そして、隣国の王女は子爵家のメイドになりました。
母は美しく優しい人だった。
生まれつき心臓に持病があったが、命懸けで私を産んでくれた。
父はそんな母を大切にしていて、仕事がどんなに忙しくても、できる限り時間を作って会いに来た。
もちろん、娘である私にも優しかった。
仲の良い両親の元に生まれた幸せな娘。
幼い頃、私は自分のことをそう思っていた。
だが成長し、物事を段々と理解するにつれ、それは幻想だと思い知らされるようになった。
父は国王と呼ばれる立場の人間だった。
そして母は、父にとって年の離れた若い側室で、私は側室が産んだ第二王女だった。
父には王妃と呼ばれる立場の同い年の妻がおり、その王妃との間に一男一女を儲けていた。
私と異母兄である王太子との年の差は15。
異母姉である第一王女とは10歳もの差があった。
王妃は身体の弱い年若い側室に、何の関心も向けなかった。
そう、何もしなかったのだ。
虐めることも、仲良くすることも無く、ただただ無関心でいた。
母の実家である侯爵家は爵位こそ高かったが、政治的手腕に劣った当主――母が側室として王宮に上がってしまったため、急遽分家から養子に迎えられた義弟――が、必死に立て直そうと足掻いている、落ちぶれた家門だった。
頼れる実家も無い、王の訪れを待つだけの、何の力も無い女。
そんな取るに足りない女のことを、王妃が気に掛けるはずも無かった。
それに、身体が弱いことで母はある意味、命拾いしていた。
もし母が健康な身体で、私以外にも子供が産めるような女だったなら。
王妃は母をどうにかしただろう。
これ以上、子供を産むことができない、身体の弱い側室だからこそ。
王妃は母と私を見逃してくれたのだ。
父は母を愛しているように振る舞っていた。
いつだって、優しく思いやりに溢れた言葉をかけ、母を喜ばせた。
だが、そんなもの、私にとってはちゃんちゃらおかしい、下手な芝居の様にしか見えなかった。
母のことを本当に愛しているのならば。
それが真実の愛だと言うのならば。
愛する女の身体のことを、どうしてもっと気にかけてやらないのか。
母の病気は、不治の病ではない。
手術を受ければ、完治する可能性がある病だった。
だが、その手術を受けるためには、莫大な費用がかかる。
しかも身体に大きな傷跡が残る。
腐っても一国の王なのだ。
莫大な費用と言っても、決して出せない額ではないはず。
だが、父は、母に手術を受けさせようとはしなかった。
王妃の手前、母に多額の費用をかけることを惜しんだのか。
身体に大きな傷が残るのを嫌ったのか。
それとも、母を病弱なままにしておきたかったのか。
いずれにせよ、父は母を丈夫な身体にしてやろうと思わなかったのだ。
母は時々発作を起こす。
胸の辺りを押さえながら、額に脂汗を浮かべ苦しそうに息をする母を見ていると、このまま死んでしまうのではないかと不安になった。
泣きながら縋り付く私に、母は無理に笑顔を浮かべるようにして言うのだ。
――大丈夫よ、ケイティ。驚かせてごめんなさいね。
発作が起きると、母は離宮に籠もってしまう。
母は、父の前では美しくありたいと言って、苦しむ姿を決して見せようとしなかった。
父もまた、発作に苦しむ母から目を逸らしていたようだ。
私の異母兄である王太子は、妃との間に二人の子供を儲けていた。
私と甥である王子との年の差は4つ。
姪である王女とは6歳差だった。
彼らとは年に数回、王族が参加しなければならない夜会の場で顔を合わせる程度だった。
年の近い甥から、「叔母様」と呼ばれるのは居心地が悪かったし、我儘な姪は私を見下していた。
彼らが「叔母様」と呼びながら近寄ってくる時は、何かしら心を抉られる羽目になった。
私は彼らが嫌いだった。
彼らも私を嫌っていた。
甥や姪だけではない。
王族や、それに準ずる立場の者は皆、私と母を見下していたと思う。
