友人
マイアはドレスを着こみ、王国のとある屋敷に訪れた。
隣を見上げると、よい姿勢で歩くジョシュアの姿がある。
「ぎこちないな、マイア。もう少し堂々と歩くといい」
「は、はい!」
未だにマイアと呼ばれることに慣れていない。
耳の端まで真っ赤になってしまう。
「あの、ジョシュア様。この屋敷で茶会をするのですよね?」
「そうだ。まあ、今回は社交というよりも個人的な付き合いだな。古くからの友人に招かれた」
古くからの友人。
ジョシュアはそう語った。
貴族の界隈には詳しくないので、家紋で血筋を判別することはできない。
この屋敷の家紋を見ても、マイアはどの家系のものかわからなかった。
屋敷の入り口で、使用人と思わしき者が出迎える。
「お待ちしておりました、ジョシュア様。
……そちらの方は?」
「俺の婚約者だ」
直球に婚約者と言われ、マイアの鼓動が高鳴った。
しかしここは婚約者然とした態度を。
彼女は澄ました顔をして佇む。
「……! それはおめでとうございます!
なんとお美しい……ささ、どうぞ中へ」
使用人は満面の笑みを浮かべて、二人を中へ招き入れた。
ジョシュアが頑なに結婚しようとしないことを、彼を知る人々は憂いていたのだ。
中は予想通り、かなりの豪邸だった。
ジョシュアの城と遜色ない豪華さだ。
お茶会……と聞いていたものの。
マイアとジョシュア以外、通された居間には誰もいなかった。
ジョシュアの隣でおとなしく待っていると、なにやらドタドタと階段を駆け下りる音が聞こえてきて……
「うおおおおーっ! 聞いたぞジョシュア!
ついに婚約者を見つけたんだな!?」
背が高く、いかにも高貴な気配に満ちた男性。
艶のある黒髪が特徴的だ。
「……ジャック。忙しないな」
「!?」
ジャック。
その名を聞いた瞬間、マイアの思考がフリーズした。
そうだ、自分はこの人を知っている。
ジャック・ハドルストン。
この国の第二王子である。
「そちらの方が婚約者かい? 初めまして、ジャック・ハドルストンだ。一応第二王子だよ。よろしく!」
「よ、よ、よよよろしくお願いします! マイア・ハベリアと申します!」
マイアの様子を見てジョシュアは愉快そうに笑みを漏らした。
まあ、こうなるだろうと。
「マイアは緊張しやすいんだ。あまり脅かすようなことを言うなよ」
「わかってるさ。せっかくジョシュアのお眼鏡にかなう人が現れたんだからな。自分の悪評を流してまで頑なに結婚しなかった君が、婚約者を見つけるとはね!」
「ジャックも毎日のように結婚しろとうるさかった。これでようやく静かになってくれるな?」
二人は愉快そうに笑い合っている。
どうやら相当仲がいいらしい。
王族とも交友関係があるとは、さすが公爵だ。
ジョシュアはやさしくマイアの背を押す。
「今度の夜会にマイアを連れて行きたい。一応、主催者の君にも事前に紹介しておこうと思ってな」
「へえ、いいんじゃないか? これで君に言い寄る女性も減るだろうさ。
しかし……ハベリア家の姉か。妹のコルディアさんの顔はよく見るが、マイアさんは見たことなかったな。噂じゃかなりの悪女で、見苦しいとか言われてたけど……」
「──ジャック。俺の前で妻への暴言は許さんぞ。
あくまで妹を立てるために流された、くだらん噂だ」
ジョシュアが怒気を発し、ジャックは口をつぐむ。
「いや失敬。デリカシーがなかったね、すまない。となると、ジョシュアと似た感じで……あえて悪い噂を流していた。いや、流されていたのか。あのコルディアとかいう令嬢、やけにマナーが悪いと思ったら……そういうことか」
どうやらジャックにも思うところがあるようだ。
妹のコルディアはよく夜会に参加しており、ジャックが見かける機会も多い。男を露骨に誘うような真似をしたり、マナーのない行いで噂されたり……目に余る行為が多かったのだ。
そんなコルディアをマシに見せるため、マイアは利用されていたのだろう。
ジョシュアはマイアの本質を見抜き、厚く信頼しているようだ。ならば親友であるジャックも疑う余地はない。
そう考えたところで、二階からもう一人降りてきた。
紫紺の髪と瞳を持つ美しい女性だ。
「マイアさん。私の婚約者のエイミーだ」
「ごきげんよう。あなたがジョシュア様の婚約者ですのね。ジョシュア様がお選びになっただけあって、とても美しい」
エイミーは優雅に一礼した。
言葉では言い表せない気品が漂っている。
マイアも礼をして名乗り返した。
「エイミー、マイアさんも今度の夜会に出るらしい。よかったら貴族の勢力とか、振る舞い方とか、世間話とか。いろいろ教えてあげてほしい。私はジョシュアと話したいことがあるからさ」
「わかりましたわ。さ、マイアさん。こちらへどうぞ」
「は、はい!」
エイミーに誘われるがまま、マイアは二階に上がっていく。階下では愉快そうなジャックの声が響いていた。