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神託のクリスタル



「フェアリーリーフ帝国皇帝陛下!本当に御身が我が国に!?事前にお知らせいただければお迎えに参ったものを…!」


 ダゴン王国国王ゴードンは執務室に突然、転移で現れた人物を驚愕した瞳で食い入るように見入ったが、すぐにはっと相手が誰か気づいて、マーキュリー皇帝の前に玉座から転がり落ちるように駆け寄り、片膝をつく。


「帝国の太陽に、ダゴン王国国王ゴードンがご挨拶を申し上げる…。」


 挨拶を始めたゴードン王を一顧だにせず、マーキュリー皇帝は先ほどゴードン王が座っていた玉座にさっさと歩み寄り、その椅子にどかっと腰を掛けた。

 ゴードン王の顔色が変わり、何か言いたそうに口をはくはくさせる。

そこは自分の椅子だと言いたいのを我慢しているゴードン王の周囲では、貴族達が突然現れた複数の帝国騎士達にパニックになって、腰を抜かしたり悲鳴を上げ続けたりして見苦しい有様になっている。

その彼らを、皇帝に付き従ってきた帝国騎士達が「帝国皇帝の命令だ。」と全員、執務室から追い出す。

ゴードン王以外の全員が追い出された後、閉ざされた扉の前に騎士が立つのを見届けてから、皇帝が口を開く。


「久しいな。ゴードン。そちが即位の挨拶をしに我が帝国に来て以来…か?」

「は、はい…。あの、なぜ、突然前触れもなしにこちらへ?…もしや、エーデルが亡くなりましたか?」


 じっとりと冷や汗をかきながら、ゴードン王はいぶかしげな視線を皇帝に向ける。


「いや。エーデルなら無事だ。喜べ。」

「は?」


 ゴードン王の顔色が青くなっていくのを見ながら、くっと皇帝が意地悪い笑みを浮かべる。


「エーデル。」


 呼びかけられると同時に、扉の近くに控えていた頭から隠れるマントを着ていた者がマントを脱ぎ騎士にそれを渡した後で、一人の男性に手を引かれながら皇帝の方に歩いてきた。


「な!エーデル!?生きていたのか!?」

「その言い方は生きていたら不都合がある。と聞こえるな?」


皇帝が揶揄するように言えば、ゴードン王はぐっと詰まる。


「ゴードン。そちはエーデルの実父であるが、帝国皇女エーデルの暗殺を命じた主犯として王位を剥奪する。本来、皇女暗殺の主犯は極刑だが、命まで取らないのはエーデルの実父であるからの温情。これは我がフェアリーリーフ帝国皇帝からの命令だ。逆らっても構わんぞ。その場合、この国を滅ぼすまで。」

「ぐっ…。お待ちください!エーデルの実父と言いましたな!?そこだけは取り消してもらいたい!」

「なぜだ?」

「エーデルは不義の子だからだ!国王の不義の子は本来、赤子の時に殺される。それが決まりなのは帝国も同じでしょう。だから、不義の子の暗殺を命じたことへの罰として王位簒奪など、帝国といえど条理に反すると抗議するっ!」

