交流
「ジョシュア・エリオット様、ならびにマイア・ハベリア様のご入場です!」
案内人のアナウンスとともに、マイアは足を踏み入れる。
デビュタントといえば聞こえはいいが、あいにく彼女は社交界にそこまで興味がない。
ただジョシュアの婚約者として振る舞うのみ。
(見られているわね……)
迷いなく進むジョシュアに対して、マイアは周囲の反応を気にしていた。
周囲の貴族はどこか値踏みするように彼女を眺めていたのだ。
一部ではひそひそと囁く声も聞こえてきて。
「あの方が噂の……?」
「ジョシュア様の婚約者だなんて、どういう風の吹き回しかしら」
「でも、思ったより綺麗な人だな」
「妹君のコルディア嬢よりも美人では?」
……などなど。
良い印象もあれば、悪い印象もありそうだ。
疎外感を感じるマイアの腕を、ジョシュアがそっと抱き寄せた。
彼は何も語らないが、こうして近くにいてくれるだけで温もりを感じる。
まずは最奥へと向かう。
主催者であるジャック王子が待っていた。もちろん隣にはエイミーの姿もある。
「やあやあ、ジョシュアにマイアさん。みなさんに紹介しよう。こちら、エリオット公爵夫人となるハベリア伯爵令嬢だ」
「ごきげんよう。マイア・ハベリアです。以後お見知り置きを」
事前に練習したように、マイアは笑顔を浮かべて挨拶する。とにかく好印象を持ってもらうことが大事だ。
「彼女はご覧のとおり淑女だが、社交界に出るのは初めてだ。エイミーの友人でもあるので、その辺は承知しておいてくれ」
ジャックはさりげなくマイアを立ててくれた。
王族の言葉の信頼性は高い。
ジャックがマイアを淑女だと言えば、少なくとも表面上はそういう扱いになるのだ。
今の一言でマイアに興味を持った人も多いだろう。
「さ、そういうわけで参加者は大体そろったかな? それじゃあ挨拶の時間にしようか」
ダンスの前に、それぞれの貴族の交流が行われる。
この夜会に参加しているのは上流貴族ばかりなので、マイアにも遠慮なく話しかけてくる者も多いだろう。
あらかじめ起こりそうな事態はジョシュアから聞いている。とにかく笑顔で話し続けるのがマイアの役目。
挨拶が始まると、ジョシュアは先んじて他の貴族に声をかけにいく。
「ごきげんよう」
と同時に、さっそくマイアに声がかかった。
美しい銀髪の少女だ。
「わたくし、リボー公爵令嬢のアンヌと申します」
「はじめまして。マイア・ハベリアと申します」
「なんだか、わたくしが抱いていた印象と違いますね。ああ、よい意味でですよ。わたくしの婚約者であるアシルも、普段からジョシュア公と仲睦まじくいらっしゃいますのよ」
ジョシュアと仲のいい勢力であれば、とにかく粗相がないように接する必要がある。マイアはくすりと微笑んだ。
「でしたら、これからも仲良くしたいですね! 私、社交界に出るのが遅く……色々と知らないことが多いのです。アンヌ様にもたくさん教えていただきたいことがあります」
「ええ、なんでもお聞きになって? でも、わたくしが知っていることなんて、ほとんどジョシュア公が知っていらしてよ」
「そうですね! ジョシュア様はとっても物知りなんです! わからないことは何でも教えてくれますし、私が辛い時には寄り添ってくださって……でも多忙な方ですから。自分で学べることは自分で学びたいです! ジョシュア様の妻として恥ずかしくないように」
マイアの言葉を聞くアンヌは目を丸くしていた。
彼女の言葉の節々から、ジョシュアへの愛が滲み出ているのだ。また、ジョシュアも普段から彼女を愛しているような口ぶりで。
評判の悪い女マイアと、冷酷公爵のジョシュア。
この組み合わせからは考えられない語り口だった。
「ふ……ふふっ。なんだかマイア様って、とてもおもしろい方なのですね。ジョシュア公もそういうところに惹かれたのでしょうか」
とにもかくにも、マイアが噂のような悪人だとは思えない。
マイアとアンヌが和気藹々と話している光景を見て、次第に他の貴族も興味を持ち始めたようだ。
そんな彼女を横目に観察しつつ、ジョシュアはそっと微笑んだ。
(上手くやれているようだな、マイア)
どうやら自分が助太刀する必要はなさそうだ。
そう思い、ジョシュアは他の貴族のもとへ歩いて行った。




