第五話 始まり
妹が産まれた。
少し肌寒い春の朝のことだった。
クロエは助産師経験があり、ここぞとばかりに仕事をし、無事に出産を終えた。
性別は女の子。
俺と違って可愛い目つきをしている。
いや?待てよ?俺の顔ってどんな感じなのかしっかり見ていなかったな。
両親は嬉しそうにおくるみにくるみ、彼女をベビーベッドに乗せた。
とりあえず素直におめでとう。
「父上、母上、おめでとうございます」
「ありがとう、ジョルジュ」
とニコニコしながら返す。
最近少しづつではあるが、会話する機会も増えてきた。
「だいぶ、ジョルジュも話せるようになってきたな、クロエ」
「そうですね、最初はどうなる事かと思いましたが、健やかに成長しております」
「この子もジョルジュの様に育ってくれればね」
とシビルが産まれた赤子を見て話す。
その顔は少し心配そうな顔をしている。
「まあ、最悪の事態があるなら仕方ないさ。また産めばいい」
倫理観終わってんなあマジで、ほんとに思う。
するとクロエが
「人攫いとか心配ですね」
と話す、攫った人間を貴族に奴隷として販売するというのは良くあることらしい。
「それはジョルジュの時どれだけ警戒したことか……
それと悪魔についても心配だ、最初俺がどれだけ怯えたことか、今は杞憂であって安心しているが……」
それはすまん、普通に謝ろう。
申し訳そうにする俺の顔を見て両親は少し不思議そうな顔をしていたが。
するとシビルが。
「まあ、マイナスな事ばかり言っていてもダメでしょう、子供の名前付けでもしましょうか」
とのことらしい。
イニシャルや語彙の意味で様々な意見が出た。
結果、母型のイニシャルで揃えるのが良いのではの意見があり最終的に名前はセヴリーヌに決まった。
男勝りで、厳格な女性。
最終的に彼女一人になったとしても立ち直れるだけの女性にという思いだ。
沢山の業務を一家で掛け持ちするオベール家にとってぴったりな名前だった。
産まれた直後の無垢な彼女の顔を見て思う。
「娘に会いたい」
今まで、開き直って割りっ切っていたつもりでいた前世の家族の事を思い出した。
でも、きっと仕方ないんだよね??
割り切るしかないんだ。
――しばらく後。
メイドが増えた。
クロエ以外にも使用人が増え、1人から3人になった。
相変わらず、シビルとイニャスは忙しい。
クロエはやる事があるらしく、部屋に入って何かしている。
俺は相変わらず本を読んでいる。
クロエはどうやら俺が読書しているのを知っていて、蔵書を破ったり汚したりしている訳でもないからイニャスにバレないように仕向ければ大丈夫と他のメイドに教えていて、俺から何か言わない限りは何もしてこない。
他の侍女はクロエ並みとは言わないが結構美人だ。
イニャスもしかしてお前、性癖でメイド選んでるな??
クロエ以外の侍女は基本的にはセヴリーヌの世話をしていて、やっぱり泣いていたりすると例のアレをぶち込むらしい。
「これ飲ませて大丈夫なんですか?」
と聞くと
「ご主人様からの命令なので」
とのことだ、なかなか大変だなあ。
掃除から、炊事から洗濯。
後子供の世話かあ。
人数は増えたが、仕事も増えたからね。
クロエも大変そうだ。
外に出たくなってきたからそろそろいいだろうと思いクロエに、
「外で一人で遊んできても大丈夫ですか?」
と聞くと、
「ダメです、シビル様が時々連れてってくれるみたいなのでお待ちください」
とのことだ。
やっぱり人攫いの事だろう、結構多いらしいしね。
「最近、アカペラ飽きたなー」
本読む時以外は、フリースタイルして気を紛らわすのだが、やっぱりアカペラは飽きる。
「ビートが聴きたい」
90sでもboon bapでもなんでもいいよ、ビートが聴きたい!!
ただこの世界においてはドラムとかはなさそうだ。
最近、現世のことを思い出すなあ。
みんな元気にしてるかなあ。
そして5月中旬。
最近は俺は神童と呼ばれている。
周りより、言葉の語彙が早いだけで神童はやりすぎな気もする。
前世の知識チートなんだけどね。
そして俺の誕生日。
「誕生日おめでとう」と両親。
「おめでとうございます」とクロエをはじめとした使用人。
そして謎の年老いた男が一人。
「今から除霊の儀を行います、ジョルジュ殿さあさあこの台にお座りください」
用意されてたのは、木製の台。
え、何するの??
