第6話
第6話:街の喧騒と奇妙なステータス1
悠斗とルーナは、小川に沿ってさらに歩を進めた。森を抜けると、視界いっぱいに広がるのは、見渡す限りの平原だ。そして、遠くの地平線に、いくつもの煙が立ち上っているのが見えた。それは、間違いなく人の営みの証。
「あれは……街だ!」
悠斗は、思わず声を上げた。ルーナも、その煙に気づいたのか、小さな猫耳をぴくぴくと動かしている。彼女の琥珀色の瞳は、好奇心と、かすかな不安を映し出していた。
「ユウト……いい匂い……もっと、たくさんの匂い……」
ルーナは、小さな鼻をひくつかせながら、可愛らしく答えた。その言葉に、悠斗は確信した。あれは、間違いなく人が住む場所の煙だ。希望を胸に、二人は平原へと足を踏み出した。
広がる大地をしばらく歩くと、やがて土壁に囲まれた街の姿がはっきりと見えてきた。門番らしき兵士が立ち、出入りする人々を検問している。中からは、活気ある人々の声や、馬車の車輪が軋む音、そして香ばしい料理の匂いが漂ってくる。
「すごい……本当に街だ……!」
悠斗は感動に打ち震えた。異世界に来て、たった一日で、こんなにも文明的な場所にたどり着けるとは。安堵と期待が入り混じった感情が、彼の胸を満たす。
しかし、門に近づくにつれて、悠斗は一つの現実に直面した。
「通行料、銀貨一枚だ。さっさと払え」
門番が、悠斗に無愛想に手を差し出した。
「え、通行料?」
悠斗は目を丸くした。財布の中には、日本の硬貨しか入っていない。この世界の通貨など、持っているはずもなかった。
「おいおい、まさか金も持ってねぇのか? じゃあ、入れねぇな。そこをどけ」
門番は、悠斗を露骨に軽蔑するような視線を向けた。ルーナは、悠斗の服の裾を掴み、不安そうに顔を埋める。
(やっべ、完全にノーマークだった……! 異世界って、金がなくてもなんとかなるもんじゃないのか!?)
悠斗の頭の中で、ライトノベルの主人公たちが、なぜか最初から金に困らない展開が脳裏をよぎる。これは、彼が「成り上がり最強」になるための、最初の試練なのだろうか。
「あの、すみません。実は、旅の途中で荷物を失ってしまって……何か、街に入る方法は……」
悠斗が必死に食い下がると、門番は鼻で笑った。
「荷物を失った? よくある手口だ。働いて稼ぐか、誰かに恵んでもらうかだな。だが、お前みたいなひ弱な奴に、この街でできる仕事なんてねぇぞ」
ひ弱、という言葉に、悠斗は思わずステータス画面を開いた。
【天野 悠斗】
種族: 人間
職業: 無職 (転生者)
レベル: 4
ステータス
力: 6
速さ: 5
体力: 7
魔力: 0
運: 4
知性: 7
スキル
言語理解: Lv.1
鑑定: Lv.1
ユニークスキル
『セフィラの欠片』: Lv.1 (古文書から発現。世界の根源たる『セフィロトの樹』の力を微弱ながら引き出す。対象の魔力を吸収し、自身のステータスに一時的に変換する。効果は極めて限定的。)
称号
『異界の迷い人』
『最初の試練を乗り越えし者』
『弱き者を救いし者』
『ゴブリン殺し』
(くそっ、やっぱり魔力だけ0のままだ! なんか、このステータス、俺の心を抉ってくるな……)
悠斗は内心で毒づいた。他のステータスは少しずつ上がっているのに、魔力だけが頑なに0のままだ。まるで、お前には魔法の才能がない、と突きつけられているかのようだ。
その時、彼の目の前に、唐突に新たなメッセージが浮かび上がった。
【注意:対象のステータス『魔力』は、現時点では『未覚醒』状態です。魔力は、この世界の根源たるエネルギーであり、特定の『啓示』を得ることで開花します。】
「え、未覚醒? 啓示?」
悠斗は思わず声を漏らした。隣にいるルーナが、不思議そうに悠斗を見上げる。
「ユウト……どうしたの?」
「いや、なんでもないんだ。ちょっと、変なメッセージが……」
悠斗は、ステータス画面が彼に直接語りかけてきたことに驚きを隠せない。まるで、そこに意思があるかのように。そして、「啓示」という言葉に、彼は古文書の『創世の書』、そして「神の恩寵」という言葉を思い出した。もしかして、この魔力0という状態も、何かの伏線なのだろうか?