「…哀れな。」

「何?」

「なぜ、エーデルを不義の子と決めつける?」

「神託のクリスタルが光らなかった!信託は絶対正しい!現に、レダーシアの時は光った!」

「神託のクリスタル云々の前に、なぜ、そちを愛して降嫁したブランカを信じなかった?ブランカはエーデルはそちの子だと言い張っていたはずだ。」

「神託のクリスタルは絶対正しいからだ!ブランカは私を騙そうとしたのだ!」

「そこまで、目が曇っていたか……。」


 マーキュリー皇帝がゆらりと立ち上がる。


「ゴードンを引っ立てよ。」

「はっ!」


ゴードン王の左右の腕が、屈強な帝国騎士につかまれ、踵を返した皇帝の後ろから引っ立てて付いて行く。


「ど、どこにわたしを連れて行く気だ!」

「騒ぐな。王宮の奥の神殿だ。」






 王宮の奥にある神殿に入ると空気が変わるのを感じた。

静謐で冷たい澄んだ空間。

神託を受ける場というのが素直に信じられる神秘な空間。

正面には高さ1メートルほどの八角錐の透明なクリスタルが高さ50センチほどの白い大理石台座の上に置かれている。


「ゴードン。このクリスタルに手を触れて魔力を流してみよ。」

「何?」

「そなたが確かにダゴン王家の者ならば、クリスタルは光る。」

「は?…このクリスタルは生後1か月の子供の判定にしか使えない。」

「何を言っている?」

「他国の者は知るまい。このクリスタルは生まれた子供が確かに国王の子供であるかどうかを判定する神具。赤子にしか使えぬクリスタルだ!」

「…国王の子供?」

「そうだ!そして、そこにいるエーデルは光らなかった!国王の子供ではない神託が下ったのだっ!」

「…なるほど。陛下。どうもダゴン王国は随分前から、このクリスタルについて正しい知識が伝えられていないようですね。」

 皇帝の隣で、エーデルの手をしっかり握っていた男性が呆れたようにゴードン王を見ながら割り込んでくる。

「そ、そなたは、確か、先日我が国にいらしていた?」

「レオナルド・ヴォルト公爵だ。エーデルとは先日婚約を結ばせていただいた。今後、よろしく。お義父上。」

「なっ…!」

「レオナルド、そんなことよりさっさと説明を始めよ。」

「承知しました。皇帝陛下。」


 帝国皇帝が合図するとゴードン王の両腕を拘束していた騎士2人が離れる。

ゴードン王は自由に動けるようになったけれど、金縛りにあったようにその場に立ちすくんで震える足を必死で踏ん張った。


「ゴードン王。帝国の古文書保管庫を調べたところ、このダゴン王国の神託のクリスタルについての調査報告書が見つかったんですけれどもね。」

「……?」

「その報告書によると、この国のクリスタルを光らせることができるのは、ダゴン国建国の王族の血が流れる者だとありました。」

「は!だから言っているだろう。エーデルは、王の血が流れていないと。」

「違います。ゴードン王。よーく聞いてください。王の血ではない。建国の王族の血です。」

「ん?」

「国王の子供であることを証明するのではなく、建国の王の一族の血が流れているかどうかを証明するクリスタルだということです。」

「……?」

「わからないですか。簡単に言えば、ゴードン王。あなたには建国の王の一族の血が流れていないと言っているんです。」

「なんだと!?」

「それを証明するために、皇帝陛下はあなたにこのクリスタルへ魔力を注げ、と命令されているのです。」

「何…?」


理解が追い付かず混乱しているゴードン王に、皇帝が再度、冷たい声で命じる。

「ゴードン。クリスタルに手をかざし、そちの魔力を注げ。白く光れば、そちには建国王の血が流れており、エーデルはそちの子では無いと言うそちの言い分を帝国は認め、先ほどの裁可は取り消そう。」

「うっ!わかった。その言葉、違えなきように。」


勝ち誇った顔をしたゴードン王がクリスタルに歩を進める。

両親からはこのクリスタルが光ったから皇太子として認めたという話を幼少の時に聞いている。光らないはずがない。わたしは父王の血…つまり建国王の血を引いているのだから!


