宰相の娘
ゴードン王はブランカ王妃を熱愛していたのに、どうしてレダーシアが生まれたのかのお話です。表現は控えましたがやや過激な描写があるため苦手な方はご注意ください。
わたくしはグレタ・バンダース。17歳よ。
父はこのダゴン王国の宰相であるバンダース公爵。
だから、王妃様や王太后様がいないこの王国で最も地位が高い令嬢と言ったら、わたくしのこと。
わたくしは最近、王宮に日参している。
お父様に昼食を届けるという名目だけれど、本当は違うの。
間もなく国王に即位されるゴードン様にお会いするため。
父は宰相だから、若き国王になるゴードン様と一緒に仕事されていることが多い。
お父様の所に行くと必ずゴードン様にお会いできる。
そしてゴードン様はわたくしが作ったクッキーやスコーンを美味しいって召し上がってくださるの。
ゴードン様とは幼い頃はよく一緒に遊んだりお茶会を愉しんでいたけれど、皇太子としての教育が多くなるにつれてお会いできる機会も減ってしまって。
父にゴードン様と婚約したいと何度もお願いしたけれど、ゴードン様がまだ決めるのは早いとおっしゃってダメだったの。
でも、絶対わたくしはゴードン様と結婚して王妃になるわ。絶対。
教育もマナーもダンスもそのために頑張ったんだもの。
ゴードン様が即位された。
大臣達も、国王には王妃が必要です。とゴードン様にうるさく言うようになって。
とうとうゴードン様も根負けしたのか、フェアリーリーフ帝国の皇帝陛下に即位の挨拶に行って帰ってきたら妃を決めるとおっしゃった。
早く、早く、帝国から帰っていらして。
お父様も王妃はわたくしだろうって言ってくださった。
貴族達にも根回しをしてくださったそうよ。うれしい。
それなのに。
ゴードン様の帝国滞在は予定より大幅に延期になり……。
何かあったのかと気をもみながら待って、待って。
ようやく帰国された彼を喜んで出迎えたら…。
彼の横には、あの女が居た。
プラチナブロンドの髪と紺色の瞳を持った帝国第一皇女ブランカ。
ゴードン様がわたくしには見せたことがない優し気な微笑みを彼女に向け、彼女をエスコートする。その態度には愛しくてたまらないという甘い空気に満ちていた。
……何で?
「ご、ゴードン様?」
「ああ。バンダース公爵令嬢。わざわざ出迎えてくれたのか?…ブランカ。こちらは宰相のバンダース公爵の長女グレタ嬢だ。王妃となる君に次ぐ身分だから社交界では彼女を頼るといい。…バンダース公爵令嬢。この女性はブランカ第一皇女。わたしの王妃に迎える人だ。よろしく頼むよ。」
「バンダース公爵令嬢?帝国第一皇女のブランカと申します。この国の社交界は全く存じませんので、これからどうぞよろしくお願いいたしますね?」
「ブランカ。疲れただろう?今日はもう休もう。」
わたくしの返事を待たず、ゴードン様はブランカを大事そうにエスコートして王宮の奥へと去っていく。
「帝国皇女を王妃様にお迎えできるなんて、なんとめでたい。」
「国民も喜ぶだろう。早く公布せねば。」
「結婚式の日取りも決めないと。これは忙しくなるぞ。」
真っ青になって立ち尽くすわたくしの周りが賑やかで皆うれしそうな顔をして動き回っているけれど…。
「グレタ。どうした?」
「お、お父…様…。」
わたくしは意識を失い、気が付いたら自室で寝かされており、心配そうにのぞき込んでいる父が居た。
「お父様!ゴードン様は、わたくしを王妃に迎えてくださいますよね?」
跳ね起きて父の腕にすがりつくと、父は苦しそうな顔をする。
「うっ。すまない。グレタ。ゴードン様はブランカ様に一目ぼれされ、皇帝に直訴して降嫁を勝ち取られた。帝国皇女が相手では勝ち目はない。お前が王妃になる芽は摘みとられた。」
「う、うそ!うそ!いや、嫌よ、お父様!いやあ!!!」
ブランカを見たくなくて、わたくしは病気と偽って王宮への伺候をやめた。
ブランカの友人第一候補だったらしいけど、誰があんな女と仲良くしてやるものか。