「おい、いつまで突っ立ってるんだ! さっさと失せろ!」
門番の怒鳴り声に、悠斗は現実に引き戻された。このままでは、街に入ることすらできない。
「どうしよう、ルーナ……」
悠斗が途方に暮れていると、ルーナが彼の服を引っ張り、門の脇に立っている掲示板を指差した。
「ユウト……あれ……」
掲示板には、いくつかの張り紙がしてあった。その一つに、悠斗の鑑定スキルが反応する。
【依頼:森の薬草採取】
報酬: 銅貨5枚 (銀貨1枚につき銅貨10枚)
内容: 街の近くの森で、薬草『グリーンリーフ』を10本採取してください。
備考: 危険度:低。初心者向け。
「薬草採取……これだ!」
悠斗は、掲示板の張り紙を指差した。
「門番さん! この依頼を受けたいんですが!」
門番は、悠斗の言葉に眉をひそめた。
「薬草採取だと? お前みたいなひ弱な奴にできるわけねぇだろ。そもそも、街の外に出るなら、それなりの装備も必要だ」
「大丈夫です! 俺、短剣持ってますし! 薬草くらい、すぐに集めてきますから!」
悠斗は、奴隷商人から奪った短剣をちらつかせた。門番は呆れたようにため息をついたが、悠斗の目から見て、彼が本気で困っていることが伝わったのだろう。
「……仕方ねぇ。だが、もし魔物に襲われても、俺たちは知らねぇぞ。薬草は、森の入り口付近に生えてるはずだ。もし持ってこれたら、通行料は免除してやる」
「ありがとうございます!」
悠斗は、ルーナの手を引いて、再び森へと向かった。街の入り口で、まさかこんな形で足止めを食らうとは。しかし、これも「成り上がり」への道だ。
森に入ると、悠斗はすぐに鑑定スキルで薬草を探し始めた。
「鑑定!」
【グリーンリーフ】
分類: 薬草
効果: 体力回復(微)
備考: 街の薬師がよく使う。
「よし、これだな!」
悠斗は、ルーナと共に、森の地面に生えているグリーンリーフを慎重に摘み取っていく。ルーナも、小さな手で一生懸命に薬草を探してくれる。彼女の猫耳が、周囲の音に敏感に反応し、時折、危険な気配を察知して悠斗に知らせてくれた。
「ユウト、あっち……変な音……」
ルーナが指差す方向を見ると、確かに小さな魔物の気配がする。悠斗は、ルーナを後ろに隠し、短剣を構える。
「大丈夫、ルーナ。俺が守るから」
彼の言葉に、ルーナは安心したように、悠斗の背中にそっと身を寄せた。
薬草を集めながら、悠斗は再び自分のステータス画面に目をやった。魔力0。そして、「未覚醒」というメッセージ。
(このステータス、本当に俺をサポートしてくれてるのか? それとも、何か別の意図があるのか?)
悠斗は、ステータス画面がまるで生きているかのように、彼に語りかけてきたことに、漠然とした違和感を覚えていた。それは、単なるゲームのシステム表示とは違う、何か奇妙な「意思」のようなものを感じさせる。
「『啓示』って、一体何なんだろうな……」
彼が呟いたその時、古文書が微かに光を放った。それは、まるで彼の疑問に答えるかのように。