ただ、東の離宮に幽閉されているという異母姉――この国の第一王女――がどう考えているのかは、一度も会ったことが無いのでわからなかったが。
私と母は、西の離宮と呼ばれる王宮の西端にある館に住んでいた。
王宮に住む人々との付き合いはほとんどなく、かと言って王宮の外の貴族達との交流も無い。
そんな私達を、父は相変わらず愛するふりをしつつ放置した。
そう、放置したのだ。
私達が何をしていようが、どんな目に遭っていようが、父は何も言わなかった。
時が経つにつれ、父の無関心はことさら顕著になっていった。
侍女たちは、父に関心を向けられなくなった私達を馬鹿にして、ろくに働かなくなった。
そしていつしか、働かないどころか、離宮の物を持ち出して街で売りさばくようになったため、私は侍女たちを離宮から追い出した。
その結果、ほとんどの家事を私が一人でやる羽目になったのだが。
母と二人分の食事の用意と洗濯、それから使っている部屋の掃除。
それらは特に大変なことではなかった。
むしろ、母と二人きりで過ごす毎日は、気を遣わずに済むし楽しいくらいだった。
そんな風に母と二人、離宮という箱庭で暮らす日々に。
突然、降って湧いたように私に縁談が持ち込まれた。
相手はキャドガン公爵家の次男だった。
名前はフレデリック。14歳。私と同い年だった。
金髪碧眼で整った顔立ち。噂によると、成績も大層優秀らしい。
見目が良く生まれも良い彼は、私に初めて会った時、こう言った。
「はじめまして、カトリーヌ王女。貴女のように美しい方と婚約できて嬉しいです。どうぞ僕のことはフレディと呼んで下さい」
はにかんだような笑顔でそう言った彼に、私は一瞬で舞い上がってしまった。
彼は頻繁に離宮を訪れるようになった。
侍女たちを解雇したため、家事を私が一人でこなしていることを知ると、慌てて数人の侍女を公爵家から寄越してくれた。
そのおかげで私は彼とお茶を飲みながら話をしたり、庭を一緒に散歩する時間を持てるようになった。
そんな私達を見て、母はとても嬉しそうにしていた。
母がそんな風に微笑む姿を見て、私は愚かにも親孝行をしているような、思い上がった満足感に浸るようになった。
幸せだ、と思った。
それから4年が経ち。
私とフレディは18歳になった。
※※※
「…………王命、ですか?」
「そうだ。カトリーヌ、お前には、隣国の王子の下へ嫁いでもらうことになった」
寝耳に水とはこのことだ。
動揺する心を何とか落ち着かせ、少し前に隠居した父から王位を譲られた異母兄が、話の続きを始めるのを待った。
現在、我が国は、隣国とあまり良い関係では無かった。
そうなってしまった原因は、私の異母姉――第一王女にある。
異母姉が隣国に留学していた際に起こした問題が、いまだに尾を引いているのだった。
異母姉はかつて、隣国に留学していた時に出会った美しい子爵令息に恋をした。
そして、自分の求愛を拒んだその男を、愚かにも馬車で攫い、国に連れて帰ろうとしたのだ。
その企みは実現せず、隣国から送り返された異母姉は、東の離宮に幽閉されることとなった。
その事件から10年が経ち、さすがにもうそろそろ関係を改善した方が良いのでは、という声が両国の貴族達から上がるようになってきた。
そして、二国間の話し合いの末、王族の婚姻をもって仲直りとしようではないか、となったらしい。
我が国の王女を隣国の王太子の元へ嫁がせる。
それが、両国の間に交わされた取り決めなのだそうだ。
「私なのですね。ユージェニー様ではなくて」
そう言うと、異母兄は冷ややかな視線を寄越しつつ、苛立ちの混じった声で言った。
「ユージェニーはまだ幼い。お前の方が適任だろう」
異母兄の娘であり、私の姪のユージェニー王女は12歳だった。
確かに、18歳の私と比べれば幼い。
