第24話
第24話:神の心臓と紡がれる欠片
「分かった、ゼロ。ルーナ、頼むぞ!」
悠斗が『記憶の核』を『神の心臓』の幹にそっと触れさせた瞬間、広間を埋め尽くすほどの眩い光が放たれた。光は『神の心臓』から発せられ、『記憶の核』を媒介として悠斗とルーナ、そしてゼロの全身を包み込む。
「うわっ!」
悠斗は思わず目を閉じ、ルーナを抱き寄せた。光と共に、彼の脳裏に無数の情報が奔流のように流れ込んできた。それは、この迷宮に蓄積されたすべての『記憶』、そして『神の心臓』が持つ『理』の断片だった。
世界の始まり、セフィロトの樹の誕生、人々の繁栄、そして大洪水――。
膨大な情報量に頭がパンクしそうになるが、悠斗の『解析』スキルと『精神抵抗』スキルが、その負荷を和らげてくれる。
その奔流の中、悠斗は一つの明確な『声』を聞いた。
「おお……我が『欠片』よ……よくぞ、ここまでたどり着いた……」
それは、男でも女でもない、しかし無限の優しさと、途方もない疲労を宿した声だった。悠斗は、それが『神の心臓』そのものの『意思』だと直感した。
「汝の力……そして汝の傍らにある『純粋なる絆』の輝きが……『記憶の核』を介し、我を『一時的に』覚醒させた……」
光が少しずつ収まっていく。悠斗が目を開けると、『神の心臓』の幹に触れていた『記憶の核』が、まるで吸い込まれるように、その中に完全に溶け込んでいた。そして、『神の心臓』は、以前よりも確かに強く、そして安定した輝きを放っている。
しかし、その輝きは、悠斗が期待したような「完全な修復」には程遠いものだった。樹木の幹には、まだ深い亀裂が走り、ところどころで光が途切れている。
「修復……できたのか?」
悠斗が呟くと、『神の心臓』の声が再び脳裏に響いた。
「……未だ、遠い……我が『心臓』は、『大洪水』と『記憶の記録者』の暴走により、多くの『欠片』を各地に散逸させてしまった……『記憶の核』は、その一つに過ぎぬ……」
悠斗は、その言葉に思わず目を見開いた。
(なんだって!? これで終わりじゃないのかよ!)
「我が力を完全に『修復』し、『世界の理』を再び『安定』させるには……各地に散らばった、残りの『セフィロトの欠片』を全て集め、この『心臓』へと『回帰』させる必要がある……汝は、そのための『創世の担い手』……」
悠斗の目の前に、ステータス画面が浮かび上がった。
【ステータス:魔力(未覚醒)】
【啓示:『神の心臓』の『機能不全』は、『セフィロトの樹』の『欠片』が各地に散逸したためです。これらの『欠片』は、それぞれが異なる『理』を司り、特定の『ダンジョン』や『古代遺跡』に封じられています。全ての『欠片』を回収し、『神の心臓』に『回帰』させることで、あなたの『真の魔力』は完全に覚醒し、この世界の『理』を司る『神の力』を手に入れるでしょう。これは、あなたの『使命』です。ふぉっふぉっふぉ】
ステータスからの「啓示」は、悠斗の脳裏に直接響いてきた。その声は、相変わらず楽しげで、そしてどこか冷たい響きを帯びている。そして最後に、『ふぉっふぉっふぉ』と、まるで全てを予見していたかのような、小憎らしい笑い声が聞こえた。
「ちょ、ちょっと待て! これって、つまり、俺が世界を救うために、各地のダンジョンを攻略して、セフィロトの欠片を集めろってことか!? そんなの、聞いてないぞ!?」
悠斗は、ステータス画面に向かって叫んだ。それは、彼が今まで読んできたファンタジー小説の主人公が辿るような、壮大な「世界を救う旅」の始まりを意味していた。
