ダゴン王国の魔術師事情
荒々しく第二王女の部屋から自室に戻る途中、バンダース公爵は先ほどの突風を思い出していた。
「本当に、帝国の魔術師の魔力は強い…。我が国にはあれほどの魔力持ちがいないのに。全く不公平だ。」
弱小国こそ優れた魔術師が喉から手が出るほど欲しいものを。
優れた魔術師は皆、帝国の出身。
それだけでなくさらに羨ましいのは彼らが魔力を籠めて作る魔石。
身につけるとカイロの代わりになるものや、水筒代わりに水がしみ出すもの、暗くなると勝手に光り出すものなど、普段の生活にあれば便利な魔石。
そして何よりも、炎を噴き出す、爆発する、雷撃が落ちるなど、兵器として使える魔石。
どちらも、各国が喉から手が出るほど欲しいものだけれど、魔術師一人一人がオーダーを受けて1個ずつ手作りしているため、帝国に行って注文するしかない上、兵器になるような魔石は原則として売ってくれない。
旅行中に山賊や魔獣に会った時に身を守るため用かつ1度だけの使い捨ての魔石なら買えないことは無いが非常に高価なので、護衛を雇った方が安くつくから買い求める者は少なく、大量に買おうとしたら帝国に目を付けられる。
各国だって、優れた魔術師をなんとかして確保しようとし、自国の魔術師を大事にしてきた。魔術師同士での婚姻も奨励という名の強制がなされている。遺伝により生まれてくる子供の魔力が高くなることを祈って。
けれど、なぜか、帝国にいるような魔力が強い魔術師はめったに生まれてこない。
そして彼らに魔石を作らせようとしても魔力が弱すぎて使い物になる魔石を作れない。
我がダゴン王国も。だ。
しかも、なぜか、帝国では様々な属性の魔力が使える魔術師が多いのに、帝国以外の国の魔術師はその国によって使える属性が限られている。
我がダゴン王国の魔術師の属性は治癒。
とはいっても、手足の欠損を治せるほどの力は持っていないし、死に至る病は治せない。毒を盛られた場合も解毒できる場合とそうでない場合がある。それでも、死に至らない傷や病は短時間で治せるため、王家と軍隊にとっては大事な人財。
彼らは全員、王宮魔術団に所属し自国から出ることは許されていない。
…西方の隣国イースタン国は水属性の魔力持ちだったな。
だけど攻撃できるほどの水を生み出せるわけではなく、一度にせいぜいコップ1杯の水を生み出せる程度の力しかない。ただ、その水は聖水と呼ばれ、振りかけた場所には一定期間、魔獣が近づかなくなる効果があるから、それなりに重宝されているようだ。
そもそも、魔術師はどうやって生まれるのだろう?
魔術師同士で結婚させても生まれてくる子供たちがすべて魔力を持つわけではない。
魔術師が魔力を持たない一般人と結婚した場合よりも魔力を持つ子供が生まれる確率が高くなるので、遺伝するだろうと推察されているが、ごくまれに突然、市井に魔力を持つ子供が生まれることもあるのだ。
その場合はその子供を親元から引き離し(大金で買い取り)王宮魔術師団が保護する。
そういう子供がどうやって生まれたか調査しても両親はもちろん親類にも魔術師が居ないと言う結果になることがざらで、遺伝だけでは説明できない。
それなのに。なぜ、帝国は、強大な力を持つ魔術師が多く継続して生まれるのだ?
ヴォルト公爵が生み出した強風。あれはおそらく加減されている。
本気で魔術を発動したら、宮殿を壊すくらいの竜巻を作り出せそうだ。
我がダゴン国だって、そのような強い魔術師が欲しい。
ヴォルト公爵のような強い力を持つ魔術師が数人でもいれば、帝国にこれほど卑屈になる必要はないだろうに。
もちろん、バンダース公爵とて、帝国が魔術師だけで強大になったとは思っていない。
帝国は領土も人口も、周囲の国の何倍、何十倍とある。
その上、世界最強とされる帝国軍には魔術師は含まれていない。
原則として、帝国は魔術師を戦場に出さない。
ノースランドを滅ぼしたのが、たった一人の魔術師というのは例外中の例外。
だから、帝国と他国が戦う時は通常の兵士の戦いだけれど、帝国軍は人数が多いだけでなく、その数多い兵士の中で切磋琢磨しているから一人一人が非常に強い。
まともに帝国とやり合おうとする国が最近少なくなっているのは、同じ兵数だとしても勝てる見込みがないとわかっているからだ。
帝国に対抗できるとしたら、東方の気性が荒い騎馬民族国家のウォリアーズ国くらいだろう。
ウォリアーズ国は血縁にこだわらず、王位は決闘で強い者が奪い取る、弱肉強食をモットーとする民族。
好戦的で何度か帝国に挑んでいる唯一の国だ。
使い物にならないと魔力を重視せず、武力を重視しているが、平気で人を裏切る民族なのでこの国と仲良くしている国はほとんどない。我がダゴン王国もウォリアーズ国とはつかず離れずの関係だ。
バンダース公爵は何度考えても解決策が見つからない苛立ちを感じつつ深いため息をついた。
そういえば、ヴォルト公爵達はなぜ今、ダゴン王国に居るのだろう?
あちこち旅行で回っているとは言っていたが。
エーデル姫が帝国に留め置かれているのに帝国に留まらなくても良いのだとしたら、帝国では重要な人物ではないのかもしれないな。