お食事
夕食時、セーレに起こされたマイア。
彼女は身だしなみを整えてダイニングルームへ向かう。
扉が開いて最初に視界に飛び込んできたのは、上座に座るジョシュアだった。
ジョシュアはマイアを見て口を開く。
「俺の隣へ。……しかしマイア嬢、ずいぶんと綺麗になったな」
「へ!? い、いえ……その、ありがとう、ございます……?」
まともに褒められたことのないマイア。
直球な誉め言葉に思わず戸惑ってしまう。
真っ赤になる顔を隠しつつ、彼女はそれとなくジョシュアの隣に座る。
「先に言っておくが、毎日夕食を共にできるわけではない。多忙な時は王城で寝泊まりしているからな。しばらくは屋敷で過ごせると思うが……」
「いえ、お構いなく。ジョシュア様がお仕事に集中するための契約結婚でしょう? それに、こうしてわずかな時でも一緒に過ごしてくださって嬉しいです」
「……寂しい思いをさせてしまうな」
ジョシュアは険しい顔をして言った。
契約結婚なのに相手を気遣うとは、やはり彼は優しい人だ。
ふと入り口から、香ばしい匂いが漂ってくる。
扉が開くと、サービスワゴンに乗った料理が次々と運ばれてきた。
前菜が次々とテーブルに並べられていく。
マッシュルームのマリネ、トマトとチーズのカプレーゼ、リンゴのカナッペなどなど。どの料理も宝石を思わせる輝きを放つ。
(これ、私が食べてもいいの……?)
豪華な食事を前に、マイアは硬直した。
実家ではパンくずや野菜の芯を食べて育ってきた彼女。
これが普通の貴族の食事だと言われても、いまいち実感が湧かない。
そんな彼女をよそに、ジョシュアは食事を始める。
「マイア嬢、食べられないものはあるか?」
「あ、いえ! 本当に私がいただいてもいいんですね?」
「もちろん。不満があれば言ってくれ」
意を決してマイアはナイフとフォークを手に取る。
食事作法は恥ずかしくない程度には復習しておいた。
まずはマリネから手をつけ、口に運んでみる。
「ん゛」
マイアの身に起こった事態。
それは硬直。彼女はしばらく咀嚼して飲み込んでから硬直した。
目を見開いて固まる彼女を見て、ジョシュアは咄嗟に立ち上がった。
「おい、どうした? まさか喉に詰まったか……!?
いますぐ水を……」
「おいしい……!」
「は?」
「お、おいしすぎます!!」
こんなに美味しい料理は食べたことがない。
マイアの硬直は衝撃ゆえのもの。
決して喉を詰まらせたわけではなかった。
淑女たる振る舞いすら忘れて、マイアは感激してしまっていた。
広がる豊かな風味、奥深い味わい。
伯爵家で妹のコルディアさえも食べられないほどの、一流の料理。
マイアは急速に空腹感を刺激され、破竹の勢いで料理を食べ始めた。
「そうか。美味いのならばよかった。
喉に詰まらせないよう、気をつけて食べてくれ」
心なしかジョシュアの表情は和らいでいた。
料理人の腕が褒められたということもある。
しかし一番彼を喜ばせているのは、マイアが幸せそうに料理を食べる姿。
マイアが幸せそうに食べてくれるだけで心が和やかになった。
今の彼女はどう見ても細い。
この調子で食事を続けてくれれば、健康を取り戻せる。
白くふわふわとしたパンを口に詰め込んでいる様子を見ると、マイアはかなり腹が減っていたのだろう。明らかに年齢に見合っていない食事量が、彼女の細い体から見て取れた。
やせ細るほど食べられない環境など、貴族ではあり得ない。
(アランは上手く密偵を手配できただろうか)
ジョシュアは思案する。
マイアはハベリア家でどのような待遇だったのか、徹底的に調べさせるつもりだ。
支度金を送る約束をハベリア家と交わしている。
ジョシュアもマイアの様子を見るまでは、すぐにハベリア家へ支度金を送るつもりだったが……どうやら少し考えなくてはならないようだ。
夕食の時間はゆったりと過ぎ去っていく。