マイアの部屋
「こちらがマイア様の部屋になります」
部屋──それはマイアにとって、実家のボロ小屋を想起させる言葉だった。
しかし今案内された部屋は、小屋の何倍も広く豪華だ。
部屋のど真ん中に置かれたキングサイズのベッド。
ふかふかの真っ赤な絨毯。
絢爛豪華なシャンデリア、クローゼット。
「……え、これ私の部屋ですか!?」
「そうですが……不満でしたか?」
「い、い、いえとんでもありません! 私には充分すぎるお部屋です!」
あまりの広さに引け目さえ感じてしまう。
これでもエリオット公爵家の中では中程度の部屋。
しかし、マイアからすれば王族の部屋に思えてしまう。
今まで暮らしていた小屋と比較すれば、あまりに格が違いすぎる。
マイア視点では全てが天国に見えていた。
「え、えっと……セーレ様でしたっけ?」
「セーレで構いません。敬語も必要ありませんので。
公爵様の妻として、相応の品格で振る舞ってください」
「はい、わかりました……あ、じゃなくて。わかったわ」
ぎこちない様子で返答するマイア。
彼女の様子を見て、セーレはため息を吐く。
悪い噂ばかりのマイア嬢。
正直、彼女がジョシュアに嫁ぐことはやめてほしかった。
セーレが公爵家に忠誠を誓っているからこそ、悪評ばかりの令嬢に近づいてほしくなかったのだ。今は大人しそうにしているが、そのうち本性を現すに違いない。
「ところでマイア様。お荷物はどちらに?」
「荷物? これです……じゃない。これよ」
小さめの鞄をマイアは差し出す。
茶色で古ぼけた鞄だけ。
取っ手は今にも千切れてしまいそうで、見るに堪えない。
「はい? これだけですか? これが鞄ですか?」
「えっと……これしかなくて。すみません」
ばつの悪そうに視線を逸らすマイア。
ボロボロの鞄を受け取ったセーレは違和感を覚えた。
あまりに中身が軽いのだ。
「中身はお母様からもらったヘアピンとか、けがした時のための絆創膏とか……」
「な、なるほど。お着替えなどはこちらで用意いたします」
「まあ、お洋服を買ってくださるなんて……ジョシュア様は寛大なのね」
「いえ、当然のことだと思いますが」
どうにもマイアの感性はずれている気がする。
ここに至ってセーレは強烈な違和感を覚えはじめた。
とても伯爵令嬢とは思えない。
ましてや夜な夜な豪遊している令嬢などと。
思えば主人のジョシュアも、社交界の付き合いが面倒でわざと悪い噂を流している。もしかしたらマイアも同じなのでは?
しかし、「あなたは悪評高いですが、その噂は本当ですか」などと質問できるわけがない。
とりあえずマイアがどんな人物かは、使用人として仕えることで見極めようとセーレは思うのだった。
「マイア様。夕食前にお風呂に入るよう、旦那様が仰っていました。参りましょう」
「おふろ……」
風呂。
それもまた、マイアにとって馴染みのない代物だった。
実家では風呂など入ることはなく、冷たい水のタオルで身体を拭くだけ。
それどころか家の風呂を焚く手伝いをさせられていた始末だ。
「マイア様は……すごく磨いたら光りそうですものね」
「磨いたら光る? あ、お掃除をするの?
私も手伝うわ、掃除は得意だし」
「どうしてそうなるんですか……」
令嬢なのに掃除が得意とはいったい。
今セーレが言ったのは、マイアの容姿について。
今は髪もボサボサで目の下のクマも酷いが、しっかりと容姿を整えればかなりの美人になる。
ジョシュアもそれを見抜いていたのだろう。
少なくとも容姿に関して、マイアはジョシュアの妻に相応しい。
セーレはそう思うのだった。




