第6話 龍神流の達人
ピークで暑くなっている夏。
汗がダラダラと流れる季節。
8月に入って暑さも酷くなってきている。
コンクリートジャングルに比べればマシではあるのだがやはり暑い。
比較的清涼なこの地域であっても夏は非常に暑い。
この村はサラベツ村といい、比較的レジバンド群の中では南部に位置するのでそこそこ気温は上がるのだよ。
因みにレジバンド群という自治体に俺は住んでいるのだが、レジバンド群はカリフリア北東部の中で中部に位置する。
今日はクロエに森に連れて行ってもらった。
秋冬を想定し、芝刈りに行くそうだ。
猛吹雪が吹き荒れる冬に薪を探すのは大変との事であり、今のうちに直直集めておけば楽なのではとの事だ。
他のメイドに任せたかったが、無事帰れるか不安らしく。
「だから都会出身の女はダメなのですよ」
と一喝していた。
クロエ曰く、油断しなければ余裕との事だ。
だからせっかくならどうかと誘われ連れて行ってもらった。
俺は以前からこの村周辺の地理を詳しくしたいとはクロエに話してはいたのだ。
ちなみに両親は許可を出してくれたらしい。
芝刈り?と俺は違和感を以前から感じていたのだが、この世界では芝刈りというのは植物を刈るという意味らしく、薪を取りに行くのを芝刈りと表現するらしいのだ。
少し暴論な気もするが、前、畑を見させてもらった時人参が栽培されてた畑があって看板に思いっきり「橙大根」と書かれていたのでなんでも良いのだろう。
クロエはいつもより芋臭い格好に着替え俺と共に馬に乗った。
ーー森林付近
「ここは道に迷いやすいですからね」
「確かに、一面が森だし、大変そうな道ではありますね」
「ジョルジュ様は森に入るのはもちろん初めてですよね」
「はい、生まれてこのかた」
実は前世、都会出身で、生まれてこのかた森もどきはあるがガチの森は割と初めてである。
養○先生に怒られちゃうね。
「一応、言っておきますが絶対に離れないでくださいね。迷子でもなったら本当にまずいので」
「もちろん、離れる理由がないので」
「絶対ですよ??森の物に興味示して私から離れないでくださいね?」
「はい、それを守る約束でクロエについてきてるので」
「その心がけのまま頼みますよ、楽勝とはいえ一応森は迷いかねないので」
そう、事前に約束を守る前提でついてきたのだから、俺が破る理由もない。
人攫いもいない訳では無さそうだしね。
俺が外に出たがってた意思を汲んで連れてってくれたんだと思うし、後、俺がおっさんなのもあるが、お利口なガキに見えるから連れて行ってくれたのだろう。
一応ここまで乗馬して向かったのだが、森は非常に道が悪く、あまり整備されていないので歩いて向かうそうだ。
俺はクロエが身につけたズボンの裾を持って前に進む。
森は意外と薄暗い。
木漏れ日は神聖でありながら、少し不気味にも受け取れる。
するとその時である!!
「巨大な熊です!!前に隠れて!!」
「グウォォォォオ!!」
ものすごい雄叫びをし、俺の目の前に現れた!!
すげえ、こんなでっけえ熊見た事ねえぞ!!
するとクロエは何やら詠唱を始めた。
何かぶっ放すんであろうか??
と思ったその時である。
「待てえい、私の獲物ですぞ!!」
と謎の男がクロエの目の前に立ち、俺の目の前に現れた。
熊は本能のまま男に攻撃をする。
しかし男は機会を上手く捉えて、クマをバラバラにした。
ついでにクマの皮まで器用に剥いでしまった。
「我が名は龍神流九段、隆筋のミュッスルマン!!窮地を助けに来ましたぞ!!ハッハッハッハ!!」
某国民的アニメの主人公に似ているすげえアホそうな奴だった。
だが、圧倒的な剣術だ。
異世界での剣術の重要さが身を持ってわかったよ。
「窮地を救って下さりありがとうございます」
とクロエと俺は感謝の礼をする。
お互い名を名乗って、自己紹介もする。
「いえいえ、当然の事をしたまでですよ!女子供を守るのは私の役目ですからな!!ハッハッハッハッハ!!」
高笑いが物凄く鼻につく。
「しかし、ミュッシュル様は相変わらずの腕前ですね、何回か鍛錬の様子を王宮に務めていた際お目にかかったのですが、素晴らしい腕前です」
「いえいえ!そんなことないですぞ!しかしクロエ殿、あなた王宮で働いていたのですか?」
そうか、クロエは王宮で働いてたんだっけ。
「はい。ただ色々諸事情があり一年でウトマン家に転職していたので、そこから3年ほど勤務していましたね。今は違いますが」
「それは災難でしたな、今は何をされているのですか?」
「今はオベールという豪農の侍女をしております、王宮に比べ有難いことにだいぶ長閑な生活を送らせていただいてますね」
「それは良きことですな、今私はドゥランド家の傍流の駐在魔術士の脛を齧って生活しております」
「そうなんですね……」
急にクロエはドン引きした。
「しかし、第一王子の護衛をされていたのですよね??何故今はここに?」
とクロエは聞く。
しかし、このバカ脳筋野郎、意外といい仕事してたんだなあ。
「えーっとですな、少しやらかしてしまって停職してしまったのですよ」
「停職!?一体何を??」
「第一王子の為にメイドが紅茶を持ってきてくださっていたそうなのですが、それを間違えて私が飲んでしまったのですよ。謝ったけど許してもらえませんでした。」
ミッシュルマンも大概だが第一王子器ちっさ。
一方クロエは「こいつすげえバカだな」と心で言っていそうな顔をしていた。
多分、身分の問題が根底にあるのだろうか?
