決断
「……さて。コルディアといったか」
夜会後、すぐにジョシュアは地下室へ向かった。
拘束されたコルディアに冷ややかな視線を向けて。
マイアは連れて来ていない。
彼女の心労を慮れば当然のことだろう。
ただし、マイアからコルディアの処遇をどうしたいか聞いている。
「ご、誤解ですわジョシュア様! 私は決してジャック殿下を傷付けようなどとは……」
「わかっている。あの傷害は故意ではなかったのだな?」
「は……はい!」
顔を上げたコルディア。
一聞すると、ジョシュアがコルディアの言い分に理解を示したように見えるだろう。
しかし、彼はそこまで甘くない。
「だが、ポンセ公を傷付けようとした事実は変わらない」
「ぁ……いえ。その、それは……」
口ごもるコルディア。
今回の夜会はどれも悪いことばかりで、今だって来たことを後悔している。
だが彼女の根底では、まだどうにかなると楽観的な考えがあった。
「意思がどうであれ、王族を傷付けた時点で爵位の剥奪は免れないだろう。今回はあまりに目撃者が多すぎた。夜会への不法侵入も相まって、ハベリア家を庇う者はいないだろうな」
淡々と言い放ったジョシュア。
彼の態度に反して、言葉の中身はすさまじく重いものだった。
爵位の剥奪。
それはコルディアを含め、両親までもが貴族でなくなることを示す。
見下していた平民への降格。
コルディアの理性を再び奪うには十分な絶望だった。
「そ、そんな……私はマイア・ハベリアの妹よ!? ハベリア家が貴族でなくなるのなら、あなたは平民と結婚するってことでしょ!?」
コルディアの糾弾に、ジョシュアは眉を顰めた。
今の言葉は聞き捨てならない。
「いいや。マイアはすでに我が家の人間。そして俺の妻だ。ましてや彼女を虐待し、蔑んでいた君たちの家に……どうこう言う権利があると思うか? 一家もろとも打ち首になって当然の不敬だ」
怒気の籠ったジョシュアの語調にコルディアは息を呑む。
目の前の憎たらしい女を、本当ならジョシュアは許したくない。
王族に傷を負わせたことにかこつけて、死罪にしてやってもいいくらいなのだ。
「だがな。マイアはお前の命までは奪わないでくれと言った」
「え……?」
たとえ虐待されてトラウマを植え付けられても。
どれだけ屈辱を味わった過去があっても。
マイアは語った。
今は亡き母から、人に優しくできる淑女になりなさいと。
そう言われたことを。
だからマイアは彼女の意思に従って、ハベリア家の命を助けることを選んだ。
妻の意思ならば尊重すると、ジョシュアは判断を下した。
そうして心根が優しいマイアだからこそ、ジョシュアも彼女の願いに応えたくなるのだ。
「感謝するといい。マイアがいなければ、君たち一家は滅んでいた。命は保障しよう」
「な……何よ! お姉様の何がそんなに……私の方が美しくて、愛想もよくて、ずっと綺麗なのに!」
頭を抱えて喚き散らすコルディア。
人は合理的な反論ができなくなったとき、感情に身を任せる。
今の彼女がまさにそれだった。
客観的に見て、どう考えてもマイアの方が貞淑な人物だ。
どの点を取ってもマイアの方が上だとジョシュアは思う。
自分の妻だから、ひいき目に見ているのかもしれないが。
「……もはや何も言う気が起きんな。とにかく、俺の要求は一つ。
今後、二度とマイアに関わるな。彼女は俺の妻で、最愛の人。彼女を苦しめるようなら……俺は容赦せん。せいぜい彼女の目に留まらぬ場所で生きていくことだな」
吐き捨て、ジョシュアは踵を返す。
彼の目線に合わせて、衛兵たちがコルディアを連れ出した。
ジャックはジョシュアの判断に任せると言ってくれた。
だからこそ、最大の被害者であるマイアに決断を下させるべきだ。
彼女が公爵の妻として相応しく、また国に必要な人間だと認知された以上……もはや婚姻に異を唱える者もいないだろう。
「もうすぐ……式を挙げるか」
ジョシュアは帰り際、静かに呟いた。