「な、なぜ?」

ゴードン王の悲鳴が神殿に響く。

ゴードン王は必死で魔力を両手に集めてクリスタルに流し続けるも、クリスタルは少しも光らなかった。


「そ、そうだ!や、やはりっ!このクリスタルは赤子にしか反応せんのだ!」

「愚か者め…。レダーシアをここへ!」

「はっ。」


「やめて!何するのよ!第二王女のわたくしに乱暴狼藉を働くなんて。お前なんかお父様にお願いして死刑にしてやる!」

 扉が開かれると同時にキンキンと甲高い喚き声がして、両腕を帝国女騎士にがっつりと拘束された第二王女がひきずられるようにして入ってくる。

「お父様!」


「第二王女レダーシアだな?」

「あんた誰よ!?」

 さっと青ざめたゴードン王がレダーシアを慌てて制止する。

「れ、レダーシア!この方は、帝国皇帝であらせられる!ご挨拶を!」

「帝国皇帝?だから何?…あら。そちらにいらっしゃるのはレオナルド様?…いたっ!」

女騎士がレダーシア姫の腕の拘束を強め、その痛みにレダーシア姫は顔を歪める。

「レオナルド様あ、助けてくださいまし!」

その言葉に真っ青になったゴードン王を無表情に見ながら、皇帝が女騎士に命じる。

「レダーシアをクリスタルの前に。両手をクリスタルに押しつけよ。」

「仰せのままに。」


 女騎士2人がレダーシアをクリスタルの前にひきずっていき、両手の平を無理やりクリスタルに当てさせる。

その瞬間、弱いながらも白くクリスタルが発光した。


「もう!何なのよ!離しなさいよ!」

レダーシアが女騎士から身をよじって抜け出し、レオナルドに突進してきた。

彼の隣に誰が居るかも考えず。

レオナルドの腕に触れようとした瞬間、

「触れるな!」

一喝され、またもやレオナルドの身体からぶわっと突風が巻き起こり、レダーシアは吹き飛ばされて扉に背中を激しく打ち付け意識を失った。


「レオナルド、加減をせよ。…レダーシアを自室に連れて行き軟禁せよ。」

皇帝が呆れたようにレオナルドを見やった後で、女騎士達に命じれば、女騎士の一人が軽々と意識を失っているレダーシアを肩に担ぎ、神殿から出ていく。

扉が閉まると同時に静けさがまた戻ってきた。



「…レダーシア姫の母グレタ様は、先々代国王の第二王女が祖母でしたね?つまり、グレタ様も王家の血を引いているのでこのクリスタルに触れれば白く発光するでしょう。そのグレタ様の子供のレダーシア姫もこの通り、発光した。」

 レオナルドが再び口を開けば、ゴードン王の顔色が青を通り越して白くなっていく。



「嘘だ!わたしは確かに父王の子のはずだ!」

 悲鳴のような大声が響き、ゴードン王がクリスタルに抱きつくようにして魔力を流し始める。


「わたしはダゴン王家の者だ!光れ!光るんだ!」


 クリスタルの周りをぐるぐる回りながら、狂ったようにあちこちに手を当て魔力を流し続けていたダゴン王だったけれど、とうとう疲れ切ってがくりと座り込む。

「信じぬ。…わたしは信じぬ!」

うわごとのようにつぶやきながら。


「ゴードン王。真実を明らかにしましょう。私は先日ここに滞在した際、神殿に潜入し、このクリスタルを調べさせてもらいました。その時に台座の下に魔石が砕け散った砂を見つけました。」

「…砂?」

「魔石が役目を終えて砕け散った後の砂には魔力の残滓があります。私は砕け散る前の魔石が何の目的で作られたものか、残滓から調べました。」

「……。」

「その結果、砕け散る前の魔石は、『魔力を注いだら白く発光する』役目が籠められたものだと判明しました。」

「…白く、光る…。」

「そうです。ゴードン王。さて、私はそれだけでなく、先代国王夫妻について彼らを知っている引退したこの国の老貴族達からも情報を集めました。その結果、私は先代国王夫妻が不仲だったことを知りました。特に、先代王妃は一時、不貞を疑われていた。」

「嘘だ!」

「とはいえ、先代国王はあなたがクリスタルに触れたとき確かにクリスタルが白く光ったのを確認したと祝賀のパーティで、はっきり皆に宣言したそうです。そのため、その噂は立ち消えたと。」

「そ、それなら?」

「ですが、それはクリスタルが光ったのではなく、クリスタルの下に置かれた魔石が白く発光したのです。その光を先代王はクリスタルの発光と思い込んだのですよ。」

「な、何?」

「先ほど、『魔力を注いだら白く発光する』魔石が砕け散った砂をここで見つけた、と話をしたでしょう?ここで使われたから砕けたのです。…さて、我が帝国には魔道具となる魔石を売る国立の店がある。それはご存じですね?ゴードン王が生まれる直前から生まれた後半年間の販売記録を調べました。そうしたら、ゴードン王が生まれた数日後、『大至急、この髪の毛の持ち主が魔力を注いだら白く光る魔石を作ってくれ。光るのは1度だけで良い』という注文が入っていました。」


 ゴードン王がぎょっとしたようにレオナルドを見る。


「魔石を白く光らせるだけなら簡単だし売っても問題ない。注文された翌日には魔石を依頼者に納品したそうです。…言わんとしていることがわかりますか?…おそらく、髪の毛はゴードン王あなたの髪の毛だ。」

「そ、そんなこと、そんなこと、あるわけが…。」

「信じられないですよね。…ということで。私も真実が知りたいから作ってきました。過去、この場で何が起こったかを見ることができる魔石を。」

「な…!?」

「ゴードン王、あなたがクリスタルの神託を受けたのは、今から40年前の3月15日。間違いないですね?」

「あ、ああ。40年前の2月15日に生まれているからそのちょうど1か月後に神託を受けさせてもらったはずだ…。」


レオナルドが満足そうにうなずく。


「では。このクリスタルの周囲に人が居る場合という条件で、ゴードン王が神託を受けるべき日の前日、40年前の2月14日。そして、翌日、ゴードン王が神託を受けるために入ってきた時。という2つの時間軸で過去の投影をしてみましょう。」


