呆気にとられたけど
俺はその西垣の言葉に思考が停止した。 「名前で呼ぶから名前で呼んでくれ」 うん。 要約は出来る。 けれどそれをする理由は・・・あったか。 あの人とは帆山の事だろう。 確かに俺の事を名前で呼ぶのは帆山だけだ。 姉さんは「カズ」なのでそもそも例外ではあるが。
「だ、駄目・・・でしょうか・・・」
高らかに宣言したと言うのにその後は一気にしおらしくなっていった。 言って後悔したのか、それとも恥ずかしさが増したのか。
とは言え俺も気恥ずかしさはある。 もちろん女子の名前を呼ぶからと言うこともあるのだが、それ以上に西垣の場合は名前は「フィナンシェ」だ。 故に「フィーナ」なんてあだ名のような呼び名をしてよいものかと考えてしまう。
ゴンドラは降下している。 降りた後ではうやむやになるかもしれない。 男を見せるべきなのだと思った俺は、一呼吸置いてから声に出す。
「分かった。 これからはそう呼ばせて貰うよ。 フィーナ。」
俺が名前を呼べば、肩をびくりと震わせた。 そんなに驚いてるのかよ。 言ったのはそっちじゃね?
「・・・はい。 これからよろしくお願いいたしますね。 数馬君。」
名前を呼ばれて心拍数がはね上がったような感覚になる。 女子に名前を呼ばれることはあるにはあるが、姉さんはそもそも家族だし、帆山はただの友人としての呼び名だと思っていた。
しかし西垣、改めてフィーナに名前を呼ばれて、高ぶっている気持ちがあるのは何故だろう。
「・・・なんだか、特別な気分になってしまいますね。」
そんな風に笑顔で見てくるフィーナに、俺は顔を窓の外に向ける。
「・・・こんな場所だからじゃないか?」
言っている意味は自分でも理解できないが、それでも今のフィーナを見ることが出来なかった。
ゴンドラという密閉された空間からようやく解放される。 外が予想以上に寒かった。
「もうすぐ閉園時間ですね。」
「暗くなってきたからな。 俺達も早く出て帰ろうぜ。」
そうして俺達は出口へと向かって歩く。 同じ様な人が多いのか出口もそれなりに混んでいた。 しかし出るだけなのでそう時間はかからなかったが。
遊園地を出て最寄りの駅まで戻ってきた頃にはすっかり夜空に変わっていた。
「んじゃここでお別れだな。 またな・・・フィーナ。」
ちょっとまだ名前を呼ぶのに抵抗が生まれているようで、すぐに出てこなかった。
「はい・・・おやすみなさい・・・数馬君・・・」
そんなフィーナと言えばどこかふらついているように見えた。
「おい、大丈夫か? 家まで送るか?」
「心配は・・・無用です・・・自分で・・・帰れますから・・・」
そう言って歩いていくフィーナの姿はどこかおぼつかなくなっている。
「・・・本当に大丈夫か?」
心配になりつつもフィーナがそう言っていたのでと理由をつけて俺も帰ることにした。 ここまでしておいて補導されたら堪ったものではないからな。




