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レオナルドとエーデル



「…そう、意識を集中させて。うん、うん。ゆっくりそのまま手を動かせば、その玉も同じように動くから…、ああ、上手よ!」


 私、エーデルは意識不明の重体とダゴン王国には伝えられたけれどそんなことはなく。帝国皇宮の奥宮で匿われながら、魔術の練習を始めていた。

はじめはレオナルド様が教師になってくれると聞いたけれど、彼は何かの調査のために外国に赴いてしまったので、ローザ叔母様か、皇帝弟シルバーニア公爵のどちらかが毎日、教えに通ってくれている。

 今は、自ら生み出した直径10センチほどの水でできた玉を空中に浮かばせて動かす練習をしている。

一番初めは魔力を体内で動かしその流れを感じることから勉強が始まり、それが理解できれば後は何をしたいのかを意識して詠唱すれば魔術が発動する。

慣れれば詠唱しなくても発動するそうだ。

 まだ魔力を使うことに慣れていないため、疲れもひどいし、集中力が落ちればすぐに発動した魔術は消えてしまうけれど、何もないところから何かを作り出せるのがおもしろくて1日中魔術の練習をしてしまい、皆に呆れられている。

「普通だと魔力切れを起こすので終日練習できないはずなんだけど。あなたの魔力はかなり多いようね?」

と。


「あ!」

余計なことを考えたせいで、集中力が途切れ、水の玉がはじけて消える。


「エーデル様、ローザ様、そろそろお休みになりませんか?お茶の支度ができてございます。」

その時、後ろから声がかかり、振り向く。

「わあ、ありがとう。ドリー。」


そう、ドリーが先日、帝国の暗部に助けらだされて私のところに戻ってきてくれた。

地下牢で体調を崩したのに無理して帝国に向かってくれたため、再会した時はその顔色の悪さにとても心配したけれど、皇宮付きの治癒魔術師が治癒をかけてくれ、数日ゆっくり休んでもらえば回復も早く、もっとゆっくり休んでほしいと頼んだのに拒否されて、もう私の侍女としてバリバリ働いてくれている。


 帝国に16年ぶりに帰国したのだから実家のご両親、兄弟、さらにはお友達と会ってくればいいのに、とローザ叔母様も勧めてくれたけれど、1晩実家に泊まっただけでその翌日にはもう復帰してきた。

友人達とは帝国に居れば社交の場で再会できるからわざわざ挨拶に行く必要は無いとも言い張って。


 ちなみに、ローザ叔母様はドリーに、

「エーデルが生まれたとき、帝国に知らせをくれたわよね?その時、どうして紫の瞳の王女が生まれたと知らせなかったの?」

と怒っていた。

「申し訳ございません。ブランカ様から絶対知らせないようにと口止めをされておりました。紫の瞳を持っていたら帝国に取られてしまうから。と。」

「まあ、そうだけれど…。でも、ブランカ姉様が亡くなった後は知らせるべきだったわよね?」

「はい。そうしたかったのですが、幽閉されており、お知らせする術がございませんでした。」

「…おかしいわね?あなたからエーデルの近況報告が半年に1度、ちゃんと王宮に届いていたのよ。ライオネルお兄様があなたにそう命じたそうじゃないの。」

「…ライオネル皇太子さまが?存じません。手紙を実家に出すことさえも許されておりませんでしたし…。」

「…!そう。じゃ、ダゴン王国の誰かがあなたの名前を騙って皇帝陛下を騙していた、ということね?」

「そういうことになりますでしょうか……。」


 由々しき事、皇帝陛下に偽りを14年間も続けるなど。と、ローザ叔母様はプリプリ怒りながら、「父皇帝に申し上げてきますわ。」と退室していく。


「ローザ様は昔から少しもお変わりございませんねえ。幼いころから直情型のせっかち姫でした。」

 目を細めながらドリーが微笑む。

「ローザ様はブランカ様によく甘えてらっしゃいました。ブランカ様といつも一緒にいるわたくしにも身分の差を感じさせずもう一人の姉のようにつきあってくださったのですよ。」

