本物の重み
「これが実物の弓だ。」
部長が手に持っている弓を渡される。 持ち手の部分には布のようなものが巻かれており、その上の部分には木片を薄くしたようなものが巻かれていた。 弦はピンと張られており、それに合わせて弓がしなっているようにも見えた。
「おっと、弦を触る前にこれを付けて貰わないと。」
臼石先輩が俺の右手にグローブのようなものを着けた。
「これは?」
「弓かけと呼ばれる手を守る道具。 そのまま弦を引いたら皮が指の捲れるからね。 言っておくけど脅しじゃないから。」
臼石先輩の迫力にちょっとだけ身を退いてしまったが、改めて弦を引いてみる。
「・・・ん・・・! これは・・・キツい・・・!」
「当然だ。 ちゃんとした作法で引かなければ逆に怪我をする代物だからな。 今の引き方では矢を射ることは不可能に近いな。」
実物と言葉。 両方の重みがこの弓ひとつに纏まっているように、俺は弓を元に戻す。
「・・・ふぅ・・・ふぅ・・・」
「筋トレの重要性は分かったかい?」
「・・・えぇ・・・充分理解しました・・・」
でもそれは俺じゃなくてもっと別の人に向けるべきでは?
「実際の作法に基づくなら弓を引くのも過程の1つだ。 とはいえ君は初心者だから、焦る必要もない。 試験明けで部活動に長く居座らせるのは酷だろう。 今日のところはこの辺りにしよう。」
部長がそう言うので、他の先輩達は片付けを始める。
「まあ筋肉痛にならないことを願っておくことだね。 それに彼女を待たせるのも良くないだろ?」
「彼女?」
そう言って臼石先輩の目線の先を見ると、見慣れた銀髪の少女がそこに立っていた。
片付けも終わって弓道場を出ると、その人物に出会う。
「西垣? 西垣も部活に行っていたのか?」
「ええ。 とはいっても早めに終わってしまったので、弓道部の方々がやっていたので、もしかしたらと思った所存でした。」
実際に早めに切り上げた部活は割りと多くあるようで、西垣の柔道部もその1つのようだ。
「何時から見てたんだ?」
「私が来た頃には積和君が弓を引いているところでした。」
「そうか。」
あの場面を見られていたか。 初めての弓で全く扱えていなかったのを考えれば、あまり見られたくない場面ではあったかもしれない。 情けない姿と言うものは、誰にも見られたくないものだし。 そんな俺の苦悩する姿を見た西垣が、可笑しそうに笑った。
「積和君。 最初なんてそのようなものだと思います。 私だって柔道を始めた頃はなにも出来ずに言われたことを言われるがままやっていましたから。」
「・・・まぁそれもそうだよな。」
分かってはいたつもりでも、心のどこかではもう少しマシな姿を見せたかったと思っていたから、複雑な気持ちだ。 そんなことを考えていたからか、または思っていることが気にするような事じゃなくなったから、空腹を訴える音が腹から聞こえてきた。
「そう言えばなにも食わないで部活に直行したんだったっけか。」
「積和君。 もしまだお時間宜しければ、一緒に食べに行きませんか?」
「それもいいな。 家に帰っても多分何もないだろうし。」
そう言いながら俺と西垣は近くの店を探しながら学校を後にした。