「チリンチリン〜♪チリンチリンー♪」
鈴が俺の頭上で鳴らされるだけだ、強いていうなら術士はキエーっと奇声を発しているくらいだろう。
それがしばらく続く、何してんのマジで??
「皆様、これにてジョルジュ様の体から悪魔の残穢は消し去りました。これからは人間として健やかに育たれるのをご祈祷下さい」
一斉に祈り出す。
日本で言う厄払いをヘビーにした感じだろうか。
この馬鹿らしい儀式も彼らにとっては大事な一歩なのだろう。
冷徹だと思ってたシビルやイニャスもなんだかんだ心配だった思いはあるのかも知れない。
ただ、宗教的な価値観と俺に対する恐怖があり、なんだかんだ忙しいのもあり関わらなかったのかも知れない。
中身はもう45のくっせえおっさんだから、そりゃ怖かっただろう。
両親は心配な事がストんと落ちたような。
そんな顔をしていた。
俺はどうやら人間になったらしい。
するとシビルが本を俺に渡した。
「おめでとうこれから頑張るのよ。これは誕生日祝い」
と渡されたのは、宗教関連の書物だろうか。
ジュデュルの十戒というものだ。
あともう一冊はノートだった。
「はい母上!ありがとうございます」
そしてイニャスからは、
「これは羽ペンだ、今後使う機会が増えるだろう、精進するのだぞ」
「はい父上、ありがとうございます」
よっしゃこれでリリックが書けるぜ!!
多分使用用途が違うのだろうけど。
しかし、普通は4歳でやるらしいのだが、一年早いな。
そして、並べられた食卓。
「非常に豪華だ」
俺は久しぶりに見たオードブルに気分が高揚した。
「いただきます!」
と手を合わせ俺は飯を平らげた。
普段も別に豪華ではあるのだろうが、やはりお祝いごとなのか格が違う。
皿はいつも通りではあるが、スープにはキャビアのようなものが飾ってあり、レアに焼かれている巨大なステーキ。
オードブルにはおしゃれに飾ってあるおかず、パンもいつもより芳醇な香り。
後ワイン俺によこせよ!!俺も久しぶりに酒が飲みたい!!
そうして、クロエと共に寝室に入る。
クロエはお酒が飲めなかったのが少し不満そうであった。
「改めて、おめでとうございます。ジョルジュ様」
「ありがとうございます、しかし通常は一年遅くやるものでは?」
「ジョルジュ様は賢いのですから一年早くなったのですよ」
「そうなのですか??」
「そうですよ、私は王宮に勤務していたこともありましたが、同じ年の男の子はもっと駄々をこねるものですよ」
「そうなのですね、僕はお利口でしょうか??」
「ええ、驚くくらいにはね」
中身は45のおっさんなのだからある程度利口なのは自然なことだが、クロエに褒められるのは嬉しい。
感覚とすればキャバクラに行った時に褒めてもらうのと一緒だ。
「明日からは大変ですよ??」
「何かやるのですか??」
「ええ、まだ秘密ですがね。さあ、良い子はもう寝る時間ですよ!」
「分かりました!ただ明日が楽しみでワクワクして眠れなくなるかもですが」
「もうジョルジュ様ったら」
と言い、今日は眠りにつく。
明日からどんな出来事を俺に待ち受けているのだろうか??
翌日から、俺に勉強する機会が与えられた。
クロエはもしかしたら授業準備をしていたのかもね。
まずは読み書きの練習。
この世界はそこそこの富裕層であるアドバンテージとして、文盲にならないことだ。
今の世界は混沌期からの転換期に入っており、識字率は上昇したものの、文字の習得において富裕層が圧倒的に有利という状況は変わりない。
最初、読み聞かせてもらった辞典を復習しながら言語を学んでいく。
らしいが、俺からすれば楽勝すぎた。
俺は既に世界の歴史、地理、魔術の基礎知識を学習していて、算術などは前世の貯金がある。
そして何より基礎の言語学習に関しては上記の情報を覚える為に全て頭に入れている。
程よくアホなフリをして誤魔化している所だ。
ただ……。
「いいですか!持ち方はこうですよ?」
「すいません、力が入らなくて」
ペンを3年持たなかったので持ち方を忘れてしまった。
言語に関しては完璧なのだがな。
後、独特なフォントにも全然慣れない。
あとは礼儀作法の基礎だ。
俺はラッパーという特殊な職業をしていた為か礼儀作法が凄く苦手であった。
基本的にクラブでは挨拶して抱き合って終わりだからだ。
クロエはそこら辺に関してはプロのようでものすごくうるさい。
前世、ある程度の礼節は身につけていたつもりではいたんだが、やはり貴族式というのだろうか。
敬語を使えている以外に関してはダメ出しされる事が多い。
上手くいかない。
クロエは基本的には優しい。
できない時厳しい口調になることはあるが、どこが悪いかなど適切に教えてくれる。
クロエ曰く、
「ただ叱りつけたり、暴力で覚えさせようとするのは愚か者の思考です」
と自信満々に語っていた。
クロエは上級貴族や王宮の侍女時代の家庭教師の指導法に非常に疑問を持っていたらしい。
何故疑問を持ったかは教えてくれなかったが、当時の内容については教えてくれた。
「本当に酷いものでしたよ、少し足が震えただけで鞭で叩きつけるんです」
「それは所謂スパルタというやつですか?」
やべ、スパルタなんて言葉この世界にあったっけ??
