第5話
第5話:焚き火の夜と新たな世界の入り口
「来いよ、緑の雑魚ども!」
悠斗は、先ほど奴隷商人から奪った短剣を構え、ゴブリンたちに突進した。一時的に跳ね上がったステータスが、彼の体を異様なほど軽やかに動かす。力は普段の倍以上、速さも格段に増している。
「キシャシャ!」
一体のゴブリンが棍棒を振り上げてきた。悠斗は、その攻撃を紙一重でかわし、短剣を横薙ぎに振るう。ゴブリンの腕に浅く傷が入り、緑色の血が滲んだ。
「ぐぎゃっ!」
怯んだゴブリンに追撃をかける間もなく、別のゴブリンが背後から襲いかかってくる。悠斗はとっさに身を翻し、短剣の柄でゴブリンの顔面を叩きつけた。鈍い音が響き、ゴブリンはよろめいた。
(よし、いける! この短剣、意外と使える!)
悠斗は、短剣を両手でしっかりと握りしめ、残りの一体に狙いを定める。だが、その時、背後からルーナの小さな悲鳴が聞こえた。
「きゃっ!」
悠斗が振り返ると、先ほど顔面を叩きつけられたゴブリンが、ルーナに向かって手を伸ばしているのが見えた。ルーナは恐怖に目を大きく見開き、その場に立ち尽くしている。
「ルーナッ!」
悠斗は叫んだ。ルーナに危険が迫る。その瞬間、彼の全身から再び強い光が溢れ出した。それは、先ほどの一時的なステータス上昇の時とは比べ物にならないほど、眩く、そして熱い光だった。
【警告! ユニークスキル『セフィラの欠片』が過剰反応しています!】
【対象:獣人族の少女の生命の危機を感知!】
【『セフィラの欠片』が強制発動します!】
【獣人族の少女の魔力を限界まで吸収します!】
【一時的にステータスが大幅に上昇します!】
悠斗の目の前に、これまで見たことのない警告文が浮かび上がった。そして、彼の体は、まるで内側から力が湧き出すかのように、信じられないほどのパワーに満たされていく。
ステータス(一時的超上昇)
力: 10 → 30 (+20)
速さ: 8 → 25 (+17)
体力: 9 → 20 (+11)
魔力: 0 → 0
運: 3 → 3
知性: 6 → 6
「な……なんだこれ!?」
悠斗は自分の体に漲る力に驚愕した。まるで全身の細胞が覚醒したかのような感覚。彼は、ルーナに迫るゴブリンに向かって、まるで弾丸のように飛び出した。
「消えろ!」
短剣を振り下ろす。それは、もはやゴブリンの棍棒など比べるべくもない、圧倒的な速度と破壊力だった。ゴブリンは、何が起こったのか理解する間もなく、一刀両断にされた。緑色の血が飛び散り、ゴブリンの体がゆっくりと消滅していく。
残りの二体のゴブリンは、目の前で起こった信じられない光景に、恐怖で硬直していた。悠斗は、その視線を向けただけで、彼らが震え上がるのを感じた。
「お前らも、二度とルーナに近づくな!」
悠斗の低い声が森に響き渡る。その声には、彼の普段の弱気な面など微塵もなく、ただ純粋な怒りと威圧感が込められていた。ゴブリンたちは、悲鳴を上げながら、一目散に森の奥へと逃げ去っていった。
悠斗は、荒い息を整えながら、短剣を地面に突き刺した。全身に漲っていた力が、急速に引いていくのがわかる。そして、目の前には、再びステータス画面が浮かび上がった。
【『セフィラの欠片』の効果が切れました】【獣人族の少女との繋がりを一時解除します。】
ステータス
力: 5
速さ: 4
体力: 6
魔力: 0
運: 3
知性: 6
【経験値獲得】
ゴブリン: 80EXP x 1 = 80EXP (逃走したゴブリンからは経験値なし)
【レベルアップ!】
レベル: 3 → 4
ステータス
力: 5 → 6
速さ: 4 → 5
体力: 6 → 7
魔力: 0 → 0
運: 3 → 4
知性: 6 → 7
称号
『異界の迷い人』
『最初の試練を乗り越えし者』
『弱き者を救いし者』
『ゴブリン殺し』
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
悠斗は、その場にへたり込んだ。全身の疲労と、先ほどの高揚感の反動で、体が鉛のように重い。しかし、ルーナは無事だ。その事実が、彼の心を安堵させた。
