第8話
第8話:冒険者ギルドと新たな可能性
悠斗とルーナは、街の中を歩き始めた。石畳の道は、多くの人々が行き交い、活気ある声が響き渡る。露店からは、香ばしい焼き菓子の匂いや、見たこともない異国の香辛料の匂いが漂い、悠斗の好奇心を刺激した。
「ユウト、あれ、何ですか?」
ルーナが、キラキラとした瞳で、色とりどりの果物を並べた露店を指差した。彼女の小さな猫耳が、周囲の音に敏感に反応して、ぴこぴこ忙しなく動いている。
「あれは果物だよ。この世界にもあるんだな。でも、見たことない種類ばっかりだ」
悠斗は、ルーナの頭を優しく撫でた。彼女は、生まれて初めて街に来たのだろう。その小さな体は、人混みに少し怯えているようにも見えたが、それ以上に、新しいものへの興味が勝っているようだった。悠斗はルーナの手をしっかりと握り、人々にぶつからないよう、慎重に歩を進める。
(まずは宿と食料だ。でも、金がないんだった……)
悠斗は、再び財布の中身が空っぽである現実を思い出し、ため息をついた。そんな彼の目の前に、再び半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【ステータス:魔力(未覚醒)】
【助言:この街には、『冒険者ギルド』という場所があります。そこでは、様々な依頼を受けることができ、報酬として金銭を得ることが可能です。あなたの現在のステータスとスキルであれば、より高難易度の依頼に挑戦することも可能でしょう。】
悠斗は、このステータス画面が彼に直接語りかけてくることに、まだ慣れないでいた。まるで、彼の思考を読んでいるかのように、的確な「助言」を寄越す。
「おいおい、本当に俺の考えてること、全部お見通しなのか、お前は……」
悠斗が小声で呟くと、ステータス画面はピクリとも動かない。しかし、その無言の存在感が、悠斗の背筋に冷たいものを感じさせた。
(まあ、今は頼るしかないか。冒険者ギルド、っと。どこにあるんだ?)
悠斗は、周囲の人々に冒険者ギルドの場所を尋ねてみた。すると、誰もが快く教えてくれた。どうやら、この街では冒険者ギルドはかなり一般的な場所らしい。
教えられた通りに路地を曲がり、さらに奥へと進むと、ひときわ大きく、頑丈そうな石造りの建物が見えてきた。入り口には、剣や盾を背負った屈強な男たちや、ローブをまとった魔法使いらしき人々が出入りしている。
「ここが、冒険者ギルドか……」
悠斗は、ゴクリと唾を飲み込んだ。ルーナも、その威圧感に気圧されたのか、悠斗の服をさらに強く掴んだ。
「ユウト……ここ、すごい……」
「ああ、すごいな。でも、大丈夫だ。俺がついてるから」
悠斗は、ルーナを安心させるように微笑み、ギルドの重厚な扉を押し開けた。
ギルドの中は、外見に劣らず広々としていた。中央には大きな掲示板があり、様々な依頼が張り出されている。カウンターには、忙しそうに冒険者たちの対応をする受付嬢が数人。そして、酒場のような雰囲気で、冒険者たちが酒を飲んだり、談笑したりしている。
「いらっしゃいませ。ご新規さんですか?」
一番手前のカウンターにいた、明るい笑顔の受付嬢が悠斗たちに声をかけてきた。彼女は、悠斗の隣にいるルーナを見て、少し驚いたような表情をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「はい、そうです。冒険者になりたいんですが」
悠斗がそう言うと、受付嬢はにこやかに頷いた。
「かしこまりました。では、まずはこちらの用紙にご記入を。冒険者登録には、身分証明となるものと、登録料として銅貨5枚が必要になります」
悠斗は、再び金銭的な問題に直面した。身分証明書も、この世界の金も持っていない。
「あの、すみません。実は、身分証明書も、お金も持っていなくて……」
悠斗が正直に告白すると、受付嬢の笑顔が少し引きつった。
「ええと……それは困りましたね。通常、身分証明なしでの登録はできませんし、登録料も必須でして……」
悠斗が途方に暮れていると、彼の目の前に、再びステータス画面が浮かび上がった。
【ステータス:魔力(未覚醒)】