ゼロが、悠斗の隣で静かに状況を分析している。
「『主』の『理解』は『正確』です。これにより、『任務』は『拡大』。『対象』は『世界全体』となります。これは、『最適化』の『プロセス』として『認識』しました。」
ゼロは、感情のこもらない声でそう告げた。その言葉に、悠斗はさらに脱力した。ゼロまで「最適化」とか言いやがる。
「世界全体って、お前、簡単に言うなよ!」
ルーナは、悠斗の様子に首を傾げている。彼女には、この壮大な計画がまだ理解できていないようだった。
「ユウト……お腹、空いた?」
ルーナが、可愛らしくそう尋ねたので、悠斗は思わず噴き出した。
「はは……ごめんごめん、ルーナ。ちょっと、ビックリしただけだよ。よーし、お腹空いたな! 帰ったら美味しいもの食べよう!」
悠斗は、ルーナの頭を優しく撫でた。彼女の純粋な言葉に、彼の肩の力が抜ける。この壮大な使命も、ルーナとゼロが一緒なら、きっと乗り越えられるはずだ。
「よし、ゼロ! まずは、この『神の心臓』が、どこに『欠片』があるか、教えてくれ!」
悠斗が命令すると、ゼロはすぐに頷いた。
「了解しました、『主』。『神の心臓』の『内部情報』を『解析』した結果、最も『近い』『欠片』の『反応』を『検知』しました。座標:『エルムガルド近郊:嘆きの古城』。危険度:『致命的』。推定『機能』:『生命の理』を司る『欠片』。守護者:『変質した魂魄群』。備考:『城の主』は、かつて『神の恩寵』を受けた『王』であったと推測されます。しかし、その『理』は、既に『歪んでいます』。」
ゼロは、淡々と次の目的地の情報を告げた。その内容に、悠斗は思わず背筋を凍らせた。「嘆きの古城」。そして「変質した魂魄群」に「歪んだ王」。
「おい、ゼロ。いつもみたいに、なんか変な行動とか言動する奴らじゃないのか? 例えば、迷子になってるとか、突然踊り出すとか……」
悠斗が恐る恐る尋ねると、ゼロは真顔で首を傾げた。
「『予測不能な行動』は、『確認』できませんでした。彼らの『理』は、『主』への『憎悪』と『絶望』、そして『過去』への『執着』によって『構成』されています。『会話』による『解決』は、『不可能』です。」
ゼロの淡々とした説明に、悠斗は顔を青ざめさせた。どうやら、次の敵は、笑い事では済まされないらしい。
「冗談だろ……」
『神の心臓』からの「啓示」を受け、悠斗たちは迷宮から脱出した。エルムガルドの宿に戻り、まずは体力の回復と、今後の作戦会議だ。宿の主人に、迷宮で手に入れた『理の欠片』や『闇の魔力結晶』を売却し、当座の資金と、今後の装備を整えた。ゾハール師匠に『理の欠片』を見せると、彼は目を輝かせ、その解析に没頭し始めた。
「これは素晴らしい素材じゃ! これがあれば、新たな錬成が可能になるかもしれん!」
ゾハール師匠は、悠斗に感謝の言葉を述べ、代わりに珍しい素材をいくつか手渡してくれた。悠斗は、それらを錬成スキルで加工し、ルーナの分も含む簡易的な防具や、体力を回復するポーションを作り出した。
「これがあれば、少しは安心だな」
ルーナは、悠斗が錬成した革の腕当てを、嬉しそうに身につけている。その小さな体には、まだ少し大きいが、彼女を守るための悠斗の決意が込められていた。
数日後、体力と準備が整った悠斗、ルーナ、そしてゼロは、エルムガルドの西に広がる平原へと旅立った。ゼロが示した座標は、平原の果て、遠くに見える山脈の麓にあった。