「そうなの?でも、わたくしもローザ叔母様は大好きよ。」


その時、扉がノックされたので急ぎドリーが誰が来たのかを誰何しに行く。

「ヴォルト公爵閣下です。入室をご許可なさいますか?」

「はい。入っていただいてください。」


 レオナルドが入室してきた。

彼の腕には小ぶりな白いバラの花束が抱えられている。

「エーデル。このバラは君の母君ブランカ様がとても愛されたバラだそうだ。ダゴン王国から少し分けてもらってきた。」

「え?ダゴン王国に行ってらしたのですか?…あれ?片道1週間はかかるのに?」

混乱して首をかしげれば

「ああ。使役獣のグリフォンに乗って飛んでいけば1日もかからないんだよ。」

「そ、そうなのですか。…バラ、ありがとうございます。お母様が好きだったバラなんてうれしいです。」

「まあ。その香り。ブランカ様の居間に良く飾られていたバラでございますね。香りで思い出しました。…エーデル様、バラをこちらに。寝室に飾っておきますわ?」

「ありがとう、ドリー。お願いします。」

 ドリーがバラの花束を受け取って退室していく。


…あれ?レオナルド様と2人きり?

え?異性の方と2人きり?


ふと、レオナルド様と目が合えば、彼の顔が少しだけ赤く染まっているように見える。

2人きりと思ったら、途端に恥ずかしくなって私も顔がぼっと熱くなる。


「ふ…。緊張しなくても大丈夫だよ。エーデル。ん、と。でも、庭に出ない?」

「え、はい、そうですね。はい。」

「ふふ。慌てないで。…お手をどうぞ。皇女殿下?」

「こ、皇女、ですか?」

レオナルドが差し出した左手に右手をそっと重ねると、彼が手をぎゅっと握ってきたので、心臓が大きく鼓動する。

「あれ?まだ皇帝陛下から聞いてなかった?皇帝陛下の養女になって、第六皇女…、ローザ様の妹の立場…になるはずなんだけど。」

「いえ。まだ何も…。」

「そうか。でもほぼ決定のはずだよ。紫の瞳を持っているから、ね。」

「紫の瞳…ですか。」

「それも聞いてない?」

「紫の瞳を持つのは皇帝一族の血が濃く、魔力が多いと聞きましたが…。」

「うん。そう。皇帝一族の血が濃いのはともかく、魔力の多さと使える魔術の種類の豊富さが他の魔術師と一線を引く。だから、紫の瞳を持つ者はこの国で暮らすことが法で決められている。」

「そ、そうなのですね…。」

「嫌?」

「そんなことは…ないですけど…。まだ…わかりません。」

「そう…。」


 レオナルドがエスコートしてくれた場所はまだ私が来たことが無い庭園で、初めて見る花々が咲き乱れていた。

バラよりも豪華な、幾重にも花びらが重なった重たげな花々。

「わあ。綺麗…。何という花ですか?初めて見ました。」

「芙蓉、というんだ。この皇宮でしか育てられていない。」

「芙蓉、ですか。一輪だけでもとてもボリュームがある花なんですね?素敵。」

「そう。気に入ってくれたなら良かった。」


 ゆっくりと芙蓉が咲き乱れる遊歩道を歩いていくと、やがて小さなガゼボに到着する。

「ここは芙蓉に360度囲まれて、どこを見ても綺麗ですね!」

「うん、そうだね。でも、君の方がずっと綺麗だ…。」

「え?」


 レオナルドが突然、私の前に片膝を立てて跪き、私の左手をそっと手にとって口づけしてきた。

「れ、レオナルド様!?」

レオナルドが顔をあげ、まっすぐに私の目を見ながら口を開く。

「エーデル。俺と結婚してくれないか?」

「え?…ええ!?」

「初めて君を見たとき、君に恋をした…。」

「れ、レオナルド、様?」


 じっと静かに私の返事を待っているレオナルド様の顔を見て、私はもうパニックだ。

そういえば、初めて会った日から彼は私の側にいつも付いていてくれたっけ。

え?好きだったから側に居てくれた…ってこと?


