舞踏
騒動も落ち着き、いよいよ舞踏の時間がやってきた。
ジャックも手早くワインで汚れた礼服を着替える。
とりあえずコルディアは別室で拘束しておいて、処遇は後ほど決めるつもりだ。
マイアとジョシュアは、広間の外側からダンスの開始を待っていた。
「色々とあったが、マイアが認められて俺は嬉しい」
「私もジョシュア様の妻となることを認められて、とても嬉しく思います。……あ、ジャック殿下とエイミー様ですよ!」
歓声に迎えられ、主催者の二人が姿を現した。
ジャックとエイミーは笑顔で礼をして、準備完了の合図を楽団に送る。
奏でられたのは優雅な音色。
ピアノとバイオリンが折り重なった、心地よい音楽である。
カドリールに合わせてジャックとエイミーが手を取り、足をさばき始めた。
王族と公爵令嬢だけあって、とても手慣れている様子。
くるくると舞台を舞う二人は気品に満ちている。
「さすが……お二人は本当に綺麗ですね。私も踊れるでしょうか……」
「マイアの気品は誰にも劣らん。俺が保証しよう。さて、出ようか」
徐々に他の貴族たちも踊り始めていた。
ジョシュアもマイアに手を差し伸べて舞台へ飛び込もうとする。この夜会に参加してから、マイアの勇気は急速に成長しつつあった。
だから怖くない。
「はい、いきましょう!」
躊躇わずジョシュアの手を取った。
今まで浮かべていた微笑も、今は本当の笑顔に変わって。
花のような笑顔でジョシュアと踊る。
楽団が奏でる音楽に足を合わせて。
ジョシュアの動きに合わせて。
練習したとおりに、いや練習以上に洗練された動きを。
(楽しい……!)
心のままにダンスを披露する。
貴族の人々は、美しいマイアとジョシュアの舞踏に釘付けになっていた。
ジャックとエイミーに引けを取らない優雅さだ。
「マイア。今の君は……とても綺麗だ」
ジョシュアは踊りながら囁いた。
直球な誉め言葉も、今のマイアは受け止められる。
彼の言葉は決して建前ではなく、本心なのだと。
「ジョシュア様もとても素敵です。こうしてあなたと踊ることが、私の幸せです」
ハベリア家で絶望の只中を彷徨っていたマイア。
自分がここまで幸せになれるなんて考えたことすらなかった。
一生社交界に出ることもなく、家族の踏み台として生きていくのだと……ずっと思っていたのに。
今は誰よりも幸福だと、高らかに断言できる。
そんな自分を救ってくれたジョシュアに対して、あらんかぎりの感謝と愛情をこめて。
彼女は踊り続けた。
***
「いやあ、輝いているねマイアさん。ジョシュアと並べる令嬢なんて、今まで見つからなかったのに」
ジャックは華麗に踊るマイアを見て呟く。
隣のエイミーもどこか誇らしげに頷いた。
「初めて彼女に会ったとき、確信したのです。彼女は間違いなくジョシュア様に寄り添える人間だと。私の読みは正しかったようですね」
ハベリア家は今回の一件により、確実に没落するだろう。
しかしマイアはジョシュアの妻として輝きを見せ、そして治癒能力という希少性をも見せつけた。
彼女はすでにエリオット公爵家の人物であり、ハベリア伯爵家の人物ではない。
彼女が報われて本当に良かったと、ジャックは心の底から思った。
「さて、そろそろお開きかな? ジョシュアのことだし、夜会が終わったら彼は真っ先に帰るだろうな」
「今度ばかりは護衛をつけずに外に出るような真似、しないでくださいね?」
「はは……わかってるよ。ありがとう、エイミー」
先日の一件を忘れたわけではない。
ジャックは何かと命を狙われることも多いだろうし、公爵のジョシュアとて例外ではない。そんなとき、マイアが寄り添っていてくれたらと思う。
初々しく、しかしながら仲睦まじい様子のジョシュアとマイアを見て、ジャックは踵を返した。