「スパルタ……??それは分からないですが、とにかく厳しい指導を家庭教師は強いていましたね」
そう言えば、気になる事がある。
クロエは侍女にしては異常にハイスペックであることだ。
俺の教育に一任をもらうくらいだから、勉強も物凄く出来るのだろう。
「そうなんですね、因みに今クロエは僕に様々な事を教えてくれていますが、何故クロエはこんなに賢いのですか??
クロエは家庭教師ではないのでしょう??」
少し照れくさそうにクロエは話す。
「賢いかは分かりませんが、王立学校に行っていた経験はあるでしょう。
一応、侍女の立場ではありますが、ある程度の知識はあるので」
「王立学校??」
「ジョルジュ様は私と雑談すれば礼儀作法の授業時間が削れるとお思いですか??」
「いえ、そういうわけじゃ… …」
「そろそろ再開しますよほら立って」
とデコピンを一発食らった。
実際礼儀作法の授業はあまり好きじゃないけど、そういう目的じゃないんだよなあ。
まあ、あまり話したくないのだろう、しょうがない。
表情を見るに照れ隠しかも知れないからパパとママには言いつけないでやるよ。
真夏、と言うべきか。
少し日差しが前より強くなり、水浴びをする時異常に気持ち良いのがこの季節だ。
この世界にはお風呂がないので清潔を保つため、水浴びをする。
セヴリーヌは相変わらずだが一回りくらい大きくなった。
恐らく俺はジーニアスだと思われたのか、最近勉強量が増えている。
言葉の語彙等も急激にレベルが上がった。
礼儀作法も最初はきちっと長時間立っていられるかとか、形としての礼法が身についているかとか、言葉遣いがあるていど出来るかどうかとかであったが、最近はもっと細かいところを教えてくれる。
特に敬語に関しては以前より念入りにだ、俺は始めたから丁寧な言葉使いをしていたからだろう。得意分野をがっつり伸ばすのがクロエの教育方針らしい。
以前より俺は期待をされているようだ、頑張らないとな。
まあそんな訳で以前より自由な時間は減った。
それでもクロエに座学、礼儀作法を教わるのは悪い事ではないし、むしろ楽しい。
だがその中でストレスに思うことが一つあった。
「外に出たいです」
「ダメです」
休憩時間に思い切って言ってみたのだが即却下された。
家の外に出る時間は0では無いにしろ、自由に体を動かしたかったのだが。
「ジョルジュ様はまだ体格も小さいですし、外は危険なので出てはいけないのですよ??」
「そうなのですか??」
「そうです、少なくともジョルジュ様はオベール家の次代当主なのですよ??誘拐でもされたら大変な事になります」
「では諦めましょう、わがままを言って申し訳ないです」
「いえいえ、お気になさらないで下さい」
そっか、この世界は山賊とかも多いんだよな。
整備された道とかでも、山賊とか人攫いが子供を狙う。
その子供を人身売買で貴族や奴隷商に売るのだそう。
又、魔族や魔術が使える女は魔女狩りといった事をされるらしく、主要国の傭兵や、貴族の護衛用に売り込まれるそうだ。
危険な世界だねえ。
又、富裕層のガキを狙う人攫いが多いのも事実。
誘拐して身代金を要求する……。
という事件も異世界でもあるみたいで、面倒ごとになったら嫌なのだろう。
外に出て思いっきり遊べるなんてのは夢の又夢だな。
と、外で遊ぶガキを見て思った。
しょんぼりとした顔をしていると……。
「体を動かしたいようであれば、剣術の授業を来年から作って良いかご主人様に尋ねてみますか??
