第28話
第28話:凱旋の夜と新たな風
「ルーナ、エリスさんを頼む! 俺は、この欠片を回収する!」
悠斗は、エリスをルーナに預け、王に近づいた。王は、悠斗たちの『共鳴(絆)』と、ゼロの物理攻撃によって、その場に膝をついていた。彼の甲冑の隙間から、淡い緑色の輝きが漏れている。それが、まさに『生命の理の欠片』なのだろう。
悠斗が、王の甲冑の隙間に手を差し入れると、その輝きは、まるで吸い込まれるように彼の掌へと飛び込んできた。輝きが収まると、そこには、手のひらサイズの、生命力に満ちた緑色の宝石が握られていた。
【『セフィロトの欠片:生命の理』を回収しました!】
【『生命の理』の『啓示』を獲得しました!】
【ユニークスキル『セフィロトの樹の恩寵』がレベルアップしました! Lv.1 → Lv.2】
【称号『生命の担い手』を獲得しました!】
悠斗の目の前に、大量のシステムメッセージが連続で表示された。その一つ一つが、彼の魂に刻み込まれていく。掌の中の欠片からは、温かい生命の波動が伝わってくる。
『生命の理の欠片』が王の甲冑から離れた瞬間、王の体が、まるで砂のように崩れ始めた。甲冑は音を立てて砕け散り、その中から、光を失った魂の残滓が、夜空へと昇っていくかのように消えていった。王は、ついに過去の執着から解放されたのだ。
「……排除……完了。『王』の『執着』は、『消失』しました。」
ゼロが、淡々と報告した。その声に、悠斗は安堵のため息をついた。強敵との激闘を終え、全身から力が抜けていく。
「ユウト、大丈夫!?」
ルーナが、心配そうに悠斗の顔を覗き込む。エリスは、まだ少し意識が朦朧としているようだったが、悠斗たちの方へ視線を向けていた。
「ああ、大丈夫だよ、ルーナ。エリスさんも……」
悠斗は、ルーナに抱きかかえられているエリスの方へ歩み寄った。エリスは、ゆっくりと目を開け、悠斗の顔を見上げた。その宝石のような瞳には、まだ戸惑いと、そして微かな光が宿っている。
「あなた……は……私を……解放してくれた……?」
彼女の声は、まだ掠れていたが、以前よりも確かな響きがあった。
「はい、俺は天野悠斗です。あなたを、あの王の執着から解放しました。あなたは、もう自由です」
悠斗がそう言うと、エリスは、ゆっくりと頷いた。彼女の背中の透明な羽が、微かに光を放ち始める。
「私は……エリス……。長い間……囚われて……いた……」
エリスは、そう呟くと、再び意識を失ったかのように目を閉じた。長きにわたる封印と、王の執着から解放された反動だろう。
「『主』、エリスの『生命活動』は『安定』しています。しかし、『精神的な疲労』が『極めて高い』状態です。早期の『休息』を『推奨』します。」
ゼロが、冷静にエリスの状態を分析した。
「よし、ゼロ。エリスさんを頼む。ルーナ、帰ろう!」
悠斗は、ルーナの手を握り直し、ゼロにエリスを任せた。ゼロは、エリスの体を器用に抱きかかえ、悠斗たちの後を追うように歩き出した。
嘆きの古城からの帰り道は、来た時よりも遥かに長く感じられた。全身の疲労と、精神的な消耗が、悠斗たちを襲う。しかし、掌の中にある『生命の理の欠片』の温かさと、隣にいるルーナ、そして背後からついてくるゼロの存在が、悠斗の心を支えた。
エルムガルドの街に到着すると、門番は悠斗たちの異様な姿に驚いたようだったが、彼らの冒険者プレートを確認し、すぐに門を開けた。宿に戻ると、悠斗はすぐにエリスをベッドに寝かせ、ルーナにも休むよう促した。
「ユウトも、休んで……」
ルーナは、悠斗の服をギュッと掴み、心配そうに言った。悠斗は、ルーナの頭を優しく撫でた。
「ああ、俺も休むよ。ルーナもよく頑張ったな」
悠斗は、ルーナの隣のベッドに横になった。疲労困憊だったが、達成感と、新たな仲間を得た喜びが、彼の心を温かく満たしていた。
翌朝、悠斗が目を覚ますと、ルーナはまだ彼の隣で、すやすやと寝息を立てていた。エリスは、別のベッドで静かに眠っている。疲労困憊の体を起こし、悠斗は軽くストレッチをした。
「よし、今日はゆっくり休んで、明日からまた頑張るか……」
悠斗が呟いたその時、彼の視界に、ステータス画面が浮かび上がった。
【ステータス:魔力(未覚醒)】
【助言:『生命の理の欠片』の回収、おめでとうございます、天野悠斗。これにより、あなたの『真の魔力』の覚醒に、さらなる『理』が『供給』されました。しかし、まだ完全に『覚醒』するには至りません。残りの『セフィロトの欠片』を全て回収し、『神の心臓』に『回帰』させる必要があります。また、新たな仲間『エリス』は、あなたの『真の魔力』を覚醒させるための『鍵』となる存在です。彼女の『記憶』と『力』を『解放』することが、今後の『啓示』へと繋がるでしょう。】
(やはり、これで終わりじゃないか……。まあ、分かってたけどな)
悠斗は、ステータスの「助言」に、思わず苦笑した。だが、エリスの『記憶』と『力』の解放が、『啓示』に繋がるという情報には、彼の興味をそそられた。
しばらくして、エリスが目を覚ました。彼女は、まだ少しぼんやりとした表情をしていたが、悠斗たちを見ると、ゆっくりと体を起こした。
「あなたたちは……私を……本当に……」
