夜会へ
「うぅ……」
夜会当日。
マイアは緊張していた。
エイミーからいろいろ教えてもらって、緊張しないと決心したのにもかかわらず。
なにせ自分は評判の悪い人間だ。
おまけに社交界に出たことがない。
そんなマイアが、いきなり公爵夫人として紹介されたらどうだろう。周りの貴族はきっといい顔をしない。
「マイア様、お時間ですよ」
「セーレ……わかっているわ。今行く」
だがしかし、ジョシュアを待たせるわけにもいかず。彼女は着慣れていないドレスを入念にチェックした。
そんな彼女を見て、セーレは微笑んだ。
「大丈夫です。マイア様の近くには旦那様がいてくださいますから。マイア様はいつも通り、普段と変わらない振る舞いを」
「そうよね……うん、大丈夫。だって私には誰よりも優しいジョシュア様がついているのだから!」
マイアの役目は最初から変わらない。
ジョシュアの妻として振る舞うこと。
笑顔を浮かべて愛想よく振る舞えばいいだけなのだ。
「ねえセーレ、笑顔はどうかしら?」
マイアは愛想のよい笑みを浮かべた。
「はい、とってもかわいらしいです! これはジョシュア様も大好きになってしまうのも納得ですね!」
「そ、そう? じゃあ……この足さばきは?」
続いて、マイアは今日の夜会に向けて練習したダンスを披露する。セーレに教えてもらったのだ。
ジョシュアに迷惑をかけないよう、できるだけ完璧なダンスを身につけたはず。
「はい、とっても綺麗です! これは他の貴族の方々を圧倒してしまうかと!」
「ふふ……セーレは褒め上手ね。でもありがとう。あなたのおかげで少し自信が持てたわ」
準備は万全だ。
あとは全力でエスコートに応えるだけ。
「それでは行ってきます」
「はい、お気をつけて」
セーレに見送られ、マイアは馬車に向かった。
***
二人は馬車に揺られていた。
目の前には、車窓から街を眺めるジョシュア。
御者台にはアランが乗っていた。
おもむろにジョシュアが口を開く。
「……マイア」
「は、はい! なんでしょう!」
「たとえ今回の夜会で君が失敗しても、俺がカバーする。ダンスはセーレから習ってきただろう?」
「はい。まだまだ未熟ですが、ジョシュア様についていけるようにがんばります!」
ジョシュアはうなずいた。
今回は堅物公爵が婚約を交わしたということもあり、注目度も高いだろう。
マイアに衆目が集まって緊張するに違いない。
だから予め安心するような言葉を、ジョシュアはかけておいた。
「今日は君の悪評を払拭できるチャンスだと考えている」
「私の悪評を?」
「俺もマイアが噂通りの悪女ではないと、親密な者たちに流布するつもりだ。今後、君が大手を振って貴族たちと交流できるようにな」
「でも、そんな簡単に評価が覆るものでしょうか?」
「ふっ……公爵の一声は伊達ではない。必ず、君が優しく素敵な女性であると証明してみせよう」
「ジョシュア様……ありがとうございます」
ジョシュアは柔らかく笑う。
そこに冷酷公爵の影はなかった。
***
会場は巨大な屋敷だった。
他の参加者が招待状を確認される中、ジョシュアは顔パスで中へ入って行った。
マイアもまた笑顔を浮かべて隣に歩く。
「お待ちしておりました。エリオット公爵閣下と……婚約者のハベリア伯爵令嬢様ですね。どうぞホールにお入りくださいませ」
受付はジョシュアの隣に立つマイアを見て、一瞬言い淀んだ。
噂のように醜悪な女ではなく、美麗な女性が立っていたからだ。
しかし、ジョシュアの隣に立つ女性となると……婚約者と噂されているマイア嬢しか思い浮かばない。
「さあ、行くぞマイア」
「はい」
ジョシュアにエスコートされて、舞踏会の舞台へと。
煌びやかな光が広がる世界にマイアは踏み込んだ。