「エーデル?答えをくれないのかい?」

「あ、あの!わたくし、自分の気持ちがわからなくて?」

「俺が嫌い?」

「そ、そんなことはありません!でも、あの、結婚とか考えたことが無くって。」

「…なるほど。では、まず、恋人なら、なってくれる?」

「…友達から、じゃダメなのでしょうか。」

「だめ。」

「え?」

「友達なんて、我慢できない。君がそれほど好きなんだ。」


 熱のこもった視線が私の心を射抜く。


「わたくしで良いのでしょうか…。」

ぽろりとこぼれた本心。

「うん?」

「…ご存じのように、わたくしは王女として育ったわけじゃありません…。」

「教養とかそういうことを気にしているの?」

「はい。」

「…そんなことは関係ない。と言いたいけれど、君はもっと自信を持っていい。」

「え?」

「君を育てたのは誰だ?」

「ドリーです。」

「そう。ドリーだ。ドリーを君は何だと思っている?」


私ははっとした。

ドリーは。そう。ドリーは、この帝国の第一皇女の乳姉妹。

この帝国で最高の教育と教養を与えられた皇女と同じレベルの淑女なのだ。

その彼女に育てられた私は。


レオナルドが立ち上がり、私をそっと左手で軽く抱きよせ、右手で髪を撫でてくれる。


「ねえ。エーデル。君に一目ぼれしたって言ったでしょう?容姿だけで一目ぼれするほど、俺は安っぽくない。君の立ち居振る舞いはとても高貴で美しく、その瞳には深い叡智が宿る。俺は君のその叡智を湛えた瞳を見て恋に落ちたんだ。」

「あ…。」


私の目から知らずに涙が一粒こぼれた。


「エーデル!?ごめん。君を傷つけるようなことを言ってしまった?」


レオナルドが焦った声を出す。


「いいえ…。うれしくて。」

「ん?」

「ドリーを褒めてくれたのが…。認めてくれたのが…、嬉しくて。」

「エーデル。」


ダゴン王国ではドリー以外、誰も私を褒めてくれなかった。

むしろ重箱の隅をほじるように欠点を探し出し叱責される毎日だった。

ああ。

ドリー以外で最初に私を認めてくれたのは、レオナルド様、なんだ。

暖かな何かが心の中にほわっとあふれ出る。


「…わたくしもレオナルド様が、好きです…。」

「エーデル!」

「きゃっ!」


レオナルドが私を力いっぱい抱きしめてくる。


「うれしいよ。ありがとう!エーデル。…君を大事にするから。絶対に幸せにするから。だから。結婚して?」

「もう…。恋人から、じゃなかったんですか?」


なんだか子供っぽいところあるんだな、と思わずくすくす笑いがこぼれる。


「結婚は…まだ考えられない?」

「…いいえ。…でも、少し、時間をください。」

「時間?」

「まだ14歳ですし…。」

「あー!忘れてた!…そっか。君はまだ14歳か…。帝国では16歳になるまで結婚できないんだったー!」

「くすくす。…そういえば、レオナルド様は今何歳なんですか?」

「…26歳。」

「え?公爵様なのに、そのお年でまだ決まった方いらっしゃらないのですか?」

「これはという令嬢に会えなくてね。むしろ身分と金と名誉を目当てに群がってくる女ばかりですっかり嫌になっていて。周りからは女嫌いの公爵だと言われている。」

「そ…、そうなのですか。…でもあの、後継のこととか…で、皇帝陛下から縁談はございませんでしたの?」

「無い。」

「どうして?」

「紫の瞳を持つ皇族はこの国に縛られる代わり、あらゆる特権がある。その特権の一つが伴侶を自由に選べる。というものなんだ。」

「え…。」

「紫の瞳を持つ者は強大な魔力を持つと言ったでしょう?意に染まぬことをやらせて、その魔力が暴発したら、辺り一面が灰燼と化す。だから…。」

「灰燼の悪魔…。」

「え?」

「10年ほど前にノースランド王国をたった一人で滅ぼした魔術師が、灰燼の悪魔と呼ばれているとドリーが教えてくれたことが、ふとよぎって…?」

「…ああ。…それ、俺。」

「え、ええええ!?」

「…怖い?」

「いえ。…何か事情があったのでしょう?」

「…まあね。…いつか話してあげるよ。」

「お気が向いた時にお願いできますか。」

「うん。」


その時、辺りが騒がしくなった。


「あ、君を探しに侍女達が来るようだね。…君と2人で過ごしていたかったのに残念だ。いったん皇宮に戻ろうか。愛しいエーデル。」


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