縁談
「あら、マイア。なに、そのみずぼらしい服は?
ハベリア伯爵家の令嬢がそんな服装なんて恥ずかしいわ」
「……申し訳ございません」
本邸に向かったマイアを真っ先に出迎えたのは、義母の罵倒だった。
ソファでくつろぐ義母シャニアの隣には、妹であり義母の実子であるコルディアの姿もあった。
父は母子の向かい側のソファに座り、眉をひそめてマイアの姿を見ている。
「あらお母様、今日ばかりはお姉様を咎めるのはやめてあげましょう?」
マイアに厳しい視線を向ける母親に対して、コルディアが哀れむように言う。
「だって今日はお姉様にとって、おめでたい日だもの。ねえ、お父様?」
「うむ、そうだな」
おめでたい日……その言葉に違和感を覚えたマイア。
何かを祝われたことなど、母が亡くなって以来なかった。
むしろ誕生日ごとに嫌味を言われてきたほどだ。
いつまで生きているの、いい歳して汚らわしい……などと。
「そもそも、お姉様がそんな汚らしい身なりで屋敷に来なければよかったのですけどね?」
「…………」
心中でため息をつくマイア。
こうして妹や母親から誹りを受けることは慣れている。
言葉での暴力だけならまだマシな方だ。
これ以上、無駄な話は続けたくない。
マイアは父のエドニアに尋ねた。
「えっと、お父様。ご用件は何でしょうか?」
「ああ、それなのだがな──マイア。お前を嫁にもらいたいという話がある」
父の言葉を聞いた瞬間、マイアは目を見開いた。
嫁にもらう……つまり婚姻。
自分のような人間に婚姻の話が舞い込んでくるとは思えない。
社交界におけるマイアの噂は酷いものだ。
妹のコルディアを囃し立てるために、あらぬ噂を流布されていることは知っていた。
性格が傲慢、金遣いが荒い、豚のように太っている、最低限の学もない……などなど。数え上げたらキリがない。
父もコルディアの性格に難があることを察してか、噂の拡散を止めることはなかった。
噂が事実と違うことを隠すため、父はマイアを社交界に出させようとすらしない。
「で、ですが……どうして私を嫁に?」
「結婚相手は、ジョシュア公爵だ」
「……!」
ジョシュア公爵。
その名を告げられた瞬間、マイアは口を開けて固まった。
マイアの様子を見て、コルディアとシャニア母子は笑いをこらえた。
彼女たちは口元に手を当て、わざと聞こえるようにささやく。
「ねえお母様、ジョシュア公爵ですって!」
「まあ、あの超堅物の! 大の女嫌いで暴力を振るう、冗談がまったく通じない公爵様ね!」
「でもお姉様にはちょうどいい相手ではなくて?
だってお姉様、まったく喋らないもの! 相性がいいに違いないわ!」
陰湿な噂を次々と口にする親子。
だがマイアは何も考えていなかった。
いや、彼女たちの言葉を聞く余裕がなかったのだ。
──嬉しすぎて。
この地獄のような屋敷から抜け出せることが、あまりに嬉しかった。
自分は縁談など舞い込んでこずに、一生寒い小屋で暮らすと思っていたのに。
これは一生に一度とないチャンスだ。この機会を逃してはならない。
「ジョシュア公爵はお前が嫁ぐことを条件として、多額の支度金を出してくださる。まあ……お前のような評判の悪い人間に縁談を持ち出してくる時点で、どのような相手かは想像できるがな」
しかし、縁談を持ち込むにしても得体の知れないマイアを選ぶのは不自然だ。
あまりに暴力漢で女性に好かれないからだろうか。
とにかく父は支度金が目当てでマイアを嫁に出すらしい。
「明日、迎えが来る。異論はないな?」
「はい、ございません。準備を整えておきます」
浮立つ心を抑える。
マイアは平静を装って屋敷を出た。