ゴードン様が一目ぼれしたなんてきっと嘘だ。
帝国皇女が強大国を盾にゴードン様を脅迫したに違いない。
そうよ。ゴードン様は国のためにやむなくブランカと結婚したのよ。
ブランカが王妃になり半年。
わたくしはどうしてもゴードン様を諦められなかったから…。
お父様に第二王妃または側妃になりたいとお願いしたけれど、帝国皇女がまだ懐妊していないのに新しい妃を迎えるのは帝国の感情を考えるとできないと拒否された。
代わりに高位貴族の縁談をお父様は何度か持ち込んでこられたけれど……。
わたくしはゴードン様以外嫌だった。
お父様が動いてくれないので、とうとうある日、王宮に一人で向かう。
子供のころからの遊び場。
勝手知ったる王宮の奥に向かっても顔見知りの衛兵ばかり。咎められることもない。
むしろ、お久しぶりですね。と微笑んで通してくれる。
そう。
この王宮はわたくしの庭なのよ。
わたくしが住むべき場所なのよ。
ゴードン様の執務室へまっすぐ向かいノックをすれば懐かしい彼の声。
許可を得て入室したら、たまたまおひとりだった。
「グレタ。あ、いや。失礼。バンダース公爵令嬢。久しいな?病を得て療養していたと聞くが、もう大丈夫なのか?」
…ああ、懐かしい、愛しい人の声。
「ご心配くださって…。ありがとうございます。」
「今日はどうした?…あ、もしかして、体調が戻ったから、ブランカのところに遊びに来てくれたのかな?」
「ち、違います!」
「うん?」
「あの……。ゴードン様にお会いしたくて。」
「わたしに?何か話でも?」
「わたくしをゴードン様の妃にしてくださいませ!」
「は?」
「ずっと、ずっとお慕い申し上げておりました。今でもお慕い申し上げています。だから、だから。」
「グレタ。落ち着いて!」
「だって、だって!」
わたくしは、ゴードン様に駆け寄りすがりついた。
「ずっと、ずっとあなただけを愛してきたのです!」
ゴードン様はわたくしを自分から引き離すと、困ったような顔をされた。
「すまない。君の気持ちには答えられない。」
「そ、それは。帝国をおもんばかってのことでしょうか。だったら、第二王妃でなく側妃でも構いません。おそばにおいてくだされば…!」
「ブランカが帝国皇女だから君を迎えられないんじゃない。わたしはブランカを愛しているから、彼女以外の妃は要らないんだ……。」
「そ、そんな……。」
「…未婚の令嬢と二人っきりは良くないね。屋敷まで送らせよう。…誰か!」
ゴードン様が机の上のベルを鳴らす。すぐに従僕が入ってきた。
「バンダース公爵令嬢を屋敷まで送っていってあげてくれ。」
「承りました。バンダース様、こちらへどうぞ。」
その後も何度かゴードン様の執務室に行って想いを訴えたけれど、やがて、政務に差し支えが出るからと執務室への入室を断られるようになり。
それからしばらくしてブランカが懐妊したらしい、とお父様が教えてくれた。
「まだ妊娠の兆候が見えたばかりでどうなるかわからないので安定期に入り公表されるまで誰にも言わないように。」
「そう、なのですか。」
お父様は、わたくしが王妃の懐妊を知ればゴードン様を諦めると思って教えてくれたらしい。
でも。わたくしにはチャンスが来たとしか思えなかった。
王宮に勤めている侍女たちの中には、わたくしに同情してくれている者が数人いて。
ゴードン様とブランカの様子を時々教えてくれていた。
ゴードン様とブランカは毎晩必ず一緒の寝室で寝ていたそうだけれど、ブランカに懐妊の兆候が見られたので念のため、今は寝室を分けていることも彼女たちから聞いた。
そう。今なら、彼を手に入れる絶好のチャンス。
ゴードン様の寝室がどこにあるか、わたくしは知っている。
幼いころ、何度もその部屋で彼と遊んだから。
わたくしはゴードン様の寝室に「眠りの香」を焚くよう、懇意の侍女に頼んだ。
