第29話
第29話:平穏と波乱のエルムガルド
エルムガルドでの悠斗たちの生活は、嘆きの古城での激闘を終えてから、束の間の平穏を取り戻していた。午前中はゾハール師匠の工房に通い、錬成の修行に励む。ゾハール師匠は、悠斗の成長速度に目を丸くし、次から次へと新しい錬成の課題を提示した。
「ふぉっふぉっふぉ! お主、まさかこんな短期間で、これほどの複雑な素材を加工できるようになるとは! これぞ『創世の担い手』の真の力じゃな!」
悠斗は、師匠の言葉通り、手に入れた『理の欠片』や『闇の魔力結晶』を使い、より高性能なポーションや、簡単な魔力回復アイテムの錬成に成功していた。その中で、彼は自分の『魔力』が、『未覚醒』であるにもかかわらず、錬成の過程で素材の『理』を深く理解し、それを操作できることに気づいていた。これは、通常の魔力とは異なる、まさに「規格外」の力なのだろう。
午後は、悠斗とルーナ、そしてゼロは、冒険者ギルドでFランクの依頼をこなす。ゴブリン討伐や素材採取、街の困りごと解決など、日々の依頼は、彼らの生活費を稼ぐだけでなく、悠斗の身体能力とスキルの向上にも繋がっていた。ゼロは、相変わらず淡々と任務をこなすが、その正確無比な動きと、時折見せる論理的な「ツッコミ」は、悠斗たちの日常に小さな笑いを加えていた。
「『主』、この『道』は、『迂回ルート』です。『効率』が『低下』します。『推奨』しません。」
ゼロが、悠斗がルーナにせがまれて露店を覗き見しているのを、真顔で指摘する。
「うるさいな、ゼロ! たまには寄り道も必要だろ! ルーナもそう思うだろ?」
悠斗がルーナに同意を求めると、ルーナは嬉しそうに悠斗の服をギュッと掴んだ。
「うん! ルーナ、これ、可愛い!」
ルーナは、露店に並んだ可愛らしい髪飾りを指差した。悠斗は、そんなルーナの姿を見て、つい頬が緩んでしまう。
エリスは、当初は工房で休息を取ることが多かったが、次第に体力が回復し、悠斗たちと共に街に出ることも増えた。彼女は、長きにわたる囚われの身であったため、この世界の常識や、人々の生活に慣れるのに時間がかかった。しかし、悠斗とルーナが常に傍にいてくれたため、彼女はゆっくりと心を開き始めていた。
エリスの記憶の解放は、ゾハール師匠の工房で、悠斗の『共鳴(絆)』スキルと、ルーナの『純粋な魔力』、そしてゼロの『解析』能力を組み合わせて行われた。エリスの頭に悠斗が手を置き、ルーナがその手を握り、ゼロが周囲の魔力の流れを調整する。
「『主』、『エリス』の『精神構造』に『アクセス』を開始します。『記憶の断片』を『抽出』します。」
ゼロがそう告げると、エリスの体から、淡い光が放たれる。その光は、悠斗の頭の中に、まるで夢のように、エリスの過去の映像を映し出した。それは、彼女がかつて、王の側近として、この城で暮らしていた頃の記憶だった。
「……王は……かつて……民に愛された……賢王でした……。セフィロトの樹の恩寵を受け……王国は……繁栄を極め……」
エリスの声が、悠斗の脳裏に直接響いてくる。彼女の記憶は、かつての王国の栄華と、そこに暮らす人々の笑顔で満たされていた。しかし、大洪水を境に、王は『生命の理の欠片』の歪んだ影響を受け、次第に『執着』に囚われていったという。
「……王は……王国を……守るために……私を……封印しました……。セフィロトの欠片の力を……利用して……」
エリスの記憶が、悠斗の脳裏で鮮明になるにつれて、彼女の瞳に、徐々に光が戻っていくのが分かった。しかし、彼女の顔には、深い悲しみが刻まれている。
「『主』、『記憶の解放』は『成功』しました。『エリス』の『精神状態』は『安定』しましたが、『感情機能』の『回復』には『時間を要します』。また、『生命の理の欠片』と『エリス』の『純粋な生命の理』との『共鳴』が、『活性化』しています。『主』への『好感度』が『上昇中』です。」
ゼロが、淡々と分析結果を告げた。その最後の言葉に、悠斗は思わず咳き込んだ。
(ちょ、ちょっと待て! 好感度!? そんなものまでステータスで管理されてるのか!?)