「それは大変な事をやらかしましたね!?どのくらいの停職なのですか?」
「今まで貯めた財産の没収と、無期限停職を喰らいました」
まじか!!それは可哀想だな。
「で、クロエ殿は何をやらかしたのですか??今ウトマン家に務めていないというのはおかしいですぞ」
クロエはあまり過去を話すのが好きじゃ無さそうなのだが、話してくれるのだろうか??
「耳を貸してください」
と恥ずかしそうな顔をして、ミッシュルマンの耳に囁く。
「まずいですな」
「はい」
一体何をやらかしたんだ、俺にも教えてくれ!!
「クロエは何をやらかしてしまったのですか??」
「ジョルジュ様には言えない事です。かなりまずいです」
「なら詮索しないでおきましょう」
「ええ、ある程度察していただければと……」
なんだろう、陰口がバレたとかかなあ??
最近、俺が不貞寝かましてる時、独り言で他のメイドが仕事が出来ないだ、イニャスが臭いだのうるさいからなあ。
「ダメですぞ、ママを揶揄ったりしたら。分かったかな坊や」
うぜえこいつ。
「クロエは僕の母親ではありません、クロエは僕に仕えてくれている侍女です。
さっき自己紹介した時に名乗っていたではありませんか」
人の話はきちんと聞いとけよキ○肉マン。
つったく、ムキムキな腹筋を晒しやがってよお。
「申し訳ない、人の話はきっちりと聞くべきですな!!でも親子の様に見えたのだがら仕方ない!!様子も微妙に似ている!!」
全く適当なやつだ。
水浴びの時に顔をじっくり見たのだが、俺はシャープな顔立ちをしていた。
一方クロエは丸顔だ。全然違うじゃないか。
クロエはすげえ呆れた顔をしている。気持ちはすげえ分かるよ。
するとミッシュルマンは俺達にこう提案する。
「せっかく仲良くなったのだから暁に何かお手伝いしましょうか??」
するとクロエは目を輝かせた。
「本当ですか!?では薪集めを手伝っていただきたいです!!」
「お安いご用ですぞ!!」
と言い、あっという間に薪を一人で集めてしまった。
すげえ。
「流石です!!せっかく手伝っていただいたので何かお返しできるものはありませんか?」
とクロエは話す。
「いやいや、私はいいのですぞ!!ただ強いていうなら諸君の話をもっと聞きたいから飯でも食べましょうや」
なになに??ナンパか?
そして、川沿いの渓流の方に向かい、そこで焚き火をする。
ミッシュルマンはクロエが率いている馬に目を輝かせている。
「しかし立派な馬ですなあ」
「はい、ご主人様のお気に入りの馬ですからね」
「毛並みも非常に綺麗だ、後で走ってみたい!」
「又、お会いする機会があったら」
とクロエは苦笑した。
到着した一行はさっき捕獲した熊を調理し、マンガ肉にする。
「ジュルルルル」
珍しく俺もよだれが出る。
「しかし、子供らしい一面もあるのですな、しっかりしすぎていて最初は驚きましたぞ
ここまでの肝の据わり方をした子供はニナお嬢様くらいしか見たことがないですな」
俺のことか。
まあ3歳児で一応簡単な礼儀作法は身に付けてるし、歴史とか地理とか魔術の知識もある。
言語もスラスラ話せるし。
中身は45のおっさんだけど。
ニナお嬢様って誰なんだろう、さっき言ってたドゥランドさんのおうちの子かな?
「ジョルジュ様はすごいんですよ!!教えたことがあっという間に形になってしまうのですから。
子供らしい可愛いところもありますが、普段は非常に大人びてるんですから。
いつか、王室と関わりを持つ人格者になってもおかしくありません!!」
やっぱり転生チート最高だなまじ。
だけど王室と関わるは言い過ぎなんじゃないの??
