第1話
第1話:異世界転移と最低ステータス
「はぁ……今日も今日とて、何もない一日が終わりを告げようとしている」
天野悠斗は、放課後の人気のない図書室で、窓から差し込む夕日を眺めながら、深くため息をついた。高校二年生の夏。誰もがキラキラした青春を謳歌していると信じて疑わないこの時期に、彼の日常はあまりにも平凡すぎた。
部活なし。彼女なし。特別な友人なし。
強いて言うなら、クラスメイトから「空気」と評される程度の存在感。
もちろん、いじめられているわけではない。ただ、本当に「いない」のと同じなのだ。
そんな悠斗が唯一、現実から逃避できる場所が、この古びた図書室だった。
特に、誰も手に取らないような、埃をかぶった古書を読むのが好きだった。
「どうせなら、俺も異世界に転生して、チート能力で無双してみたいもんだな」
そんなありきたりな妄想を抱きながら、彼はいつも通り、書架の隅に追いやられた一冊の古文書に手を伸ばした。
それは、羊皮紙のような質感の表紙に、理解不能な古代文字が刻まれた、異様なオーラを放つ書物だった。
『創世の書』――そう書かれているように見えたのは、彼の思い込みだろうか。
好奇心に駆られ、ページを開く。
途端、古文書から眩いばかりの光が溢れ出し、図書室全体を包み込んだ。
「うわっ! なんだこれ!?」
光は瞬く間に悠斗の全身を飲み込み、彼の意識は遠のいた。
最後に聞こえたのは、どこか遠くから響く、荘厳な声。
――『汝、選ばれし者よ。旧き世界の理を捨て、新しき世界の礎となれ』
◇
次に目を開けた時、悠斗は自分がどこにいるのか理解できなかった。
そこは、見慣れた図書室ではなかった。
頭上には、巨大な樹木が天高くそびえ立ち、その枝葉からは淡い光が降り注いでいる。
足元には、見たこともない色鮮やかな植物が生い茂り、遠くからは鳥とも獣ともつかない鳴き声が聞こえてくる。
「……え、ここ、どこだ? 夢? いや、頬をつねっても痛いし……」
混乱しながら周囲を見渡すと、目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【天野 悠斗】
種族: 人間
職業: 無職 (転生者)
レベル: 1
ステータス
力: 3
速さ: 2
体力: 4
魔力: 0
運: 1
知性: 5
スキル
言語理解: Lv.1 (異世界の言語を自動的に理解できる)
鑑定: Lv.1 (対象の情報を簡易的に表示できる)
ユニークスキル
なし
称号
『異界の迷い人』
「はぁあああ!? なんだこれ!? ステータス!? しかも、力3、速さ2って、俺、もしかして最弱か!?」
悠斗は思わず叫んだ。異世界転生モノのラノベを読み漁っていた彼にとって、この初期ステータスはあまりにも絶望的だった。
「せめて魔力くらい欲しかった……! 運も1って、逆に不運なんじゃないか!?」
しかし、絶望している暇はなかった。
ガサガサ、と草むらが揺れる音。
悠斗がそちらに目をやると、体長2メートルはあろうかという、巨大なイノシシのような魔物が、鋭い牙を剥き出しにしてこちらを睨んでいた。
「ひぃっ!?」
悠斗は反射的に駆け出した。ステータスがどうとか言っている場合ではない。生き残らなければ。
しかし、普段から運動不足の彼にとって、魔物から逃げ切るのは至難の業だった。
魔物は悠斗の背後を猛追し、その巨体が地面を揺らす。
「くそっ、こんなところで死ぬなんて冗談じゃない!」
足がもつれ、彼は派手に転倒した。
魔物の鼻息が背中に感じられる。もうダメだ、と悠斗が目を閉じたその時、
背後で、ガシャン! と何かが砕け散るような音が響いた。
恐る恐る目を開けると、魔物は地面に倒れ伏し、その頭部には見慣れない金属片が突き刺さっていた。
そして、魔物のすぐそばには、先ほどまで悠斗が持っていたはずの古文書が、表紙を開いたまま落ちていた。
古文書のページからは、先ほどと同じく淡い光が放たれており、その光が魔物の体をゆっくりと消滅させていく。
魔物が完全に消え去ると、古文書の光も収まり、悠斗の目の前に新たなウィンドウが浮かび上がった。
【経験値獲得】
ゴブリンイノシシ: 100EXP
【レベルアップ!】
レベル: 1 → 2
ステータス
力: 3 → 4
速さ: 2 → 3
体力: 4 → 5
魔力: 0 → 0
運: 1 → 2
知性: 5 → 5
スキル
言語理解: Lv.1
鑑定: Lv.1
ユニークスキル
『セフィラの欠片』: Lv.1 (古文書から発現。世界の根源たる『セフィロトの樹』の力を微弱ながら引き出す。対象の魔力を吸収し、自身のステータスに一時的に変換する。効果は極めて限定的。)
称号
『異界の迷い人』
『最初の試練を乗り越えし者』
「ユニークスキル……『セフィラの欠片』?」
悠斗は、自分の命を救ってくれた古文書を拾い上げた。
表紙の古代文字が、先ほどよりも鮮やかに輝いているように見えた。
そして、ページをめくると、そこには見慣れない図形が描かれていた。
それは、まるで生命の樹のように、複数の円が線で繋がれた複雑な模様だった。
その図形の一部が、淡く光っている。
「これって、もしかして……セフィロトの樹?」
悠斗は、かつて読んだオカルト雑誌で見た図形と酷似していることに気づき、ゴクリと唾を飲み込んだ。
この古文書が、彼を異世界に転移させた原因であり、そして、彼を「最強」へと導く鍵なのかもしれない。
しかし、今はそれよりも、目の前の問題が大きかった。
「……にしても、力4、速さ3って、まだ全然ダメじゃないか! せめて普通の人間レベルにはなりたいんだけど!?」 悠斗は、自分の最低ステータスと、これから始まるであろう異世界での過酷なサバイバルに、再び頭を抱えた。
あー、これ系の話ね〜って思ったと思います。
続けられるように頑張ります!