ルーナは、悠斗の近くに駆け寄ると、心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「ユウト……大丈夫……?」
小さな手が、悠斗の頬にそっと触れる。その温かさに、悠斗はフッと笑った。
「ああ、大丈夫だよ。ルーナが無事でよかった」
ルーナは、悠斗の言葉に安心したように、彼の胸に顔を埋めた。その小さな体から伝わる温かさが、悠斗の疲弊した心にじんわりと染み渡る。
「ユウト、すごい……ルーナ、見た……」
ルーナは、上目遣いで悠斗を見上げ、その瞳には、彼への深い信頼と、そして純粋な憧れが宿っていた。彼女は、先ほどの悠斗の圧倒的な力を、目の前で見ていたのだ。悠斗は、ルーナの頭を優しく撫でた。
「よし、そろそろ日が暮れる。この辺で休める場所を探さないと」
悠斗は、立ち上がろうとしたが、足元がふらついた。ルーナが、その体を小さな腕で支えようとしてくれる。
「ユウト、ルーナ、手伝う……」
「ありがとう、ルーナ」
悠斗は、ルーナの肩を借りながら、再び歩き始めた。ルーナの言っていた「焚き火の匂い」の方向へ。
しばらく歩くと、森の木々が少し開けた場所に出た。そこには、小さな洞窟のような窪みがあり、風をしのぐには良さそうだ。悠斗は、洞窟の入り口に枯れ枝を集め、焚き火の準備を始めた。しかし、火を起こす道具など持っていない。
「うーん、どうしたものか……」
悠斗が困っていると、ルーナが小さな石を拾い上げてきた。
「ユウト、これ……」
ルーナが差し出したのは、火打石のような、硬そうな石だった。悠斗は半信半疑でそれを受け取り、別の石と打ち合わせてみた。
カチッ!
小さな火花が散る。悠斗は驚いた。
「ルーナ、これ、どこで!?」
「あそこに、あった……」
ルーナは、洞窟の奥を指差した。どうやら、偶然見つけたらしい。悠斗は、ルーナの助けを借りて、なんとか焚き火を起こすことに成功した。パチパチと音を立てて燃え上がる炎が、周囲を暖かく照らす。
悠斗は、焚き火のそばに座り、ルーナを隣に座らせた。温かい炎の光が、二人の顔を照らす。
「ふぅ……助かったよ、ルーナ。君がいなかったら、今頃どうなってたか」
「ルーナ、ユウトと一緒……」
ルーナは、悠斗の腕にそっと体を寄せた。その小さな体から伝わる温かさが、悠斗の孤独感を少しだけ和らげてくれる。
悠斗は、空を見上げた。満月が、森の木々の間から顔を覗かせ、淡い光を投げかけている。異世界に来て、まだ一日も経っていない。しかし、彼の周りの世界は、すでに大きく変わっていた。
「ねぇ、ルーナ。君の里って、どんなところなんだ?」
悠斗が尋ねると、ルーナは少し寂しそうな顔をした。
「里は……遠い……」
「そっか……。でも、いつか、また帰れるといいな」
悠斗は、ルーナの頭を優しく撫でた。ルーナは、その手に擦り寄るように甘える。
夜が更け、森は静寂に包まれた。焚き火の炎が、パチパチと音を立てて燃え続ける。悠斗は、ルーナが安心して眠れるように、そっと彼女の体を抱き寄せた。ルーナは、悠斗の腕の中で、すやすやと寝息を立てている。
(俺は、この子を守れるだろうか……)
悠斗は、自分の非力さを改めて感じた。しかし、同時に、胸の奥に確かな決意が芽生えていた。この世界で、ルーナを守り、そして生き抜く。そのためなら、どんな困難にも立ち向かう覚悟ができた。
翌朝、夜明けと共に、悠斗とルーナは再び旅立った。ルーナの嗅覚を頼りに、彼らは小川の上流へと進む。森は徐々に開け、木々の間から、遠くに広がる平原が見え始めた。
そして、しばらく歩くと、遠くの地平線に、いくつもの煙が立ち上っているのが見えた。
「あれは……!」
悠斗は、思わず声を上げた。ルーナも、その煙に気づいたのか、小さな猫耳をぴくぴくと動かしている。
「ユウト……いい匂い……もっと、たくさんの匂い……」
ルーナの言葉に、悠斗は確信した。あれは、間違いなく人が住む場所の煙だ。
希望を胸に、二人は平原へと足を踏み出した。広がる大地は、彼らがこれから歩む、新たな世界の始まりを告げていた。遠くに見える煙の先に、彼らの旅の次の目的地、そして新たな出会いが待っている。
今の時点で17話までストックあるのでぼちぼち投稿していきます