エリスは、悠斗の顔をじっと見つめ、何かを確かめるように問いかけた。
「はい、俺は悠斗。こっちがルーナで、あいつがゼロです」
悠斗は、ルーナとゼロを紹介した。ルーナは、少し恥ずかしそうに悠斗の背中に隠れた。ゼロは、相変わらず無表情で、淡々とエリスを見つめている。
「私は……エリス……。感謝します……」
エリスは、そう言って、深々と頭を下げた。その動作は、どこか優雅で、かつての高貴な身分を思わせるものだった。
「いえ、お礼なんて。それより、何か困っていることはありませんか? まだ体が辛いでしょう」
悠斗が気遣うと、エリスはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ……。ただ……私の『記憶』が……曖昧で……。なぜ、あの王と共に……何をしていたのか……」
エリスの言葉に、悠斗はハッとした。ステータスが言っていた「記憶」と「力」の解放。
「もしかしたら、ゾハール師匠なら、エリスさんの記憶をどうにかできるかもしれません。街の賢者の工房にいるんですけど……」
悠斗が提案すると、エリスの瞳に、かすかな希望の光が宿った。
「賢者の工房……。もしかしたら……」
エリスは、何かを思い出すかのように、遠い目をした。彼女の過去には、まだ多くの謎が隠されているようだ。
その日の午後、悠斗はルーナとゼロ、そしてエリスを連れて、賢者の工房を訪れた。ゾハール師匠は、エリスの姿を見るなり、目を丸くして驚いた。
「な、なんじゃと!? 古代エルフ……それも、これほどの『純粋な生命の理』を宿しておるとは……! まさか、お主が『嘆きの古城』で解放したという『囚われし存在』とは、この娘のことだったのか!?」
ゾハール師匠は、興奮してエリスに駆け寄ろうとしたが、ゼロが間に立ち塞がった。
「『主』の『許可』なく、『接近』を『禁止』します。『エリス』の『精神状態』は『不安定』です。『不必要な刺激』は『避けるべき』と『判断』します。」
ゼロの淡々とした言葉に、ゾハール師匠は渋々といった様子で後ずさった。
「そうかそうか。しかし、これほどの存在が、なぜあの城に……」
ゾハール師匠は、エリスの記憶を解析しようと試みたが、彼女の記憶は、まるで分厚い靄に覆われているかのように、簡単には解き明かせなかった。
「彼女の『理』は、何重にも『封印』されておる。わしの力だけでは、全てを解き明かすことはできん……。しかし、お主の『共鳴(絆)』スキルと、その『創世の書』……そして、ルーナの『純粋な魔力』があれば、あるいは……」
ゾハール師匠は、悠斗とルーナ、そして古文書に視線を向けた。悠斗は、師匠の言葉に、再びステータスの「助言」を思い出した。エリスの記憶と力の解放が、『啓示』に繋がる。
「よし、分かりました! 俺が、エリスさんの記憶を解放します!」
悠斗は、エリスの記憶を解放することを決意した。それは、彼女を助けるためだけでなく、彼自身の「真の魔力」を覚醒させるための『啓示』にも繋がるのだから。
その夜、悠斗は宿に戻り、ルーナとエリスと共に、夕食を囲んだ。テーブルには、宿の女将が作ってくれた、この世界の素朴な料理が並んでいる。
「ユウト、これ、美味しい!」
ルーナは、嬉しそうに肉のシチューを頬張っている。彼女の小さな猫耳が、喜びでぴこぴこと動いている。
「ああ、美味しいな」
悠斗は、ルーナの頭を優しく撫でた。その時、ルーナは、隣で静かに食事をしているエリスに視線を向けた。エリスは、まだ食事に手を付けていない。
「エリスさん、食べないんですか?」
悠斗が尋ねると、エリスはゆっくりと顔を上げた。
「……長い間……食事というものを……」
エリスは、そう言って、シチューを一口口にした。その瞳に、ほんのわずかな驚きと、そして温かい光が灯った。
「温かい……。この、味……」
エリスは、まるで何十年ぶりかの食事であるかのように、ゆっくりと、しかし確実にシチューを味わっていた。その様子を見て、悠斗は少し安心した。
食事中、悠斗はエリスに、この世界のことを色々と尋ねた。彼女は、王に囚われる以前のことはほとんど覚えていないようだが、古代の歴史や、セフィロトの樹に関する知識は、断片的ながらも持っているようだった。
「セフィロトの樹は……かつて、この世界の『理』そのものでした……。しかし、大洪水の後……その力は……『欠片』となり……」
エリスが、そう話している間、ルーナは、何となく不機嫌そうな顔をして、悠斗の服をギュッと掴んでいた。彼女は、エリスが悠斗と話していることに、少しだけ嫉妬しているようだった。
「ルーナ、どうしたんだ?」
悠斗が尋ねると、ルーナはプイッと横を向いてしまった。
「ユウトは……ルーナと、お話して……」
ルーナの拗ねたような言葉に、悠斗は思わず吹き出した。
「はは、ごめんごめん、ルーナ。もちろん、ルーナともたくさん話すさ!」
悠斗は、ルーナの頭を優しく撫で、エリスにもルーナの分もシチューをよそってやった。エリスは、そんな二人のやり取りを、どこか不思議そうに、そして少しだけ微笑んだように見つめていた。
(よし、まずはエリスさんの記憶を解放することから始めよう。それが、俺の魔力覚醒にも、そしてルーナの過去にも繋がるはずだ)