【助言:あなたの持つ『古文書』は、この世界において非常に珍しい『古代遺物』と認識されます。その価値を提示すれば、登録料の免除、あるいは身分証明の代わりとなる可能性があります。ただし、その力を不用意に晒すことは、不必要な注目を集める危険性も伴います。】
「古文書……」
悠斗は、腰に下げた古文書にそっと触れた。確かに、この古文書が彼をこの世界に連れてきた原因であり、そして『セフィラの欠片』というユニークスキルを発現させた。もしかしたら、この世界の人間には計り知れない価値があるのかもしれない。
しかし、「不必要な注目を集める危険性」という警告も気になる。悠斗は少し躊躇したが、背後にいるルーナの小さな手を握り直した。このままでは、二人とも路頭に迷ってしまう。
「あの、これ……身分証明の代わりになるか分かりませんが……」
悠斗は、意を決して古文書をカウンターに置いた。受付嬢は、古文書を一瞥し、最初はただの古びた本だというように眉をひそめた。しかし、彼女が古文書に触れた瞬間、その顔色が変わった。
「こ、これは……!?」
古文書から、微かに淡い光が放たれた。それは、悠斗が『セフィラの欠片』を発動させた時に出る光とは異なる、もっと深遠で、神秘的な輝きだった。受付嬢は、恐る恐る古文書を手に取り、その古代文字を凝視した。
「ま、まさか……これは、伝説の……『創世の書』!? いえ、しかし、こんな場所に……」
受付嬢は、顔を青ざめさせ、震える手で古文書を悠斗に返した。そして、深々と頭を下げた。
「大変失礼いたしました! 存じ上げませんでした! あなた様は、まさか……! 登録料などとんでもない! むしろ、こちらが感謝申し上げたいほどです!」
彼女の態度は、一変していた。他の冒険者たちも、受付嬢の異様な反応に気づき、ざわめき始める。悠斗は、突然の展開に困惑しながらも、古文書の力を改めて認識した。
(やっぱ、この本、ヤバい奴だったのか……)
「あの、では、登録は……?」
悠斗が尋ねると、受付嬢は慌てて顔を上げた。
「はい! もちろん! 身分証明も登録料も不要です! すぐに手続きをさせていただきます!」
彼女は、手際よく悠斗の情報を登録し、一枚のプレートを手渡した。
【悠斗】
冒険者ランク: F (最下級)
「こちらが、あなたの冒険者プレートになります。Fランクからのスタートですが、実績を積めばすぐに昇格できますよ」
悠斗は、プレートを手に取り、安堵のため息をついた。これで、ようやくこの街で生活できる。
「ありがとうございます。あの、何か、初心者向けの依頼はありますか?」
悠斗が尋ねると、受付嬢は笑顔で頷いた。
「はい、もちろんです。Fランクの方には、街の周辺での魔物討伐や、素材採取、護衛など、様々な依頼がございます。特に、森の奥で採取できる『光る苔』は、錬金術師の方々から需要が高いですね。魔力を帯びているため、特定の加工を施すことで、魔道具の素材にもなるとか……」
「光る苔……錬金術師……」
悠斗は、受付嬢の言葉に、ピクリと反応した。錬金術。それは、物を合成し、新たなものを生み出す技術。そして「魔力を帯びている」という言葉。もしかしたら、これこそが、彼が「錬成」スキルを獲得するためのきっかけになるのかもしれない。
その時、悠斗の目の前に、再びステータス画面が浮かび上がった。
【ステータス:魔力(未覚醒)】
【助言:『錬成』スキルは、この世界の『理』を理解し、物質の構成を操作する能力です。特定の素材と『啓示』を組み合わせることで、新たな力を生み出すことが可能になります。特に、『魔力を帯びた素材』は、その覚醒を促す鍵となるでしょう。】
悠斗は、ステータス画面の「助言」に、思わずニヤリと笑った。やはり、このステータスは、彼を導こうとしている。そして、その目的は、彼を「最強」へと成り上がらせることにあるようだ。
「よし、ルーナ! まずは『光る苔』の依頼を受けよう!」
悠斗の言葉に、ルーナは元気よく頷いた。彼女の瞳は、新しい冒険への期待に満ちている。
悠斗は、ステータス画面の「意思」が、今のところは彼にとって有益な存在であると判断した。しかし、同時に、その「意思」が、いつか彼に牙を剥く可能性も、頭の片隅に置いていた。