彼女について
入学式から帰ってきて早々に難題にぶち当たった。
「自己紹介文ねぇ・・・」
自室で悩ませているのは宿題として貰った紙。 明日の自己紹介に使っても言いとされている紙だ。 内容に関しては紙に書いてあるお題に沿って書けばいい。 それだけの筈なのだが
「・・・思い浮かばないなぁ・・・」
趣味はともかく特技って何だろうと頭を捻る。 くだらないことだろうと特技は特技になるのだろうが、思い浮かばない辺り、そう特技だと思ってないらしい。
「カズ? 夕飯出来たって。」
姉さんの声が聞こえたので思考を一旦取り止め、食卓のある部屋に入る。 今日はじゃがいもの煮っころがしがメインのようだ。 味噌汁にもわかめと共にじゃがいもが入っている。
「今日はじゃがいもが安くてね。 肉じゃがもいいけど、煮っころがしの方が食べたくなっちゃって。」
「いただきます。」
母の説明を後に煮っころがしをご飯の上に乗っけてから口に運ぶ。 じゃがいもの温かさと甘く煮詰めた煮汁が絡み程よい硬さの食感を出していた。
「あれ? 今日は何時ものより甘味が強い気がする。」
「あら分かる? ちょっとみりんを変えてみたんだけど、あんまり変わらないと思ってたから。」
「良くそんな微々たる味の変化が分かるわね。 1つの才能じゃない? それか特技か。」
「特技ねぇ・・・」
自己紹介文に書いてみるかと検討をしつつ夕飯を楽しみ、風呂に入って宿題をなんとか終わらせて今日は眠った。 昨日の続きを夢に見ないことを願いながら。
翌日の学校は始業式が最初にあり、そこから各教室で交流を深める時間を設けているのだそう。 授業自体はまだ無いらしい。
「えーでは昨日も話したように、本日から君達はクラスメイトになる。 隣の人の事を少しでも知っておくことは大事なことだ。 なので自己紹介をして貰おうと思う。 自己紹介文を作ってきたと思うので、それを参考にして構わない。 長くても短くても自己紹介は自己紹介。 自分の事を話してくれ。 では番号順に。」
そう言われて自己紹介が始まる。 簡素な者、とにかく自分を知って貰いたい者。 中にはちょっと痛い感じに自己紹介してるやつもいた。 俺の前から大分濃いなこのクラス。
そして自分の番になる。
「えー初めまして。 積和 数馬です。 趣味は自作小説書き、特技は料理のちょっとした隠し味が分かること。 あとは姉がこの学校で生徒会関連の仕事してます。 以上です。」
前までがそこそこ濃かったので、自分がこれだけ言っても薄れるだろう。 そして時間が過ぎて、いよいよ彼女の番になる。 夢では会っていたものの名前すら知らないので、ここでようやく彼女の正体が分かる。
「初めまして 西垣 フィナンシェと言います。母がアイルランド人ですが、生まれも育ちも日本です。 趣味はクラシック鑑賞。 特技は水泳です。 後これは言っていいのか分からないのですが、嫌なことがある時のことを覚えて無いのです。 なので、皆さんでいい思い出を作っていきたいと思っています。 よろしくお願いいたします。」
そう言って彼女は席に戻る。 嫌なことを覚えてない、か。 人間はどちらかと言えば嫌な記憶が残るらしいが、ある意味では羨ましいかもしれない。 少なくともこの時はそう思っていた。
そして自己紹介が終わり、お昼頃ではあるものの本日も新入生は早く帰ることになる。 その前に所狭しと彼女、西垣の元に人が集まってきた。 人気者と見るか物珍しいと思われていると見るか。 どっちみち俺は干渉はしない。 彼女とは交流を深めず、いちクラスメイトとしての立ち位置を確立していこうと思っている。
好印象だったのに死ぬ運命なんて御免だ。 そんなことを思いながら俺は教室を出た。