「そうですなあ、私とは違う方法で国に関わるのでしょう。フロシアの先生になっていたりして!!」
「もしかしたらあるかもですね、ご主人様の家系の先祖はフロシアの数学者だったそうなので」
そっか、教職に就くのもアリなのかあ。
てか何でフロシアなん??
俺の前世は大学理系だったし、数学苦手じゃないし、いいかもね。
「坊やはクロエ殿に普段勉強を教えてもらっているのかい??」
「そうですね、クロエの教え方は非常にわかりやすいので感謝しています」
「そう言われるとは、非常に光栄です」
そうするとお互い笑みが溢れる。
「しかし、本当に美味しそうな熊肉ですね!父上と母上が嫉妬しないか心配なくらいに!!」
「そうですね、でしたら今日のことは二人だけの秘密にしましょうかね」
最近はクロエとも仲良くなって、何気ない会話も増えてきている感じがする。
するとミッシュルマンは、
「本当の親子みたいですな。ハッハッハッハ!!」
と豪快に笑う。
本当の親子……。
確かに、シビルやイニャスよりクロエの方が自然と距離は近いなあ。
富裕層ってそんなもんなのかもしれないけど。
クロエは何故か恥ずかしそうに照れている。
熊肉を見て、ミッシュルマンはこう言った。
「熊肉に黄金島産の国を食べるのが美味いのだよなあ」
まじか!?もしかしてこいつ。
「お二人とも、実は熊肉丼というものを発明しましてな、とても美味なんですぞ」
こいつまんまじゃねえか!
「熊肉丼とは一体なんなのですか!?」
「熊肉を小切にして、ニンニクを小刻みにしたものと玉ねぎを和えて、塩で味付けして焼いたものを米という穀物に乗せて食べるものですぞ。
私が、一回思いついた食べ方なのですがそれが非常に美味でしてなあ。
最近は王子と喧嘩したから、食べれてないけどね」
それは自業自得だ。
「クロエ、黄金島のお米は何か他のお米と違いはあるのですか??」
「そうですね、まずお米という穀物はジュディル大陸南部で主に栽培されているのですが、細長くパサパサしていて普通に食べてもあまり美味しくないんです。
だから我々は無難な選択としてパンを食べるのですが、黄金国のお米はもちもちしていて、ものすごく美味だそうです。
まあ、要職に就かれている方しか食べれないみたいですがね」
なるほど!でもあるにはあるんだな!!
一回黄金国に行って米を食べてみたいなあ。
だいぶそろそろの頃合いになってきた。
肉ももうちょっとかなあ。
「完成!」
そして肉を3人分に切り分けたが、クロエはそんなにいらないと言っていたので俺とミッシュルマンは多めになっている。
そしてさっきサラッと手掴みで取った川魚。
めちゃくちゃ茶色飯だ。
話題は変わり剣術の話になった。
「坊っちゃん、剣術に興味はあるかい??」
「はい、クロエにも授業してもらう予定で」
「何流を教えるつもりですか?クロエ殿」
「一応、龍神流を教える予定ですね。一番教えるのに適しているかなと」
「そうですか、何段を取得されているのですか?」
「私は一応初段まで保有してます、ただ私一人だと不安なところはありますかね」
「そうですな、初段となると少し実力不足でしょう」
さっきから何の話をしているんだろうか、初段ってどのくらいなの??
「でしたら、私に習うと良いでしょう。それであれば間違いないですよ」
「本当ですか??」
「はい、ただ一年ほど待って頂けるとありがたいですな。彼の体格はまだ小さい。
それまでは基礎運動で体力をつけるのが良いでしょう」
「はい、勿論そのつもりでいます、剣術は木剣でも怪我をする恐れがあるので、少しずつ習得していくのが正解だと思いますね」
「一応、クロエ殿も復帰なされるのですか??」
「ええ、ある程度は感覚を取り戻したいですからね」
「であれば、私が知っている知識を授けましょう。指導する上で参考になれば」
なんだこいつ?意外と頭いいのか??