荒涼とした平原を数時間歩くと、やがて視界の先に、黒い影が浮かび上がった。それは、崩れかけた城壁と、いくつもの塔がそびえ立つ、巨大な廃墟だった。空は灰色に淀み、古城からは、まるで世界全体の嘆きを吸い込んだかのような、重苦しい空気が漂っている。
「ここが……嘆きの古城か……」
悠斗は、ゴクリと唾を飲み込んだ。ルーナは、悠斗の服をギュッと掴み、不安そうに顔を埋めた。その小さな猫耳は、恐怖でピンと立っている。
「ユウト……ここ、なんだか、すごく冷たい匂いがします……」
ルーナの嗅覚は、危険を察知しているようだった。悠斗もまた、言いようのない寒気を感じていた。物理的な寒さではない。魂が凍り付くような、負の感情の波動だ。
「『主』、警戒レベルを『最大』に引き上げます。『古城』の『内部』には、『変質した魂魄群』が多数、『潜伏』しています。彼らは、『生者』の『生命力』と『精神』を『糧』とする存在です。その『行動原理』は、『絶望』と『憎悪』に『構成』されています。物理攻撃は『限定的』ですが、『精神攻撃』と『魂の捕食』に『注意』してください。」
ゼロが、淡々と分析結果を告げた。彼の言葉は、迷宮の奥深さに潜む危険を、より具体的に悠斗に伝えた。
古城の門は、大きく崩れ落ち、瓦礫と化した石の山が積み重なっている。悠斗は、ルーナの手を握り直し、ゼロに先導され、古城の内部へと足を踏み入れた。
城内は、外観に劣らず荒れ果てていた。埃と瓦礫が散乱し、かつて豪華だったであろう調度品も、朽ち果てて原型を留めていない。窓は割れ、冷たい風が吹き込み、乾いた木々が擦れるような音が、まるで嘆きの声のように響き渡る。
悠斗は、探知スキルを起動させながら、周囲の「理」の波動を感じ取った。この城全体が、おびただしい数の「魂魄」によって満たされている。それらは、かつてこの城で生きていた人々の魂なのだろうか。しかし、彼らは皆、深い絶望と憎悪に囚われている。
「……誰か、いる……?」
ルーナが、小声で呟いた。その小さな手が、悠斗の服を強く掴んだ。悠斗が視線を向けた先、廊下の奥から、半透明の影がゆらゆらと現れた。それは、かつての騎士の姿をしているが、その顔は深い影に覆われ、瞳は虚ろだ。
【鑑定!】
【亡霊騎士(怨嗟の魂魄)】
分類: アンデッド(魂魄系)
危険度: 高
備考: かつての騎士の魂が、古城に囚われ変質したもの。生者への『憎悪』と『絶望』を振り撒き、その『精神』を蝕む。
「ぐぅっ……」
亡霊騎士が、悠斗たちに気づき、その虚ろな瞳を向けた瞬間、悠斗の脳裏に、強烈な負の感情が流れ込んできた。それは、絶望、後悔、そして底知れぬ憎悪。彼の『精神抵抗』スキルが発動するが、それでも完全に防ぎきれない。
「『主』、精神攻撃を受けました! 『行動原理』は『絶望の伝播』! 『ルーナ』への『干渉』を『確認』!」
ゼロが、悠斗の異変に気づき、すぐにルーナを悠斗の背後に完全に隠した。ルーナは、亡霊騎士の放つ負の感情に影響を受けているのか、小さな体をブルブルと震わせている。
「命令……貴様ら……滅びろ……我が……怨嗟を……知れ……」
亡霊騎士は、怨念に満ちた低い声でそう呟くと、悠斗たちに向かって、ゆらりとその体を滑らせてきた。その手には、形ばかりの錆びついた剣が握られているが、物理的な攻撃は飾りで、その魂から放たれる「憎悪」そのものが、彼らの武器だった。
そして、悠斗たちが廊下を進もうとすると、他の部屋の奥からも、同じような亡霊騎士の影が、いくつも姿を現した。
(くそっ、やっぱり数で来るのか!)




