望の証”という刻印を得る。
しかし、それを嗅ぎつけた悪魔世界の監視者が、二人の前に現れる。