レオナルドがポケットから手の平大の青い魔石を取り出すと古語で詠唱する。

すると、魔石がふわりと浮かび天井近くで停止すると神殿の白い壁に映像を投影し始めた。


 神殿の中が暗い。

どうも夜みたいだ。

扉が静かに開かれる音がして灯りが神殿の中を照らす。

若い男女2人が周囲を伺いながらこっそり入ってきて扉を閉めた。


「…母上?」

ゴードン王が小さくつぶやく。


「ベイル。魔石をここに。」

若い女性がクリスタルの台座の上にある装飾の彫刻のくぼみを指し示す。

「クリスタルの真正面でいいのかい?バネッサ。」

「ええ。ゴードンの手を押し当てる直下に置いた方が魔力が通りやすいでしょう。…この魔石は透明で小さいもの。台座の飾りだと思って気付く者はいないと思うわ。」

「それもそうだね、バネッサ。ゴードンが魔石を光らせたらこの魔石は用済み。細かな砂になってしまうから絶対にバレないだろうし。」

「ええ。ベイル。クリスタルが1度光れば後は問題ないわ。王の子として一度認定されたらもう疑われることはない。」

「悪い人だ。バネッサは。」

ベイルと呼ばれた若い男性が、バネッサを抱きしめて口づけを落とす。

「ベイル…、だめよ、ここでは。」

「ふふ。わかっているよ。バネッサ。」

「…明日クリスタルが光ったように見えれば、わたくし達の子が次代の王。愛しいベイル。あなたの子が王になるのよ。」

「ふふ。信じられないなあ。」

「さ、もうここには用はないわ。早く戻らなくちゃ。ここにわたくし達が居たことがバレないように…。」

2人がお互いに抱き合いながらくすくすと笑い合いつつ扉を開けて出ていくと神殿の中が真っ暗になった。


そのまま水晶は暗転し、やがてまた明るくなる。


今度は、神殿の中に日差しが差し込んでいるので朝になっているようだ。

扉が大きく開かれ、3人の男女が入ってきた。うち2人は王冠をかぶっているので先代国王と先代王妃だろう。もう一人は慣例通りなら宰相と思われる。

王妃の腕には赤子が抱かれていた。

彼らはクリスタルの前まで進み正面に立つ。先代国王が先代王妃に声をかけた。


「バネッサ。ゴードンの両手をクリスタルに押し付けるのだ。」

「はい。陛下。」


バネッサはゴードンがクリスタルの方を向くように抱きなおすと、クリスタルの前で跪き、膝にゴードンを座らせて彼の両手をクリスタルの下の方にぎゅっと押しつけた。

とたんにクリスタルが白く輝く。


「おお!光りましたな!」

宰相が嬉しそうに声をあげ、先代国王も複雑な顔をしつつもうなずいた。

「うむ…。神託はゴードンが我が子であると告げたか。」


その時、ゴードンが泣き出した。


「あらあら、ゴードン。どうしたの?あら?オムツかしら…。陛下、もうよろしゅうございますか?」

「ああ…。もうゴードンの手をクリスタルから離し下がって良い。」

「承知しました。」


 バネッサが泣きわめくゴードンを大事そうに抱えて神殿から出ていく。


「ゴードンはわたしの子…か。」

「陛下。…お疑いでしたか?」

「ベイル・グラッセ子爵。バネッサのお気に入りで王妃の部屋にしょっちゅう出入りしているのをつかんでおる。奴の子ではないかと疑ったのだが。だから、本来は王が我が子を抱いてクリスタルに触れるべきところを王妃に抱かせて触れさせたのだ。」

「バネッサ王妃もこのクリスタルのことはご存じのはず。さすがに不貞は働かないかと思いますが…。何より確かにクリスタルは白く発光しました。」

「そうだな。…少なくとも第一子はわたしの子を産む義務があるという分別はあったようだ。…とはいえ義務は果たしてもらった。今後、王妃とは夫婦生活を送るつもりはない。…ゴードンは王妃から引き離し、乳母の元で育てるように。」