彼女には「眠りの香」とは言わず、「王妃を案じてよく眠れていないようなのでリラックスできるようにハーブを選んだの。」と言えば、「なんて健気な……。」と感動されて。
その夜。
わたくしはこっそりとゴードン様の寝室に忍び込んだ。
「眠りの香」の煙が寝室に満ちている。
わたくしはまず用意しておいた媚薬…単なる媚薬ではなく、意識ははっきりしているけれど、6時間ほど身体が動かせなくなるというもの…を、眠っているゴードン様に口移しで飲ませた。
それから、「眠りの香」の火を消し、窓を開けて空気を入れ替える。
空気が入れ替わったらまた窓を閉じて。
震える手でゴードン様の服を脱がせて。
わたくし自身はドレスを胸元から引き裂く。胸元だけでなく、スカートの部分も手で。
そして、床にドレスを捨て、下着も無理やりはぎ取られた体でベッドの上に散乱させ、一糸まとわぬ姿になってから王のベッドに上がった。
愛しい人に呼びかける。
「ゴードン様。ゴードン様。起きて?」
「…う……。」
「ゴードン様。」
「ん……。朝か?……なっ!グレタっ!?なぜここに!?」
ゴードン様が跳ね起きようとして、もがく。
でも、媚薬が効いてるから……、指一本動かない。
「ゴードン様…。お慕い申し上げています……。」
「や、やめよ!やめろ!グレタ!」
わたくしはゴードン様と一つになった。何度も何度も。朝が来るまで。
「陛下、おはようございま…す…!?」
朝、いつも通り、朝の支度のために侍女が3人、ゴードン王の寝室に入った時、最初に目に入ったのは、散乱している破れたドレスや下着。
次に目に入ったのは、激しく乱れたベッドの上で眠っているゴードン王と涙を流してむせび泣いているバンダース公爵令嬢だった。
「バンダース公爵令嬢!?」
「ど、どういうことです!?陛下!?未婚の令嬢になんということを!」
侍女達の悲鳴が王の寝室に響き渡る。
うふふ。
侍女達はわたくしの思う通りに動いてくれた。
わたくしをシーツでくるんで客室の浴槽で綺麗にしてくれて、おいたわしいと泣いてくれて。
王妃に触れられないから欲望のはけ口にしたんでしょう、そんな酷い国王だと思わなかったと同情され。
それと大事なことだけれど、ベッドのシーツは赤く染まっていたから、わたくしが乙女を失ったことが誰の目にも明確だった。
ゴードン様は初め、わたくしが薬を盛ったと言い張っていたそうだけれど、破かれたドレスと寝室の乱れ具合からその言葉を信じる者はなく。
むしろ、襲っておいて令嬢に罪を着せるのかと糾弾され……。
特に、宰相であるわたくしの父が娘の純潔を散らされたと激高して先頭に立ったため、ゴードン様はわたくしに謝罪をしなければならなくなった。
そればかりか、王の子を妊娠したかもしれないとわたくしは王宮に部屋を賜り。
朝が来るまで頑張ったのでもしかしたら。と期待したとおりに、わたくしはほどなく懐妊がわかって狂喜した。
これで子が生まれたら少なくとも側妃になれる。
ゴードン様のおそばで暮らすことができる。
…そう思ったのに。
ゴードン様はあの夜以来、一度もわたくしと会ってくれなかった。
子が生まれたら…とそれにすがったけれど、レダーシアが生まれた時もその後も一度も会ってくれなかった。
レダーシアが生まれて1か月後、ブランカが病死したと聞いた。
それを聞いた時は歓喜した。
うれしい。きっとわたくしのところに戻ってきてくれる。そう信じていたのに。
それなのに。
第二王女の生母として離宮を賜ったけれど、賜ったといえば聞こえが良いけれど、軟禁されていて…、ゴードン様に会うために抜け出すこともできなかった。
贅沢な調度品に囲まれ、食事もお茶も何もかも王妃と同等の物が用意され。
侍女がすべて世話してくれて何不自由ない生活。
ドレスも宝飾品も好きなだけ買えたけれど。
社交界に出ることが許されず、ゴードン様に会うわけでもないのに、そんなものがあってもむなしいだけ。
…ああ、どうして。
どうして、ゴードン様は、わたくしを、愛して、くださらない……の?




