エーデル暗殺事件の顛末
私、エーデルは、ダゴン王国から来た皆が私そっくりの“写し身”…魔石を魔術で人間の形にしたもの…を私だと思って馬車に乗せて皇宮から去っていくのを皇帝の私室の窓から見送った。
「あの“写し身”ってすごいですね。まさか話もできるなんて思いませんでした。」
「作成者の魔力が多くないとしゃべる“写し身”は作れないんだけどね。瞳が紫の我らなら簡単に作れる。」
「…わたくしもそのうち作れますか?」
「エーデルなら大丈夫!」
「ダゴン王国とのごたごたが片付いたら、魔術を教えるから頑張ろうね!」
「はい。楽しみです!」
シルバーニア公爵やローザ公爵夫人が励ましてくれる。うれしい。
私は昨夜、紫の瞳を持つ者が帝国で大事にされる理由をおじい様の皇帝から教えてもらった。
紫の瞳を持つ者は帝国の始祖の血が濃く魔力が膨大なのだそうだ。
使える魔術も強力になる。そのため、帝国の優位性をゆるがせないため、始祖の血を外に流出させないため、紫の瞳を持つ者は帝国の外に出さない決まりがあるとか。
私の母は紫の瞳では無かったからダゴン王国に降嫁が許されたんですって。
そして、私の瞳が紫だと知っていたら、ダゴン王国の第一王女とはいえ彼の国の王位継承権を剥奪し帝国皇女として育てたと言われた。
「全く、なんでお前はブランカの葬儀の時に姪っ子と直接会わなかったんだ。会えば紫の瞳とわかってその場で引き取ってこられただろうに。」
「そうは言いますけどね、父上。あの時、エーデルは高熱で寝込んでいると言われたんですよ。赤子の負担になるって言われたら引くしかないじゃないですか!」
…なんて、おじい様の皇帝陛下と伯父様の皇太子殿下が今更の口喧嘩を始め。
そこに、呆れたような皇帝弟シルバーニア公爵の声がかかる。
「兄上。水晶玉を見ないのですか?そろそろ、彼らがならず者を雇った地点に馬車が差し掛かりますよ?」
「おお、もうそんな所まで行ったのか。」
口喧嘩を止めて、みんなが水晶玉の周りに集まる。
私も一緒に見せてもらった。
なんて綺麗に映るんだろう。
ハリー侯爵達を載せた馬車の行列が草原の中を走っていくのが見える。
窓からすぐそこを眺めているみたい。
感心して見ていると、突然、ならず者の大声が聞こえて思わずびくっと飛び上がる。
「ひゃっほー!貴族の馬車だな!?金になるものを置いていけえ!!」
そこからの光景は酷いものだった。
私の姿をした“写し身”が侍女に短剣で刺されたときは、自分が刺されたわけではないのに思わず悲鳴を上げて床に崩れこみ、ローザ公爵夫人…違うわ、ローザおば様が慌てて背中をなでさすり、別室で休むか聞いてくれたけれど…、最後まで見たかったので、ローザおば様の手に縋ったまま顛末を見続けていた。
ハリー侯爵達が全員捕縛され、帝国騎士団が用意した馬車に押し込み皇都に向かって戻っていくところまで見てから不思議に思っていたことを聞いてみる。
「あの。“写し身”はどうなったんですか?」
「魔石に戻った。剣または弓矢が刺さったら解除されるようにしておいたので。手の平大の丸い石だから馬車から転がり出て草原のどっかに落ちたと思う。魔力の残滓を辿れば回収は可能だけど、役目を終えた魔石は砕けて砂になる。砂になったら特に使い道も無いからそのままほっとく。」
レオナルドが教えてくれた。
そのレオナルドだけれど、私と目が合うたびに少し顔が赤くなって目を逸らされるのはなぜかしら。
ハリー侯爵達が皇宮に連れてこられて貴族牢に入ったと帝国騎士が報告してきた。
これから尋問して、暗殺は彼の単独行為なのか誰かに命じられたのか調べると言う。
魔術を使って頭の中を直接覗き込むから嘘をつこうと思ってもつけないし黙示もできないそうだ。
見ていて気持ちが良いものではないので一緒に来てはダメだと言われた。
「どんな真実でも…教えてくださいますか?」
頼めば、皇帝陛下…おじい様は少し複雑な顔をしたけれど、そうしよう、と約束してくれる。
ハリー侯爵達が引き戻された翌日。
おじい様から皇帝の私室に呼ばれた。
私だけでなく、紫の瞳を持つ王族全員が揃っている。
ローザおば様に招かれて隣に腰をかけると、おば様が優しく肩を抱いてくれ、おじい様が気遣うように声をかけてきた。
「ダゴン王国から来た者達全員の記憶を覗いてそなたの暗殺事件の全貌がわかった。…ただし、エーデル。そなたにはつらい話となるが、本当に聞きたいか?」
膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめて、うなずく。
「はい。おじい様。真実を知りたいです。これからここで生きていくためにも。」
「…わかった。」
暗殺を命じたのは、お父様のダゴン国王自身だった。
14歳になるまで殺されなかったのは帝国に行かせなければならなかったから。
帝国に行く前に死んだら必ず、帝国の調査が入る。
帝国の暗部は優秀だからなぜ死んだかを必ず突き止めるだろう。
帝国から来た王妃の忘れ形見を殺したことがわかったら、きっと、ダゴン王国は滅ぶ。
でも、お父様は私が成人するまで生かすつもりは無かった。
成人したら正式に王の跡継として社交界にデビューしなければならないから。
帝国から来た王妃の娘で第一王女の私が次代の女王になるのが当然で。
だけれど、王妃の不義の子、自分の実子でない子に王座を絶対に渡したくない。
だから、成人前に命を奪う予定だった。
その最も良いタイミングが今。
帝国内での暗殺。
しかも、帝国貴族が雇った山賊に襲われて死亡したのであれば、その山賊を野放しにした帝国の落ち度。
帝国からは賠償金をもらって国庫を潤し、自分の跡継は溺愛している実子の第二王女レダーシアに渡す。
それが目的の暗殺劇だった。
「…わたくしはやっぱり、お父様の血を引いていないのでしょうか…?」
「いや。それはありえない。」
「ええ。お姉様…、いえ、亡きブランカ王妃は不義を働くような女性ではないわ。あんな小さな国に降嫁した理由はダゴン国王を愛されたから。わずか1年で心変わりするはずもなし。」
おじい様とローザおば様が断言される。
ブランカ王妃から定期的に届く手紙には、ダゴン国王と一緒に居られて幸せだとのろけがたくさん書いてあったのだと。
「でも、神託のクリスタルは光らなかった…と…。」
「クリスタルについては現在、調査中だ。レオナルドからは面白い仮説も聞いている。確かなことが判明次第、そなたにも話そう。」