授業という形であれば恐らく許可して頂けると思うので」
まじで!?でも来年なんだ。
「本当ですか!?」
「はい、でも早速は危険なので来年からにはなりますが。来年になっても長く時間は取れないでしょうし……」
「いえ、少し外に出て体を動かすだけでもかなり気晴らしになるので大丈夫です!!」
そんだけあれば十分だ、問題ない。
しかも、剣術を教えてくれるんだって!!最高!!
剣術は以前から興味があったのだ。
「分かりました。ただ、あまり期待しないで下さいね。剣術に関してはあまり得意ではないので」
「いえ、大丈夫です!!時間を設けてもらうだけでもありがたいので!!」
クロエには頭が上がらない、他の家事をしながらそこにも時間を回してくれるのだ。
感謝である。
その日の夜。
「クロエ、許可は取れましたか?」
「ああ、その事なのですが」
その事なのですが??
「大丈夫でした!!来年から剣術の授業をしても良いことになりました」
「本当ですか!?」
「はい。最初、ご主人様は悩んでらっしゃいましたが、ジョルジュ様が頑張っているとの事で許可が降りました
ご主人曰く、座学や礼儀作法が通常以上のペースで進んでいるのなら良い、と言われました。
努力の賜り物です、良かったですね」
クロエは最近、地理や歴史も教えてくれるようになったのだが、見落としていた部分もわかるようになり、文字の読み書きもある程度すんなりできる様にはなってきた。
文字は力が入りずらく、汚いものではあるのだが。
礼儀作法もかなり順調そうで、一般教養レベルにはなってきたとのこと。
前世の記憶残ってるチートが上手く作用したな。
逆に自制しないといけなくなりそうだね。
「よかったです!!早く来年になると良いですね!!」
「本当にそうですねえ。私ももっとジョルジュ様が剣を握る姿を見るのは楽しみです」
とクロエは嬉しそうに語った。
人生割り切って頑張って見て本当に良かったよ。
なんだかんだ上手くやれている。
翌日、薬草の収穫をするそうなのでその現場に連れて行ってもらった。
生まれたばかりのセヴリーヌとクロエ以外のメイドはお留守番。
クロエは念の為の護衛で来ている。
戦闘力も高いなんてすごいなあ。
何人かクソガキが戯れ、それを見て親がゲンコツを喰らわす。
イニャスは指示を回し、一気に集計する。
「カノンソウ」と呼ばれる薬草で、豊富な草マナを含むこの薬草は非常に重宝されるみたいだ。
ヨモギに近い見た目をしている。
大抵の病気はこの薬草で直ってしまうみたいだ。
俺は気になる場面があったのでそれをシビルに質問してみた。
「母上、どうしてあの人は鞭で農家を叩いているのですか?」
「それはね、あの農家は仕事をサボって寝ていたから鞭で叩かれているのよ」
「そうなのですね」
ひでえな全く、居眠りくらい許してやれよ。
「いい?ジュディル?オベール家を背負うというのであればあの様に怠けてはいけませんよ。
クロエから話を聞いていますが今の様に精進を続けなさい」
「分かりました母上、もっと僕頑張ります!」
そうすると「ふふ」とシビルは微笑んだ。
サボりに対してはやっぱりこの世界は厳しいのだな。
今叩いていたのは誰だろう?俺の親戚かな??
後何故だろう、シビルの言葉からは業務臭さというか。
謎の違和感だ。
カノン草の収穫が終わった。
カノン草は一週間自然乾燥させる。
重さは、どっさり積み重なっている倉庫の中がスカスカになるレベルまでになるそうだ。
スカスカになったカノン草は加工し、世界中に販売するらしい。
それはオベール家において、かなりの収入になるらしく、収入の3割ほどがカノン草だそうだ。
そして家に帰る途中。
なぜだろう、両親との距離を感じる。
馬に乗ってシビルとイニャスの二人はそそくさと家に向かう。
俺はクロエが操作する馬に乗る。
なんというか、冷淡だなあと思った。
それは生まれたばかりのセヴリーヌに対してもそうだ。
この世界では当たり前のことではあるらしいのだが。
一方クロエは俺と血が繋がっている訳でもないのに親身だ。
クロエは俺に指導する合間を見て時々セヴリーヌのオムツを交換したりしているというのに。
なんだろうなあ。
そう思いつつ、俺は夕日を眺め、もやもやする感情を押し殺した。
今後どうなっていくんだろうか。
俺の人生は少しづつ動いていくのだろうか??
いや、様々なことが動いているじゃないか。
俺は頑張って、文字の読み書きも様になるようになってきたし、クロエにも努力が認められてきている。
大丈夫だ。