だが、現在、この国の王は異母兄なのだ。
ならば、この国の王女と呼ばれるのは、ユージェニーが最も相応しい。
私のことは、王女というより王妹と言うべきだった。
しかも、隣国の王太子は現在12歳らしい。
私とは6歳もの年の差がある。
しかも私の方が年上だ。
一方、ユージェニーは同い年だ。
やはり、ユージェニーの方がお相手としては相応しいだろう。
だが、異母兄にそんなことを言っても、無駄だろう。
幼さを理由にしているが、本心は、可愛い娘を仲の悪い隣国になぞやりたくないのだ。
「…………フレディは、どうなるのですか?」
私と結婚できなければ、彼は一体どうなるのか。
どうしても気になって、異母兄にそう問いただすと、予想外の答えが返って来た。
「彼はユージェニーの婚約者とする。このことは彼も承知している。喜んで受け入れていたぞ」
「…………え?」
信じられなかった。そんなはずはない、彼は、そんな人間ではない。
何かの間違いだと思った。異母兄が嘘を吐いたのだと思った。
あるいは、彼が周りから脅されて、無理やり受け入れたのかもしれないと。
だが、違った。
フレディは、ユージェニーとの婚約を心から喜んでいた。
ユージェニーがわざわざ西の離宮まで訪ねてきて、こう言ったのだ。
「ごめんなさい、叔母様。でも、フレデリック様は喜んでいましたよ。これでやっと、本物の王女と婚約できる、と」
信じられなかった。
ユージェニーは昔から意地の悪い子で、私を平気で騙そうとした。
なので、直接話を聞こうと思い、フレディのところに会いに行った。
「ごめんね、カトリーヌ。僕は次男だから、どこかに婿入りしなくてはならないだろう? でももう、僕と釣り合うような高位の貴族令嬢で、まだ婚約者がいない者は少なくて。ユージェニー王女くらいしかいなかったんだ。それにこれは王命だしね」
フレディは申し訳なさそうな顔でそう言った。だが――。
「ユージェニー王女から聞いたわ。あなたが『これでやっと、本物の王女と婚約できる』と言って喜んでいたと」
私がそう言った途端、フレディが私に向ける表情が変わった。
さっきまでの申し訳なさそうな気配は消え、面倒くさそうな投げやりな様子で彼は言った。
「ああ、そうだよ、僕は確かにそう言った」
「フレディ…………?」
「だってそうだろう? 先王の側室の娘である君なんか、本物の王女とは言えないだろう? 現王の一人娘であるユージェニー王女こそが、本物の王女と呼ぶに相応しい。今までは、仕方なく君で我慢していたけど、ユージェニー王女と婚約できるチャンスが来たんだ。喜ぶのも当然だと思わないかい?」
「そんな…………」
信頼していた彼が、本心では私を馬鹿にしていたのだと知った時。
絶望で身体中の血が凍り付くような感覚に襲われた。
だが、次の瞬間、彼の発した言葉に、堪えようのない怒りが湧きあがって来た。
「まあ、君と一緒にいるのは結構楽しかったよ。君は可愛いからね。色白で目が大きくて、金髪で青い目なのもお人形さんみたいだ。それに、小柄だけど結構胸があるしね」
「…………ふざけるな」
「……カトリーヌ? …………うわあっ!!」
気付くと、私はフレディを殴り倒していた。
右手がひどく痛む。
だが幸いにも、右手の指は赤くなっただけで骨折はしていないようだった。
床に倒れ呻いている彼に背を向け、私は母のいる離宮に急ぎ戻った。
離宮に戻り、母に事の顛末を告げる。
母は黙って最後まで話を聞き終わると、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「ここを出ましょう、カトリーヌ」
母が突然、信じられないことを言い出した。
「このままここに居たら、あなたは幸せになれない。二人でここから逃げましょう」
それはとても良い考えだと思えた。
だが、身体の弱い母と二人、王宮を出て暮らしていけるとは思えない。