ミッシュルマンが語るには龍神流の心得として。
「龍神流とは護身用の剣術として語られがちであるものの、実際は攻撃を受け流すだけではなく、他剣術ではできないような捻りの効いた剣術が龍神流である。
他剣術がシンプルに突き刺さるような攻撃を仕掛けるなら、この剣術はクネクネしていて異常に技が豊富だということだ。
まずそこを理解していただきたい。
基礎レベルをまず習得したいなら、薙ぎ払い、受け流しが形としてできていれば問題ないだろう。
薙ぎ払いは相手の剣術を薙ぎ払うこと、受け流しは意図的に相手の剣線をずらすこと。
龍神流はこれが戦闘の基礎となる。
次のレベルに行くなら、そこからの一手を確実に打てるようにならなければならない、受け流した後に、胴を狙ったり、コテを狙ったり。
それが正しくできていれば初段までは確実。
後は、鍔迫り合いになった時の間合いの取り方、相手に読まれた時の対処法、魔術の簡易的な受け流しが実践的にできれば三段レベルですぞ。
大体三段までが基礎的な段階らしいから、人攫いからの護身術目的なら、このレベルで十分。
それ以上行くのであれば、真剣に龍神流の道場に習いに行くのをおすすめしますな」
とのことらしい。
意外と理論的だ。
龍神流は基本的に防御方向に輝く剣術なんだけど、次の一手が龍神流の醍醐味ってことね。
因みに彼は地底流って流派も習っているんだけど、防御一辺倒意識するならこの流派らしいね。
ただ、地底流に関してはバンバン攻撃する分派もあるらしいから定義が曖昧らしい。
「クロエ殿はどのくらい剣を握られていないのですか?」
「そうですねえ、最近また軽く素振りを始めたくらいですかねえ」
おいおい、まじかよ逆に不安だぜえ。
クロエさん無理しなくていいんだよまじで。
「そうですか、なら余計に私に任せて下さいな、その時森を訪ねれば私は森で優雅に遊んでいるでしょうから」
何だこいつ、どんだけ暇なんだよ。
でも、しっかりした人に剣術を習うのはすげえいい気分だな。
そして熊肉を俺達は平げ、気付けば夕方になった。
「ありがとうございました」
「いえいえ、又会いましょう!!最近は暇で退屈だから毎日来てくれたって構わないんだもんね!!」
俺とクロエは苦笑し適当に流した。
全く、強いんだからこんな所で遊んでんなよ。
手を振り、ミッシュルマンは去っていった。
クロエはニコニコしながら薪を荷台に乗せて、馬を走らせた。
今日はいつもより充実した一日だったなあ。
秋の収穫祭。
年1行事の祭りで、イニャスの元で働いている農民達全員を集めて、麦の収穫を祝った。
俺は理性が抑えられずワインを飲もうとしたらイニャスからすげえ怒られた。
ついでにゲンコツもくらった。
怖すぎて漏らすところだった。
収穫祭が終わり、今年はイニャスは長く家を空ける。
閑散期になるので王都でオペラを見に行くそうだ。
そして新年
この国では新年はあまり祝う傾向にないらしく一家全員集合どころか、クロエは休暇を取り剣の修行に一週間ほど行くらしい。
非常にありがたいな、頭が上がらない。
冬は非常に危険らしいので、最初、両親は止めたそうなのだが、冬くらいしか休暇が取れないらしいからしょうがないと言う結論になり、武装品でガチガチにして向かったという。
まあ、物凄い距離を移動する訳ではないので大丈夫だとは思うが、心配だ。
しかし、今日も猛吹雪だなあ。人肌が恋しい。
他の侍女からは「クロエさんいないから仕事大変だわ〜」という会話があった。
クロエは俺の教育係みたいになってるが、合間に家事も完璧にこなすんだよな。
後、セヴリーヌがハイハイできるようになった。
クロエが彼女の教育係になる日も近いかもね。
因みに俺への指導だが「やばい、多分5歳くらいには教える事多分無くなる」
と嘆いていた。
転生チートのおかげで世の中の知識もずっぽり入ったからね。
そうなったらどうなるんだろうね。
クロエも居ないし暇なのでセヴリーヌと一緒に遊んでいる。
俺がほとんど遊ばなかったおもちゃにも興味津々だ。
因みに彼女が転生者かどうか?という点ではこれを見る限り違うのだろうな。
まあ、日本で生まれるはずだった水子とか、赤ん坊のまま亡くなって転生した可能性も0ではないけどね。
俺が前世の言語で話をしても反応しなかったから恐らく転生者ではなさそうだ。
クロエが帰ってきた。
クロエは俺に「中々帰して貰えなかったんですよ!!」と珍しく直接愚痴をこぼした。
剣のセンスが思ったよりあったらしく、短期間で三段まで昇格してしまったそうだ。
とゆうか、最後に握った時にはミッシュルマンの言っていた事がある程度出来ていたらしいが、めんどくさがって昇段審査を受けなかったので初段のままだったらしい。
でもブランクあったのは事実だろうし、実際センスはあるんだろうな。
レジバンド群最大都市にそこそこ有名な道場があったのだが、移動距離もかかった上、3日間の予定を一週間丸々に延期されてしまったそうだ。
シビルとイニャスには手紙が届いて居たので遅延したことへのお咎めは無かった。
しかし、クロエの作る飯は美味いな。
春。
イニャスからも正式に許可がおり、剣術の授業をすることになった。
なのであの森に久しぶりに顔を出したが……。
「探したけどいないですね」
「ですねえ、一体何処へ」
脳筋ヒーローはどこかへ消えていた。