表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Wolfs Bane  作者: 天秤屋
7/20

猟犬の話

 ロブローは北端の窪地を抜けて、崖まで追い立てられていた。ロブローを追いつめたグラヴィは堂々として、少しもオオカミを恐れていない。

「お互い、体が大きいと隠れることもできずに苦労するな」

「気をつかわなくていいぜ」

「わしは熊も狩った犬だ。降参したほうが身のためだと思うが」

「奇遇だな。俺もグリズリーと呼ばれたオオカミだぜ」

 両者は同時に飛び出した。重量級の衝突。ロブローとグラヴィの力は互角で、そのうちもみ合いになり、二匹は地べたを転げた。

 ロブローは首をひねり、グラヴィの首に噛みついた。しかしグラヴィは怯まず、ロブローの喉を前肢で踏みつけた。いったん牙が離れ、再び噛みつく。今度はグラヴィも噛みついた。

 転げながら、ロブローはにおいの変わり目に注意していた。

(こんな崖っぷちじゃ、そのうち落っこちて……)

 二匹の背後には切り立つ崖が待ち構え、遥か下に小さく街並みが見える。落ちれば、ロブローとてただではすまない。

(風がおし上げてくるところが、においの変わったところが……)

 しかし攻防は五分間にもおよび、組んずほぐれつする間に、とうとう二匹は断崖絶壁を転がり落ちていった。


(森が怒りに満ちている。レギアが怒っている)

 ティーダはコスモスを振り切ろうと南へ走ったが、別のにおいが前方にあった。

(この血のにおい、もしかして私が追い払った……)

 そのうち、横の茂みからもガサガサと駆け寄る音がたつ。ティーダはすっかり犬の気配に囲まれ、立ち往生した。そこへ、茂みを掻きわけて小さな犬が飛び出してきた。

「うへっへへ、いたいた! ここだぜ!」

 興奮して虫のように跳びはねる犬は、ヘルピンシャーのドーイ。けたたましい鳴き声に呼ばれて、コスモスがティーダに追いついた。けがをした犬のにおいも近づいてくる。

「ドーイ、アッシュが来るまで逃がさないで」

「わかってるわかってる」

 ティーダは迫りくる煙のにおいにむせながら尋ねた。

「どうして森を……私たちの世界を壊すの?」

 コスモスが険しい表情で答えた。

「私たちはオオカミを狩るように命令された。犬にとっては主人の命令だけが絶対よ」

 彼女が言い終えた直後、ティーダの背後にアッシュが現れた。オオカミ狩りの犬は、獲物を前に不吉な笑みを浮かべる。

「ドーイ、ここはアッシュと私が。あなたはリーダーを探しに行って」

「はいよっ」

 ドーイはあっというまに見えなくなった。


 リーダー・ウェインのにおいを探す途中で、ドーイはグラヴィのにおいを見つけた。そちらをたどっていくと、においは崖に消えた。地面には激しく争った痕跡があった。

「うひゃーっ、こっから落ちたかな? んじゃもー死んだナ」

 油断すれば吸いこまれそうな絶壁を覗きこんだドーイは、這い上がってくる影を見つけた。

「聞こえたぞ、チビ助め」

「グラヴィ! だって無理もないぜ、この高さだ」

 ドーイは小さな体で跳ね回った。グラヴィは崖をふり返る。

「あの狼も生きてはいまい。さあ、リーダーに合流しなければ」

 森を進んだ二匹は、まずコスモスに合流した。

「あれっ、こっちに来たのかコスモス。首尾は?」

「アッシュが深傷を負わせたけど、逃げられた。私はあなたたちを呼び戻しに」



 アッシュが獲物を仕留めたところへは、ウェインが合流した。

「アッシュ! 傷を負わせるなと言ったはずだ。生け捕りだぞ」

「加減しようと思ったんだ……けど意外に楽しめてさァ……」

 生きているのか怪しい状態のオオカミが、アッシュの足下で体を丸めていた。元の毛並みの色すら判別しがたい有り様で、足の先が細かく痙攣している。

「やはりお前は俺と組ませるべきだった」

「そう怒るなよ。オオカミってやつは化け物だ。これくらいじゃ死なないさ」

 アッシュが笑う。その声を聞いた小動物たちは、隠れ家で震えあがった。

「死なないだと? お前が相手では望み薄だ」



 バセンジーとディンゴのミックスであるウェインは、名高い猟犬だった。ミックスであることはスキルのひとつであり、良い血統を受け継いだ者はエリートと呼ばれた。ウェインはエリートのなかでも頭一つ抜けていた。