かと言って私一人で逃げ出すことはできない。
母を人質に取られたら、私は理不尽な要求を受け入れざるを得なくなる。
母もそれがわかっているのだろう。
だから、二人で逃げようと言うのだ。
「大丈夫、私に考えがあるの」
母はそう言って微笑んだ。そして――。
※※※
「初めまして、カトリーヌ」
目の前で微笑むのは赤い髪に緑の瞳の、二十代後半くらいの美しい女性。
彼女の名前はフランソワーズ・ロトリア。
先王の第一王女であり、私の異母姉である。
「お初にお目にかかります。ジョージと申します」
異母姉の隣に立ち、朗らかに微笑む男性。
彼は家名を名乗らなかった。
だが、その所作から、かなりの高位貴族であることは間違いないだろう。
銀の髪に青い瞳で、中々に整った顔立ち。
年の頃は30代前半といったところだろうか。
私は二人に、今の自分と母が置かれている状況を隠すことなく全て話した。
全てを話し終えると、母が異母姉に向かって頭を下げながら言った。
「フランソワーズ様、どうかお力をお貸し下さい」
「頭を上げて下さいませ。もちろん、できる限りのことをさせて頂きます。ねえ、ジョージ様」
「もちろんでございます。全て私にお任せください」
何が一体どうなっているのか。
初めて会った異母姉と、母が仲良さそうに話してるのも驚きだった。
それから、詳しい話を聞いた。
かつて隣国フォートラン王国に留学中にとんでもないことをしでかして東の離宮に幽閉された異母姉の元へ、一人の男性が訪ねて来た。
なんと、その男性は、異母姉が懸想し身勝手にも攫おうとした子爵令息の、婚約者である令嬢の実の兄だった。
彼――ジョージ・フォークナー伯爵令息は、ロトリア王国に戻される異母姉の、打ちひしがれ光を失った暗い瞳が忘れられなくなってしまった。
そして、次第に、朝から晩まで異母姉のことしか考えられなくなったのだそうだ。
しばらくして、それが恋だと気付いた時には、ジョージはもう心身ともに相当衰弱していた。
「このまま恋煩いで死なれるよりはマシ」だと判断した彼の両親は、彼を馬車の事故で亡くなったことにし、隣国ロトリアへと送り出した。
「伯爵家の跡取りを手放すのは、相当な覚悟があったことでしょう。両親には感謝してもしきれません。そうやって、全てを捨ててやってきたものの、平民の身分に落ちた私はフランソワーズ様に会うこともできなかったのです」
そんな時、たまたま友人のお茶会に呼ばれ王宮の外に出ていた母が、馬車の中で発作を起こした。
これまた、たまたまその馬車の近くをジョージが通りかかった。
慌てる従者をなだめ手持ちの薬を分け与え、母の窮地を救ったジョージは、母に自分の身の上話を語って聞かせた。
その結果、彼は母の伝手でなんとか東の離宮に入り込むことができたのだそうだ。
そして強引に異母姉フランソワーズを口説き落とし、従者となることに成功した彼は。
「今では私の大事な伴侶となっています。不始末を起こし幽閉された王女と、死んだことになっている人間なので、公に結婚することは叶いませんが」
それでも、ずっとこうして一緒に居られるので幸せだと異母姉は微笑んだ。
異母姉とジョージは、いつか必ず母に恩返しをしようと心に決めていたのだそうだ。
そして、かねてより母と私の不遇を気にかけていた二人は、度々、母と手紙の遣り取りをしていたらしい。
「今こそ、恩に報いる時がやってきました」
そう言ってジョージは、朗らかに微笑んだ。
※※※
それからはあっという間だった。
あの後すぐに、ジョージは隣国フォートラン王国にいる妹に手紙を書いた。
その手紙には、「こちらで大変世話になった親子が、訳あってフォートランで暮らすことになったが、彼女たちには何のあてもない。なので、そちらで面倒をみてやって欲しい。私が大変世話になった恩人だ。どうか手厚い保護を頼む」といったことが書かれていた。