「グラッセ子爵は?」

「ほっておけ。王妃がペットの1匹や2匹連れ込んでも構わん。」

「は。」


 先代国王は神殿から出ようと踵を返し、ふと、クリスタルを見やる。


「王?」

「いや、何でもない…。」

マントが翻った時、白い粉が舞ったような気がしたけれど。






「…まやかしだ。」

過去の投影が終わると同時に天井付近に浮かんでいた青い魔石は砕け散り、白い粉が周囲に舞うその中で、ただの白い壁に戻った壁をにらみつけながら、ゴードン王がつぶやく。

「わたしは…わたしは…先代国王の……実子、の…はずだ…。」


「この魔石にはまやかしを映す機能はつけてない。それにベイル?なんて我が帝国が知っているわけないではないか。子爵位の外交に出てこないような他国の下っ端の貴族の名前なぞ知る必要もない。」


 ぐっとゴードン王が詰まる。

かくいうゴードン王もベイル子爵のことは知らない。

投影時、どこかで聞いた名前だと思っていたけれど、ようやく思い出したのは、自分が10歳位の時に、「ベイル!ベイル!」とベッドで母が泣き伏していた日のこと。

母の号泣を見たのはその時が最初で最後だったから、記憶に残っている。

「ベイルって誰?」と乳母に聞いたけれど、乳母は教えてくれなかったし、その後、その名前を聞いたことが無いので、今の今まで忘れていた。


「わたしの…父は……。」

がっくりと膝をつき、うなだれてしまったゴードン王を見おろしながら、レオナルドがまた口を開いた。


「それと、もう一つ。ゴードン王とエーデル姫が実の親子かどうかを調べるための魔石も作ってみた。」


 はっとしたように涙で濡れた頬をそのままにゴードン王が頭を上げる。


レオナルドがポケットから別の魔石を取り出す。手の平に2個、赤い魔石が乗っている。

「これ。血のつながりがある者同士が1個ずつ握ると両方の魔石が赤く光る。えーと、利用回数は10回くらいかなあ?」


皇帝に1個、レオナルドは石を渡して「握ってくれます?」と頼む。

「全くお前は、皇帝使いが荒い奴だな。」

苦笑しながらも皇帝が赤い魔石を握ると、レオナルドも魔石を握りこんだ。

と、2人の手のひらから赤い光があふれだす。


「俺の祖母が皇帝陛下と従妹同士なので遠いけど血縁関係あり。だから光る。…で、君。ちょっと皇帝陛下から魔石をもらって握ってみて?」


 一番近くに立っていた騎士が皇帝に近づき、うやうやしく皇帝から魔石を受け取るとぎゅっと握りしめた。

レオナルドもぎゅっと握っているけれど、何も起こらない。


「うん。私と彼は血縁関係が無いから光らない。…ありがとう。魔石を皇帝陛下に返してくれる?で、エーデルはこれを握って?」


 私はレオナルドから魔石を受け取って握りしめる。

と、赤い光が皇帝陛下と私の手からあふれる。


「…よし。君は皇帝の孫だから光って当然。…さて。ゴードン王。」


 ゴードン王がびくっとして飛び上がる。


「皇帝陛下から魔石を受け取り、握れ。」


皇帝が魔石をゴードン王に突き出し、ゴードン王は震える手でそれを受けとる。


「エーデルと親子だったら、赤く光るはずだ。」


 ゴードン王は無理やり渡された魔石を見下ろす。

握って、光らなかったら?うつろな目であたりをきょろきょろしていると、


「ゴードン。早く握れ。」

 皇帝がイラついた声で命じてきた。

どうとでもなれ、と、目をぎゅっとつぶって、魔石を握りしめる。


「お父様…!」

 エーデルの嬉しそうな声が聞こえ、恐る恐る目をあけると手のひらから赤い光があふれているのが見えた。


「ほら。やっぱり実の親子じゃないか。」

レオナルドの呆れたような声が響く。


追い打ちをかけるように皇帝の声が低く響く。

「なぜ、ブランカを信じなかったのか。…愚か者め。」





 その後、ゴードン王は退位し、先代王の弟の息子がダゴン王国の王位に即位した。

本当の退位の理由は明らかにされず、ただ体調の悪化とのみ伝えられ、ゴードン王は離宮に引きこもった。


 ゴードン王の第二王女レダーシアは帝国皇帝への不敬罪で母が軟禁されていた離宮に幽閉。王位継承権も剥奪された。


 第一王女エーデルは、帝国法の「紫の瞳を持つ王族は帝国にて王族としての義務を果たすべし」という条文に従って、皇帝の養女となり第六皇女と正式に発表されることになった。



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