さらば、ダゴン王国
「お父様…。」
帝国への出発の日、私は父が引きこもった離宮を訪問した。
「エーデルか…。」
すっかり痩せて青白い顔をした父がソファに寄り掛かったまま迎えてくれる。
父の世話をしている従僕の話では、少ししか食事を取らず、自室に閉じ籠ったまま散策にも出ないため、どんどん体力が落ちているとのこと。
「帝国に参りますので、ご挨拶に伺いました。…あの、本当に一緒に行きませんか?」
私は父に一緒に帝国で暮らそうと提案したけれど断られている。
「行かぬ。…わたしはここでブランカを弔っていくつもりだ。…今更謝ってもブランカは許してくれぬかもしれぬが……。」
ふいっと父が私から目を逸らし、部屋の奥にかけられた大きな肖像画を見つめる。
そこには私にそっくりな容姿をした若い女性が白いバラの咲き誇る庭園で微笑む肖像画が掛けられている。
母に毒杯を渡した後、王妃ブランカが描かれている絵は父の命令ですべて燃やされたそうだけれど、母の一番お気に入りだったこの1枚の肖像画だけは燃やす決心ができず、父が普段使われない倉庫に隠しておいたのだそうだ。
この離宮に移る時、この絵を倉庫から探し出して自室に掛けさせたと聞く。
「エーデル。本当に今まで済まなかった。…ブランカを信じていれば……、いや、今更言っても仕方ないことだけれど……。せめて、これからのそなたの人生が幸せに満ちたものであることを祈る。」
「ありがとうございます…。お父様も、どうぞお体を大切になさってくださいませ。」
たぶんこれが今生の別れになるだろう父にカーテーシーを取ってから退室する。
父を恨んだこともあったけれど、今は、もうその気持ちも消えた。
離宮から王宮に戻ろうとして廊下に差し掛かった時、前方にレオナルドが歩いてくるのが見えた。
「あ、レオナ…。」
呼びかけようとして思わず絶句してしまったのは、突然、横の廊下からレオナルドに誰かが突進してきて彼の腕にしがみついたからだ。
「あれは…、レダーシア様では?」
隣に居たドリーが呆れたようにつぶやく。
「レオナルド様ああ!」
「なっ!触れるな!」
レオナルドはいきなり横からしがみつかれて驚愕するもすぐにそれがレダーシアであることに気付き、振り払おうと腕を振る。
ところが、レダーシアはがっつりと全力でしがみつき振り払うことができない。
「レオナルド様、お会いしたかった!わたくし、この国の王位継承を放棄しましたので、レオナルド様のところにお嫁に行きとうございます!」
「誰が、お前なぞを!」
レオナルドは容赦する気持ちをかなぐり捨て、ぶわっと全身から風を巻き起こし、レダーシアを吹き飛ばす。
「キャッ!」
レダーシアが吹き飛び、廊下の壁に激突して床に蹲る。
「れ、レオナルド様、ひど…。」
「私の名を呼ぶな!」
びくっと、レダーシアが肩をゆらす。
「今度呼んでみろ。その喉を焼いてやる。」
レオナルドがゆっくりと左手の平を胸のあたりで上に向けると、そこには火の玉が浮かんだ。
「ひっ……。」
レダーシアがごくりと唾を飲み込む音がする。
私はレオナルドに速足で近づき、火の玉を浮かべた左腕にそっと触れた。
「レオナルド様。お怒りをお収めくださいませ。」
私の声が彼の耳に入ったその瞬間、火の玉は消え失せ、レオナルドが私に振り返った。
極上の微笑み付きで。
「ああ、エーデル。もうお父上との面会は終わったの?」
「はい。終わりましたわ。帝国にもう移動できます。」
「そう。じゃ行こうか?」
「ま、待って!なんで、レオ…じゃない、ヴォルト公爵の隣にあんたが居るのよ!」
レダーシアの私を侮辱するような言い方に、レオナルドの顔がまた険しくなる。
「私の婚約者を侮辱するな。」
「こ、婚約者!?あんたなんか汚らわしい不義の子なのに!」
その瞬間、レオナルドの手から目がくらむ金色の光がレダーシアに飛んだ。雷撃…!
「ぎゃあ!」
レダーシアが感電して気を失う。
「レオナルド様…。」
「死んではいない。殺したかったけれど、ね?さ、行くよ。」
私はレオナルドに連れられて、ダゴン王国を去った。
彼の使役獣のグリフォンに乗せてもらって。
ちなみに今回連れてきた帝国騎士たちも使役獣を使うことができる者ばかりで。
ドリーも一人の騎士に乗せてもらったのだ。その騎士は、ドリーを地下牢から助けた者だという。