数日のうちに、私と母はその手紙を持って離宮を抜け出し、隣国フォートランを目指した。
フレディが手配していた侍女たちは、私が彼を殴り倒したことで、もう離宮には来なくなっていた。
またもや二人きりの生活に戻ったおかげで、離宮を抜け出すのは簡単だった。
そうやってやすやすとロトリアを抜け出し、フォートラン王国へと目指す旅は、意外にも楽しかった。
ジョージがよく効く薬をくれたので、旅の間、母が発作を起こすことはなかった。
彼が言うには、フォートランではこの病気の研究がかなり進んでいるのだそうだ。
手術を受けるにしても、ロトリアで受けるよりずっと安価に受けられるらしい。
とはいえ、かなりの高額ではあるのだが。
それを聞いた私は、フォートランで母に手術を受けさせることを心に誓った。
絶対に、母を健康な身体にするのだ。
そのためには、なんとかしてお金を稼がねばならない。
ジョージの妹は、異母姉が攫おうとした子爵令息の妻となっていた。
ジョージと同じ銀髪碧眼の美しい女性だった。
渡した手紙を読むと、彼女――マーガレット・バートン子爵夫人は、呆れたような、でも少し安堵のにじむような声で言った。
「お兄様ったら、相変わらず強引なんだから。でも、どうやら元気そうで何よりだわ」
手紙には、私と母の身分については何も書かれていなかった。
なので、マーガレット夫人は私達が何者であるかを知らない。
かつて自分の夫を攫おうとした女の妹である、と知られずに済んで、私はほっと胸を撫でおろした。
それから、私はマーガレット夫人に頼んで、バートン子爵家で通いのメイドとして働かせてもらうことになった。
母と二人、近くに小さな家を借りて住んだ。
万が一、国から追っ手が来た時のために、年齢を二つ上に誤魔化しておいた。
名前も、カトリーヌではなく、ケイトと名乗ることにした。
元々母からは『ケイティ』と呼ばれていたので、そう呼ばれることにはすぐ慣れた。
バートン子爵家の使用人たちは皆、良い人ばかりだった。
同僚のマリーは素直で優しくて、すぐに親友と呼べるほど仲良くなった。
執事のマーカスさんも優しい人で、いつも母のことを気にかけてくれた。
バートン子爵家の旦那様――ヘンリー・バートン子爵を見たときは、本当に驚いた。
こんなに美しい男性がこの世にいるのかと、目が離せなくなってしまった。
異母姉が懸想し、攫って自分のものにしようとしたのも頷ける。
魔性の、とでも言うのだろうか。
理性を狂わせる美しさだ。
だが、ヘンリー様――旦那様は少々残念な性格をされていた。
とにかくすぐ泣き出すのだ。そのたびにマーガレット様――奥様に、しっかりしろと怒鳴り飛ばされている姿は、かなり情けなかった。
こんなの、百年の恋も冷める。
そんなこんなで。
私はやっと落ち着いて暮らすことができた。
母は私に、恋人を作るように言うが、私はそんなのはもうこりごりだ。
父やフレディほどのゴミ野郎ではないとしても、男なんて皆、総じてクズばかりだ。
まあ、マーカスさんだけは良い人だと認めるが。
今の私は、恋人を作ることよりも、お金を貯めて母に手術を受けさせることが一番の望みなのだ。
「ケイトってこんなに可愛いのに、彼氏がいないの不思議よね」
メイド仲間のマリーがよくそう言う。
そんな時私は、決まってこう答える。
「私の恋人はお金なの。お金は裏切らないからね」
そう、お金は裏切らないし、私と母に幸せを運んでくれる。
「さてさて、今日も頑張って愛しいお金を稼ぐとしますか!」
そう声に出しつつ、私は洗い終わったばかりのシーツをパーンと音を立てて広げた。
見上げた空は吸い込まれるように青い。
今日は、絶好の洗濯日和だ。
★誤字報告ありがとうございます。本当に助かります!
★ケイトの年齢を2歳上に書き直しました。すみません!