 ウェインの属す猟犬チームは高級な血統の犬ばかりが集まっていたが、誰もが彼をリーダーとして認め、尊敬した。グラヴィはコンテストのトロフィーを山と持っているが、自慢話でウェインと張り合おうとしたことはない。

 あれは二年前の秋だった。

 なじみ深いチームに、アッシュという犬が加わった。ボルゾイだと聞かされていたが、ごわごわした使い古しの雑巾に似た犬だった。アッシュはサルーキのように毛足は短く、チャイニーズクレステットドッグのような飾り毛があった。血統書付のはずだが、どう見てもミックスのような見た目をしていた。

 だが、求められるのは見目の良さではなく猟犬としての腕だ。見た目が恐ろしくて、チームメイトの犬たちは誰一匹としてアッシュに気安くはしないが……

 アッシュは控えめに言っても天性のカリスマだった。ウェインは、自らのカリスマ性など経験の数に裏打ちされただけの、誰でも目指せるレベルだとアッシュを羨んだ。そのアッシュがあっさりと服従を示したとき、ウェインは自分自身に強い嫌悪感を覚えた。

 今でも、あの時の感覚をはっきりと思い出せる。



「アッシュ、このチームのリーダーは俺だ。主人はバーツ。勝手なことをしてもらうと皆が困る」

「わかったよ」

 アッシュはウェインに逆らわず、しかし反省している風もなかった。

「わー、いたいた! リーダぁー!」

「ドーイ。グラヴィと、コスモスも一緒か」

「あっ ひどい」

 コスモスは顔をしかめた。

「これじゃ、もう……命令は生け捕りだったのに」

「落ちこむな、コスモス。わしの背中にのせてバーツのところへ連れて行ってみよう」

 グラヴィが近づこうとした刹那、黒い影が木立から飛びかかった。グレートデーンの巨体を難なく吹き飛ばし、影はアッシュの間近に降り立つ。

 背中の毛が総毛立った漆黒のオオカミが、白刃の牙をのぞかせてアッシュに唸った。

 ドーイは飛び上がった。

「うわああっ オオカミだあ!」

「それを狩りに来たんだろ?」

 反対に、アッシュは不吉な笑みを浮かべた。

「こいつ、あの時のカラス野郎だな」

 ウェインはチームに指示する。

「ドーイ、グラヴィの体についたにおいのオオカミを、グラヴィと探せ」

「はいよ!」

「リーダー、気をつけてな!」

「コスモスはもう一匹のオオカミを探して俺に報せてくれ」

「わかった」

 猟犬は散りぢりになり、その場にはウェインとアッシュ、傷だらけのティーダ、そして修羅と化したレギアが残った。

「貴様ら一匹たりとも生かしてはおかぬ」

 不気味な声で呪詛を吐いたレギアに対し、アッシュは笑っていた。

「おいおい、この血のにおい……何人噛み殺した?」

 ウェインは顔をしかめた。

「火付け役の兵士たちか……」

 レギアは飲みこんでいた飾り羽を吐き出した。それを見たウェインの顔色が変わる。

「貴様、俺たちの主人をどうした!」

 千尋の谷のように深いしわを鼻面に刻んで、レギアは吐き捨てた。

「貴様らこそ、ティーダに何をした」

 レギアはアッシュに飛びかかった。お互いの牙を避けながら、二頭は目にも留まらぬ速さで攻防をくり広げる。

「ガウウッ」

 垂涎をひいてレギアがアッシュの後肢に食いついた。負けじと、アッシュはレギアの前肢を噛む。血が滲み、骨が砕けても、お互いに放さない。ばたばたと転げ回って、二頭は次に互いの首を狙いはじめた。

