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お茶会にて



 ローザ公爵夫人から、帝国に入国した直後より水晶球で監視されていたと聞かされ、私は驚いた。


「水晶玉は誰でも見られるのでしょうか。」

「紫の瞳を持っていれば見られるわ。」

「紫の瞳?」

「…ドリーから何も聞いていないの?」

「はい…。」

「ふうん。ドリーは敢えて伏せていたのかしらあ?…まあ追々教えて差し上げるわ。ところで、とにかくあなたは今ここに居て、ダゴン王国の連中がエーデル姫だと思っているのは“写し身”…魔力で作った人形みたいなものってことまでは理解できて?」

「はい。わかりました。」

「そうしたら、今度はあなたのの話を聞かせてくれないかしら。馬車の中で脅迫されていたようだけど?」

「あ…!」


 あわてて立ちあがって、祖父の皇帝に頭を下げた。

「お願いします。ドリーを助けてください!私がしゃべったら殺されます!」


皆が顔を見合わせる。


「頭をあげなさい。エーデル。ドリーのことは心配いらない。暗部をさきほどダゴン王国に向かわせた。…ところで、ドリーの居場所に心当たりはあるかね?教えてくれたら探す手間が省ける。」

「はい。王宮騎士団本部の地下牢です。」


皇帝がシルバーニア公爵を振り返ると、彼はうなずき「すぐに連絡します。」と退室していった。


「さて。エーデル。ドリーが今生きているならば、必ず我が帝国の暗部が助ける。だから安心して何があったか話してくれ。」


皇帝の目にはきっぱりとした自信あふれる強い光が浮かんでいる。

絶対にドリーは大丈夫だという信頼と安堵の気持ちがあふれてくる。


「はい。おじい様。」


 私はどのような生活をしてきたか、なるべく感情は挟まないように簡潔に話をした。途中でシルバーニア公爵も戻ってきて黙って聞いてくれている。


話し終わると、話の途中から涙ぐんでいたローザ公爵夫人がいきなりぎゅっと抱きしめてくれた。

「頑張ったのね。つらかったでしょう。ごめんなさいね。もっと早くあなたのこと、調べさせるべきだったのに…ごめんなさいね。」


抱きしめられた胸の中があまりに暖かくて思わず涙があふれそうになったけれど、その時、バリン!と何かが砕ける音が響き、びくっとして涙が引っ込む。

恐る恐る振り返ると、レオナルドの手にはカップのハンドルだけが残っていて、カップ本体は粉々に砕け、かけらがテーブルの上に散らばっていた。

「レオナルド。魔力をここで暴走させるな。」

ヴォルト公爵の手にシルバーニア公爵の手がすっと差し伸べられ、彼の人差し指からハンドルを取り上げる。

「すみません。」

レオナルドがはっとしたように息をのみ一瞬うつむいたけれど、すぐに視線を皇帝に向けると同時に物騒なことを言い出した。


「陛下。ダゴン王国を今から滅ぼしに行ってもいいですか?」

レオナルドはそう言いながら、半ば腰を浮かしかけている。

「待て、待て、レオナルド。早まるでない。」

皇帝が苦笑して制止する。

「わたしの指図なしに勝手に1国を滅ぼさないでくれ。後が面倒だから。」

チッとヴォルト公爵の舌打ちが聞こえ、もう一度椅子に座り直しざま、私と目が合う。とたんに、さっと顔が赤くなり目を逸らされた。


…何?


「ともかく。」

 皇帝の声が部屋に響く。

「エーデルはダゴン国王から実子とは認められてないようだが、おかしくないか?ローザ。」

「ええ。ありえませんわ。お姉さまがダゴン国王以外の男と関わるとは思えません。」

「王の血を引く神託を下すクリスタル、か。…調べてみたいが…。シルバーニア、どうだ?」

「彼の国のクリスタルについては古い調査書が書物庫の奥にしまってあるはず。後で探してみますよ。現地調査が必要な場合は王宮奥の神殿ですよね?…さすがにあそこは警備も厳重でしょうから、どうしましょうか。」

「俺が行きますよ。」

「レオナルド?」

「この国で一番魔術を使えるのは俺だ。違います?俺ならどれだけ厳重な警備が敷かれていようとバレずに侵入できる。」

「…確かにそうだろうが……。クリスタルを調査するだけで戻ると誓えるか?」

「……。」

「誓えないなら、調査には行かせん。」

「ちっ。」

「でも、兄上。レオナルド以外だと現地調査には時間がかかりますよ。」

「まずは書庫の資料を見てから判断しよう。」


 皇帝とシルバーニア公爵、ライオネル皇太子が額を寄せ集めて何やら相談を始め、蚊帳の外に置かれた私はローザ公爵夫人に手を取られて部屋から連れ出された。


「ドリーは必ず助けるし、あなたの父親は確かにダゴン国王だと証明もするから彼らに任せて安心なさいな?…もっともあなたが確かにダゴン国王の実子と判定されても、あなたはもうあちらに帰れないでしょうけれど。」

「帰れないのですか?」

「帰りたい?」

「…わかりません。」

「そう。でも、帰りたいと思ったとしても難しいわね。…あなたの瞳の色が紫色だから。紫色の瞳をしているとわかっていたら、お姉様が亡くなられたときに、ダゴン国王から引き離してこちらで育てたのだけれどね…。」

「え?」

「…ああ、こちらがあなたが今日からしばらく生活する客間になるわ。あなた専用の部屋を用意させるのに1週間ほどちょうだいね?」

「え?」

「マリー。アンヌ。この2人がこの客間付きの侍女よ。何か必要なものがあったらこの2人に言ってちょうだい。」


 マリーとアンヌと呼ばれた若い侍女が深く頭を下げてくれる。

ローザ公爵夫人は、にっこりと私に微笑みかけてまたあとで、と退室していった。


「エーデル様、まずはお召替えなさいませんか?」

ニコニコと2人の若い侍女達が声をかけてくれる。

「ありがとうございます。…あ、でも、衣装は、ダゴン王国の皆が滞在している部屋だと思うのですが……。」

「心配はご無用でございます。皇帝陛下が用意されたドレスがございますゆえ。」


 その時、扉がノックされた。

マリーが扉の前に移動して誰何し、振り返って困ったような笑顔を見せた。

「ヴォルト公爵閣下でいらっしゃいます。入室をご許可なさいますか?」

「え、はい。大丈夫です。」

マリーが扉を開けると、腕にたくさんの真紅のバラを抱えたレオナルドが入ってきた。


「エーデル。ようこそ帝国へ。」

抱えきれないほどのバラの花束を渡されてドキドキする。

さっきはバラの花なんてどこにもなかったはず。こんな短時間で、どうやって?

「あ、ありがとう、ございます?」

受け取ったバラの花束を私共が生けますとアンナが持って行ってくれて、マリーがお茶を用意しますと声をかければ

「ああ、お茶は不要だ。…エーデルは疲れているだろうからすぐ退散するよ。」

レオナルドが優しい笑顔で見つめ、私の左手をそっと持ち上げて手の甲に接吻する。

ぼっ!と顔から火が出たかと…思った。

真っ赤になった私の顔をそっと見て、レオナルドが嬉しそうに微笑む。

「夕食の席でまた会えるのを楽しみにしているね。エーデル。それまで少し休んで?」



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