悠斗は、内心で大いに動揺した。そして、その視界に、ゼロが分析結果を読み上げた直後、エリスが悠斗に向ける視線が、以前よりも熱を帯びていることに気づいた。彼女は、まだ感情が希薄な表情をしているが、その瞳の奥には、彼への確かな「感謝」と、そして微かな「興味」が宿っている。
「悠斗様……。私を……解放してくださり……本当に……ありがとうございます……」
エリスは、ゆっくりと立ち上がり、悠斗の手を取り、深々と頭を下げた。その手は、冷たいが、どこか温かい。
「あ、いや、様はいいよ。悠斗で」
悠斗が慌てて言うと、エリスは首を傾げた。
「しかし……あなたは私の『主』……私の『命』を救い、そして『記憶』を『解放』してくださった……」
エリスは、論理的にそう返してきた。悠斗は、ゼロの「感情の理解には時間がかかる」という分析を思い出し、諦めて溜息を吐いた。
「まあ、今はそれでいいか……」
その日の夕食時、悠斗、ルーナ、ゼロ、そしてエリスの四人で食卓を囲んだ。エリスは、以前よりも表情が豊かになり、食事も普通に摂るようになっていた。彼女は、悠斗の隣に座り、時折、彼の方へ体を傾け、じっと見つめている。
「悠斗様は……素晴らしい『理』の持ち主……。私の『記憶』を『解析』し、『解放』できるとは……まさに『神の恩寵』……」
エリスは、まるで研究対象を観察する科学者のように、悠斗の顔をじっと見つめながら、淡々と、しかし真剣な眼差しでそう言った。
「ユウトは……ルーナのユウト!」
ルーナは、そう言って、エリスと悠斗の間に割って入るように、悠斗の腕にギュッと抱きついた。エリスは、ルーナの行動に一瞬、目を丸くしたが、すぐに論理的な分析を始めた。
「『小型生命体』の『嫉妬反応』を『確認』。『主』への『独占欲』が『発現』。これは、『感情機能』の『初期段階』と『認識』しました。」
ゼロが、無表情で淡々と分析結果を報告した。ルーナは、ゼロの言葉の意味は理解できないものの、何となく自分を分析していることだけは感じ取り、ムッとした顔でゼロを睨んだ。
「ゼロは、だめ!」
ルーナは、そう言って、ゼロの方へプイッと横を向いてしまった。悠斗は、そんな三人のやり取りを見て、思わず吹き出した。
「ははは! みんな、仲良くしてくれよ!」
彼の「成り上がり」の旅は、新たな仲間たちとの賑やかな日常と、時折見せるコメディ要素に満ちていた。しかし、その裏では、世界の『理』を巡る壮大な使命が、彼を待ち受けていた。
【ステータス:魔力(未覚醒)】
【助言:『エリス』の『記憶』の『解放』は、『生命の理の欠片』の『本質』を、あなたにさらに深く『理解』させました。これにより、残りの『セフィロトの欠片』の『反応』を『検知』することが可能になりました。次の欠片の座標は、『南方の砂漠:太陽神殿の遺跡』。そこには、『力の理』を司る『欠片』が眠っています。ただし、その遺跡は、『灼熱』の『試練』と、『強大な守護者』に『守護』されています。準備を怠らないように。ふぉっふぉっふぉ】
ステータスからの「助言」は、悠斗の脳裏に直接響いてきた。その声は、相変わらず楽しげで、そしてどこか冷たい響きを帯びている。
「南方の砂漠……太陽神殿の遺跡……今度は砂漠かよ!?」
悠斗は、思わず叫んだ。