 その凄まじい争いに加わることは諦め、ウェインはティーダを運びだそうとした。

「そのお嬢ちゃんは、俺の背中に乗っけてくれよ」

 ティーダの腹の下に潜ろうとしたウェインは、顔を上げると同時に後ろへ跳びすさった。熊のように大きなオオカミはティーダを担ぎ、レギアに退くようにうながした。

 レギアもアッシュも血を流していた。アッシュは足下が覚束ないありさまで、追ってはこられまいと踏んだレギアは、きびすを返してロブローを追った。

「逃げられたな」

 ウェインはよたよたしているアッシュを支えた。

「リーダー、追わなくていいのか?」

「俺たちの任務はオオカミを生け捕りにすること。難しい場合はサポートだ。順調に行っている。あとは、湖の捕獲チームが何とかするはずだった」

 ウェインは足下の、レギアが吐いた羽を見つめた。

「バーツに何かあった時、チームメイトがケガをした時は村に引き返す命令だ。湖の兵士たちも望み薄だろう……戻るぞ、アッシュ」

「……はいよ、リーダー」



 世界が回る。回りながら通り過ぎていく。どうやってここまで来たのかも覚えていない。

「……寒い」

「ティーダ!」

「ロブロー、あなたの背中ね」

 ロブローの声に気が抜けたのか、ティーダは気を失った。呼吸は落ちついているが、出血量が多い。間に合わせの草の包帯もとれかかっている。

 レギアは数歩遅れて、ティーダの血の痕を消しながら歩いた。

「大丈夫だ、ティーダ。レギアと俺がついてるからな」

 湖は血の海だった。鎧をつけた人間が十数人、ぴくりとも動かずに転がっている。

「これだけ臭ければ、俺たちのにおいもまぎれるかもな」

 ロブローはなかば呆れて言った。

 湖の洞窟にティーダを寝かせると、ロブローは綿を布状にしたものへ水をふくませ、ティーダの傷を丁寧に洗った。殺菌作用のある薬草の汁でさらに傷口をきれいにしてから、痛み止めになる葉をすり潰して傷口に塗りこむ。

「血は止まったぜ。首の噛み傷が特にひでえが、牙の入りが浅かった。しっかり眠りゃ明日には目を覚ますだろう」

 洞窟の入り口で見張り番をしているレギアは、安堵したように尾を揺らした。

「レギア、お前の傷も見せろ。骨が変な風にくっつく前にな。あいつらいったん引き上げたんだ、まだ追ってきやしねえ」

 レギアは渋々、ロブローのそばへ来た。

「お前の能力は認めるが、俺はどうにもその『手』が好きになれん」

「だけどよ、さすが器用だろ?」

 ロブローのわき腹からは、半透明の人間のような手が生えている。その手が器用に薬草をすり潰し、添え木と包帯を扱った。

「それに昔話じゃ、人間の姿形はカミサマの光から生まれた、ヨーセーだかセーレーだかの姿のまねごとって言うじゃねえか。存外、人間も俺たちと近いものなのかもな」

 レギアは不機嫌に鼻を鳴らした。

「我々オオカミはレグナムブレスの影から生まれた。光の眷属とは相容れん」

「あの犬のこと、どう思う?」

 ロブローは目を伏して問うたが、レギアは顔をしかめただけで答えなかった。



 森がまた静寂に包まれると、ジャックはクラウドに背を示した。

「はぐれ者でも、さすがにあいつらが心配だ。レギアの力にも限度ってもんがある」

 クラウドはジャックの背におおい被さりながら呟いた。

「ジャック、皆さんの元を離れたのは失策だったかもしれません」

「え?」

「急ぎましょう」

 湖へと疾走するジャックの背で、クラウドの透きとおる水面が揺らいだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